懸賞に応募したら珍獣が当たったんだが

@rilysa

第1話【応募しちゃった】

 ここは、兵庫県にある私立美空が丘中学校。


 春のうららかな日差しが降り注ぐ暖かな昼下がりに、二人の女子生徒が中庭にて談笑していた。二年A組の、大原玲おおはられい大石麻美おおいしまみだ。


「ねぇ玲、あの話知ってる?」


「何の話? また麻美の好きな校内ゴシップ系?」


「違う違う! あれだよ、玉子動物園の話。なんか閉園しちゃうんだってね~」


「あぁ、ネットニュースで観た。ビックリだよね。小学校の時に遠足で行ったり、家族ともよく遊びに行ったりしてたから、ちょっと寂しいね」


「遠足行ったね~」


 兵庫県の幼稚園児や小学生は、度々遠足などの行事で玉子動物園を訪れている。


 玲と麻美は、小学校からの友人なので、同じ思い出を共有していた。


 玲はその思い出を回想しながら話を続けた。


「遠足の時、みんなでコアラ館の前の広場でお弁当食べたのを良く覚えてるなぁ」


「だね~。あ、あそこにアイスの自販機あったじゃん? 先生に冗談で、デザート買って~っておねだりしてみたらさ『ふざけるなぁー』ってめっちゃ怒られたんだよぉ~。今思い出しても最悪、あのオッサン」


「あーね、担任がオッサンだと萎なえるよね。そだ、アイスじゃなくてごめんだけど、食後のデザートにこれ食べる? じゃーん! コアラのマッチョ」


 その独特な六角柱のパッケージには、とても愛らしい……はずのコアラが、何故かムキムキマッチョ姿にコラージュされたイラストが描えがかれている。そのギャップが老若男女から支持されている……かは不明だが、発売以来のロングセラー商品となっている。


「なっつ~。久々に見るわコレ。いっつも思ってたんだけど、このイラストの趣旨、全く理解できないよね~。何故にコアラをマッチョにしたんだろうか……。まぁ、美味うまけりゃいっか! 有難く貰うね~、あんがと」


「こないだお母さんがさ、近所のスキ薬局で特売だったからって、五個も買ってきてたんだよ。で、一個拝借して参りました」


「グッジョブ!」


「ちょっと前にネットの記事で見たんだけど、最近のコアラのマッチョって、昔より絵柄が増えてるらしいよ」


「マッチョのコアラがポーズ決めてるやつっしょ。ご丁寧に裏面にポーズ名まで書いてくれてるらしいけど、あんま気にして見たこと無かったわ~。ちなみに、これは何てポーズ名なんかいなと……フロントダブルバイセップスだって。激ムズワード!」


「ふふっ。じゃあこれは……サイドチェストだって。ギリ覚えられそう」


「いや、覚える気にはならないんだが」


「たしかに」


 久々に目の当たりにするコアラのマッチョの箱を手に取った麻美が、パッケージに印字された見慣れぬ表記に気付く。


「あ、なんかキャンペーン実施中って書いてあるよ~。何か当たるのかなぁ? おもちゃの缶詰とかか?」


「いや、それはエンジェル達集めるやーつ」


「あ~、そだったね。ええと、このキャンペーンの景品は……コアラが貰えますだってさ~。へぇ~……って、はぁっ⁈」


「え、コアラって家で飼えるの? ペットショップで売ってるとこなんて見たことないけど」


「れ、冷静に考えたら、コアラの実物大ぬいぐるみとかっしょ」


「でもこの書き方だと、生きてるやつっぽいけど……まさかね。コアラの売買とかって禁止されてて出来ないんじゃないの?」


 麻美は、玲の疑問に「さぁ?」とだけ応えると、コアラのマッチョのパッケージに視線を戻した。


「で、キャンペーンの応募方法は……コアラのマッチョのバーコード五枚をハガキに貼って応募して下さいって書いてあるよ。玲もう応募出来んじゃん!」


「え、コアラ欲しい⁈ うーん、うちマンションだしなぁ。でも確か、小動物なら飼っていいってなってたはずだけど……。てか、コアラは小動物に入りますか?」


「バナナはおやつに入りますかの言い方! ん~、大声では鳴かなさそうだし……いや、コアラってそもそも鳴くのかさえ知らんのだが……大動物ではないっしょ!」


「大動物って初耳なんだけど。そんな日本語あんの?」


「知らんがな。とにかく、コアラ飼ってる家なんて玲ん家だけだよ! 凄いじゃん!」


「いや、飼ってないし。そもそも応募すらしてないし」


「撫で撫でしてみたいなぁ~コアラ。うち、絶対玲の家行くからね! 玲が拒否してもとつするからね‼」


「いや、だから——」


 コアラが当たるキャンペーンの話に夢中になっていると、昼休みの終わり五分前を告げる予鈴の音が校内に鳴り響いた。


「あ~、今日も素敵なお昼休みが終わってしまうよぉ~。しかも次、古典の授業かぁ~。絶対寝ちゃうよぉ~」


 心地良い陽気と、昼休みという束の間の休息が終わる事に後ろ髪を引かれつつ、重い足取りで二人が教室に戻ってくると、程なくして五限の授業開始の本鈴が鳴った。


「あ、先生来た。んじゃまた後でね~」


「はーい」


 授業が進む中、玲は授業に集中できず、玉子動物園での思い出を回想していた。


 玲は、コアラ館が一番のお気に入りスポットだった。館内にはコアラに成りきり、木にしがみつくポーズで写真が撮れる場所があった。園に行く度に、そこで写真撮影をしていた事をふっと思い出した。その写真は、今も両親の寝室に飾ってある。


 思い出の一ページを飾った場所が無くなるのは、少し寂しいものだなと感じ、ぼうっと教室の窓の外を見た。すると、青空の中にコアラの様な形の雲を見つけた。その形は、先ほど見ていたマッチョな姿ではなく、いつもの愛らしいフォルムをしていた。

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