第1話 勤め先が決まりました

「失礼します」



しん、と静まる廊下は汚れ一つない絨毯が敷かれていて、うっすらバラのような香りがする。

濃い茶色のずっしりとしたドアをノックする。


「どうぞ」


奥から低い、でもどこかあたたかい声が聞こえた。


黒いドレスの上にところどころフリルがついている白いエプロン。

髪は結んで、キャップの中にまとめた。

……私は、ここでメイドの修行をしている。


重たいドアを開けると、さらにバラの香りが強くなると同時に、ピリッとした空気が流れ込んできた。



……え、私もしかして何かやらかした……?



修行の時より気を引き締めて、部屋の中に足を入れた。

棚には分厚い本がびっしり、バラ柄の壁に絨毯、簡素な机椅子に座る白い髭のおじいさんがたくさんの書類を仕分けていた。


「来たか、茜」


書類から視線を外し、細い目で私を見るおじいさんは血の繋がっていない、私のおじいちゃんだ。

でも気軽におじいちゃん、なんて呼べない、いや呼んではいけない。

普段はおじいさま、と呼んでいる。


ピリッとした空気に圧巻する私を見て、おじいさまはさらに目を細くした。


「今日は、茜に伝えたいことがあってな。……どうした、緊張しているのか?」


ぎくっとする。

おじいさまは探るように私を見つめる。


「あ、い、いえ」


「隠さなくていい。顔を見れば分かる」


おじいさまは小さくため息をつく。

……うう、おじいさまは何でもお見通しだ……


「……はい。緊張しています」


「茜はそういうのに敏感だからな。私の顔が怖かったのか?」


「い、いえ。ただ、戸を開けた瞬間、あ、これは私やらかしたなって……」


おどおどする私を見て、おじいさまはくすっと笑う。

けど、すぐに表情を引き締めまた目を細める。

……さっきより、明らかに細い。


「今まで散々やらかしてきたようだがな」


「う……」


私には両親がいない。

何で亡くなったのかは知らないけど、ものすごく小さい時から私は施設にいた。

そこで6歳の時に、おじいさまが私を引き取ってくれたんだけど、おじいさまは代々執事かつボディガードの家系で、私をメイドにするために厳しい修行を受けてきた。

現におじいさまは、世界的に有名な旧華族の執事をしているのだとか、名前は忘れたけど。


まあ、ただ私は昔から不器用で、修行中いろいろやらかしてはおじいさまに叱られている。

掃除をするためにバケツをひっくり返したり、布団のシーツを風で飛ばされてしまったり、洗濯機に洗剤を入れすぎたり……

メイドの修行より、ボディガードの修行の方が私には向いていた。


ここだけの話。

昨日なんか、紅茶を入れるのに火傷したし。

今でも指は少し痛い。


「昨日も、指を火傷したみたいだな」


「な、何で知って……!」


「私を誰だと思っている。今だって、指を触っているだろう」


ハッとして自分の手を見ると、無意識に火傷していた部分に触れていた。

そんな私を見て、おじいさまはまたため息をつく。


「ちゃんと冷やしたのだな?」


「も、もちろんです」


「なら良い。次からは気をつけなさい」


「はいっ」


おじいさまは厳しい。

おじいさまのご先祖様は昔ら旧華族の御当主様に助けられて、その恩で執事、それからボディガードを始めた、と聞いたことがある。

その恩を忘れないように、今もこうやって執事、メイド、ボディガードを育てては勤めさせている。


でも、本当は優しい。

現に、親のいない私を引き取ってくれたから。


「本題に戻ろう。単刀直入に言うと、茜の勤め先が決まった」


「……えっ……!?」


「勤め先は葛城家だ」


「葛城家……!?!?」


葛城家って、世界的に有名なお金持ちの家だ。

代表するのはKATSURAGIという企業で、様々な製品を開発したりはもちろん、海外にも進出していて、外国にもその名前は通じる。


「葛城家には、茜と同じ年のお子様がいらっしゃってな。双子のお子様だ」


「双子……!!」


「茜にはお二人のメイド、ボディガードを勤めてほしい」


「で、でも、どうして私が……」


私にはまだ修行が足りない気がする。

……だって、ね?

失敗ばかりだし、まだ未成年だし、勤め先が決まるなんてまだまだ先のことだ。


「見ての通り、茜はメイドとしてはまだ不十分かもしれない。しかし、ボディガードとしては、見習いの中ではトップだ」


……そ、そうなの……!?

ボディガードとしてはトップ、なんて初耳だ。

たしかにメイドより、ボディガードとしての方が自信は全然あるけど。


「茜ともう1人、茜と一緒に勤めてもらう見習いがいる。彼は執事としての実力はトップでな。勤め先には双子のお子様。茜1人でお2人は不可能だろう。だから茜と彼でお2人をお守りする」


もう1人?


「その、彼というのは……?」


「それは当日までお楽しみだ」


ええ、なんだぁ……

でも、誰なんだろう。


もしかして、秀太センパイ、とかかな……!?

秀太センパイは私の憧れのセンパイで、おじいさまのお孫さんだ。

たしか、来月で高校生だったはず。


「来週から茜は葛城家に住み込む。準備はしっかりしなさい」


「……はいっ!」


不安は、ある。

でも、嬉しいの気持ちの方が大きい。

ようやく、メイドとして、ボディガードとして働けるんだ。


失礼しました、と言って部屋を出るとそこには背の高い茶髪の青年、秀太センパイがいたの!


「しゅ、秀太センパイ!?」


お疲れ様です!と深々頭を下げる。

そんな私の様子を見て、秀太センパイはふわりと微笑んだ。


ああ、執事姿がかっこいい……

微笑みまでかっこいい……


「じいちゃんから聞いたよ。勤め先、決まったんだってね。おめでとう、茜」


瞳が優しげに細まる。


「はい!でも、もう1人いるって聞いているんですけど、それが誰なのかわからなくて」


「ああ、彼のことね」


秀太センパイは意味ありげに頷く。

あれ、この反応はもしや。


「……秀太センパイ、だったりします……?」


「ううん。僕じゃないよ」


「なぁんだぁ……」


がっくし、と顔が下がる。

そうだ、今思えば秀太センパイは、学業をしっかり終えてから勤め先を決めるって言ってたっけ。

秀太センパイは、執事としてだけでなく、学校での成績もトップ。

私が大尊敬している理由の一つだ。


「まあ、そんながっかりしないで。そのもう1人っていうのはきっと頼りになるよ。じいちゃんも彼のことは認めているし」


「……はい」


秀太センパイと挨拶をして、自分の部屋に戻った。


本当に、誰なんだろう。

秀太センパイじゃないなら……だめだ、興奮と不安で頭は働かない。

でも、おじいさまや秀太センパイも認めている人って……



この時までは、彼が、だなんた私が知ることはなかった。

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THE Gifted(仮) 陽菜花 @hn0612

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