永久視点:スマホを必要とする理由
「スマホがないとさ、連絡の取りようがなくない?」
「え、」
日曜日の雨のデート。
初めて入ったカフェにて、向かいの席に座る明乃に俺はそう言った。
俺は前々から悶々としていた。
恋人と言えば、家に帰っても連絡を取り合うのが普通だと思うが、なんせ俺のスマホは彼女の明乃が管理しているため、例えば夜に「今なにしてる?」という連絡すら出来ない。
だけど俺の言葉に明乃は不思議そうに言う。
「?学校でも常に一緒じゃん。連絡を取る意味なんてある?」
「や、そうじゃなくて」
「?」
だけど俺が言い方を考えていると、明乃がちょっと不満そうに言った。
「ってか永久くん早くメニュー決めてよね」
「え、ああ…そうだった」
「私チーズケーキね。ここのカフェ、チーズケーキが美味しいんだって。口コミに書いてあった」
「あ、そうなんだ」
じゃあ、とりあえず俺もそれで。
俺は明乃にメニューを合わせると、「それでさっきの話なんだけど」と話を戻そうとする。
しかし…
「あ、すみませーん」
「!」
「チーズケーキ二つと、レモンティー二つ下さい」
それは明乃のオーダーに遮られて、また話を止められてしまった。
「かしこまりました。チーズケーキ二つに、レモンティーが二つですね。
ちなみにただいまキャンペーンをやっておりまして、」
そしてオーダーが早く終わるかと思いきや、今度は店員さんが「カップル限定でチーズケーキを二つ注文すると値段が一個分に割引になる」ことを明乃に説明する。
その言葉にケーキ大好き明乃が目を輝かせて言う。
…まぁ、いいけどね。喜んでもらえて何よりだし。
「え、そうなんですか!どうしよ。ね、永久くんもう一個ずつ頼んじゃう?」
「ん、まぁいんじゃね?」
「じゃあじゃあ、もう一個ずつ追加でお願いします!」
わーい嬉しー!と、ご機嫌な様子の明乃様。
でも言うなら今の機嫌が良いうちだよな。
俺はそう思うと、ようやくさっきの話の続きをし始めた。
「でさ、さっきの続きなんだけど」
「え、何だっけ」
「忘れてんじゃん。スマホの話だろ。明乃がずっと管理してたら普通の連絡を取れないだろって話」
「ええー」
まぁその言い分はわからなくもないけどさぁ…。
俺の言葉を聞くと、今度はまたちょっとご機嫌斜めになってしまう明乃。
「それってつまり夜くらいはスマホ返せってことだよね?」
「ん、つまりそういうことだな」
「困る!ってか何?何かするつもりでいるのっ?誰と連絡とりたいの、」
「いや…そういうことじゃなくてさ、」
そうじゃなくて、誰とっつーか明乃と取りたいんだけど。
でも俺はあまり素直にそういうことは、言えなくて。
それでもここではっきり言わないと、きっと伝わらない。
「憧れない?」
「?」
「俺ら当然夜は会えないじゃん。でも、お互いにスマホ持ってたらさ、会えない時も連絡取れるじゃん」
「…ん、まぁ」
「けど今は明乃が俺のスマホ持ってるからそれ出来ないじゃん。何か寂しいなとか思うわけ俺は」
俺はそう言うと、「だから、試しに今日一晩、俺にスマホを返してみない?」と提案してみる。
でもこれは本当にそう。今日のデートの待ち合わせだって、何かあったら「遅れる」とか連絡できないわけで。
スマホがあるから何でも連絡を取り合える。
そんな俺の提案を聞いた一方の明乃は、何かを考えこむようにして。俺から目を逸らす。
…厳しいか?
俺がそう思って静かに明乃の返事を待っていたら、そのうち明乃がゆっくり口を開いて言った。
「…今日のデート、私楽しみだったの」
「?」
「昨日の夜なんて何着ていこうかすっごく迷って、できれば永久くんに相談のラインしたかった」
「!」
明乃はそこまで言うと、自分のカバンから俺のスマホを取り出す。
そしてそれを俺に差し出すと、言った。
「…本当はちょっと不安だけど」
「え、ありが、」
「その代わり、他の女とは一切連絡とらないでね」
「もちろん!」
明乃のその言葉に、スマホをようやく返してもらえた俺は喜んでそれを受け取るけど、もうすっかり明乃のペースにハマってしまった自分が怖い。
その後はしばらくして注文していたチーズケーキが運ばれてきて、俺たちはそれを二人で仲良く食べた。
******
「家まで送るよ」
そしてその後、いろんな場所で楽しい時間を過ごした後の夜19時。
そろそろ帰らなきゃいけない映画館の前で、俺はそう言った。
映画館前の外は、もうすっかり暗くなっている。
しかし、俺がそう言って歩き出すと、明乃が言った。
「いいよ、送ってくれなくても」
そう言って、「今日はここでお別れね」と手を振ろうとするから。
俺は「またかよ」と口を開く。
明乃は何故か、彼氏の俺に自身の家の場所を一切教えないのだ。
だから俺は明乃と付き合い始めて今までの数か月間、明乃に家の場所を教えて貰っていなかったりする。
「また?っつかもう暗いし危ないから」
「いいのいいの、その気持ちだけで十分、あたし嬉しいんだよ」
明乃はそう言って、「じゃあね」と俺に手を振る。
…なーんか、何気に秘密主義なとこあんだよな…明乃って。
俺はそんな明乃に首を傾げつつ、「気をつけてな」と念を押す。
まぁ今日は俺も自分のスマホ持ってるし、何かあったら連絡くるだろ。
そう思っていたら再び明乃が俺の方を振り向いて、満面の笑みで言った。
「永久くん!」
「!」
「帰ったら連絡するね!」
そう言って、ぶんぶんと両手を振るから。俺も笑顔で手を振り返す。
何だかんだで、可愛い奴。
だけど一方の明乃は、その後俺に背中を向けて歩き出すなり、独り呟くように口にした。
「っ…永久くんのばか!」
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