有給申請

酒月うゐすきぃ

有給申請

「突然申し訳ありません。数日、お休みをいただきたいのですが......」


金曜夜。

自宅の風呂場で髪を洗っていると、頭上から声がした。

泡が目に入らないよう顔をあげるも、声の主がわからない。


「換気扇です」


天井から、少しくぐもった声が響いた。

なるほど、この家に越してから十年近く、入浴時以外は換気扇を回しっ放しであった。

多少面食らったものの、よくよく考えれば至極当然だ。

換気扇にだって休日は必要だろう。


休んでどうするのか、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。

自分だって、上司に休日の過ごし方なんぞ聞かれたくはない。


「構わないよ。2,3日、ゆっくりしてきたらいい」

「ありがとうございます。月曜には戻ります」


―――――


「お休みをいただきありがとうございました」


月曜夜。

自宅の風呂場で髪を洗っていると、頭上から声がした。


心なしか、上の方より硫黄のにおいが下りてくるような気がする。

温泉にでも行っていたのであろうか。


「気が利かなくて悪かったよ。今後も、休みたいときは言ってくれ」

「お気遣いありがたいですが、私があんまり休むと風呂場が湿気ってしまいます」

「なんとかなるさ。それより、毎日休みなく働く方がうまくないだろう」

「では、時々お言葉に甘えさせていただきます」


そんなやりとりを最後に、その日以降、換気扇から有給申請を受けることはなかった。

言い出しにくいのかプライドなのか、自分には換気扇の心持はわからない。

ただきまりが悪いのならと、それからふた月に一度は、私自身が一泊程度の旅行に出ることにした。


旅行の前日はいつも、風呂場で髪を洗いながら換気扇に声をかける。


「明日から旅行に出るんで、君も好きにやってくれ」


換気扇からの返事はない。

ただ時々、旅行から帰ると風呂場に硫黄のにおいが漂うようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

有給申請 酒月うゐすきぃ @sakazukiwhisky

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画