五章 鬼が目覚めた日

第48話 追い詰められた先に……

(くそっ……! 何でこんなことに! 完全に犯罪者じゃないか……!?)


 このままではテロリストと同じように射殺される。

 俺は意識的に魔力を消しつつ、工業区画に入った。

 ここなら人目が少ないし、身を潜めるにはちょうどいい。


(だがここからどうするか……)


 何かのタンク横でしゃがみ込む。辺りは陽も落ち、暗くなっていた。


(鬼は夜目が効くから暗くても問題ないけど、それはCRATも同じなんだよな……)


 空を見上げればパイプや外階段が多少は視界を遮っているが、このままじゃ奴らに発見されてしまうだろう。


「ここでは見つかってしまいます。一旦、建物の中に入りましょう」

「わかってるよ」


 俺は白髪の少女を脇に抱えたままそう言った。

 奴らには熱探知のバイザーがある。ここに俺たちがいることはすぐにバレるだろう。


「とりあえず工場に隠れよう」

「扉や窓を破壊して侵入しては音響センサーで探知されます」

「だったら開いてるところを探さないといけないけど……」


 近くにある工場を見渡すと、七階部分の窓が開いていた。換気でもしてるんだろう。さすがにあの高さでは、空でも飛べない限り誰も侵入できない。


「日向さんの能力ならいけます」

「そんなことまで知ってるとはな……」


 窓に向かってジャンプする。俺が持つ能力――空中移動スカイムーブで空を駆け、工場の中に入る。

 中には誰もいない。簡易的な事務所のようで棚とデスクが置かれていた。

 俺はほっと息を吐いた。


「ここまで来ればしばらくは大丈夫そうだな……」

「工業区画にも防犯カメラがあります。解析されればここもすぐに……」

「状況を整理できる時間があればいいよ」


 そう言っても当然焦る気持ちはある。

 CRATの装甲服には高度な情報統制システムがある。それは現代の標準的なものより何世代も優れていて、白髪の少女が言う通り防犯カメラとリンクして目標を追跡できるほどだ。


(俺が生き残れるルートは、美夜子のときみたいに頼沢村らいざわむらで恵さんに保護してもらうしかない。もうCRATは応援を要請してるだろうし、慎重に徒歩で村を目指すか。鬼の身体ならいけるだろうし……ああくそっ!)


 思わず唇を噛み、俺は壁に寄り掛かり、ズルズルとしゃがみ込む。

 美亜を残して村に帰るなんてできない。なんとか美亜と合流したいが、ひとりで逃げ切るだけでも難しいのに美亜と合流してなんてできない。


「大丈夫です。向こうの戦力も限られています」

「え?」


 俺は目を見開き、白髪の少女に視線を向ける。

 彼女は相変わらず無表情だったが、無表情だからこそ不安も恐怖も、その顔からは感じない。


「どういうことだ?」

「理由は簡単です。CRATは現在、汎用人工知能シロネを失って情報統制システムが麻痺しています。ですから色々手間取っていて私たちよりも怪異連合の相手をしているのが現状です」

「な、なんでそんなことわかるんだよ……」

「私がシロネだからです」

「……そうか」


 白髪の少女の言葉に俺は小さく頷いた。

 驚きより納得の方が大きかった。


(シロネが入っていたコンテナが奪取されたって凪が言ってたし、それにこの少女のなんでも知っているような言動も、汎用人工知能なら色々合点がいく。だったら、前世の俺が殺され、美夜子が追い詰められて自分の記憶を消した件にもこの少女――シロネが係わってくるのか……)


 そう思うと俺はシロネを睨みつけた。


「お前か……お前が俺たちを見つけたせいで、あんなことに……」


 視線に積年の恨みをのせて、殺意の眼差しを華奢な少女に向ける。


「なにが九鬼家だ、なにがCRATだ……好き勝手やって、俺から美夜子を奪って。俺は、あいつ以外何もいらなかったんだ……たった一つでよかったんだ。美夜子さえいれば俺はそれでよかったのに、シロネ、お前が見つけたからもう美夜子はいなくなってしまった……ッ!」

「すべて承知しております」

「……っ! 知ったようなこと言うなよ……っ!」


 その言葉が気に入らなかった。その無表情が気に入らなかった。そしてなにより、すべてを見透かすような青い瞳が気に入らなかった。


「あれは俺の悲劇だ。俺と美夜子の悲劇だ。お前に理解されてたまるか……! ああなった原因のくせに、わかったようなことを言うな……っ! あの美夜子の涙を、美夜子の決意を、俺の悲しみを、承知されてたまるか……!」


 どんどん頭に血が昇ってくる。怒りで狂いそうになる自分の気持ちを吐き出し、シロネを睨み続ける。

 けれどここまで怒りをぶつけているのに、シロネの心はどこか遠くにあるようで懐かしむように目を細めていた。


「あの日、最初から見てましたから、日向さんと美夜子さんのデートを」

「え……」


 すっと頭は冷える感覚がした。


(最初から見てただと? じゃあなんであのタイミングでCRATが来た? もっと早くてもいいってことだろ……?)


 うなだれて思考を巡らせる俺の耳に、澄んだ声が届く。


「親子のはずなのに日向さんは全然美夜子さんのこと、母親扱いしてませんでしたよね?」

「あぁ、そうだな」


 当然だ。前世じゃ恋人だったんだから、今さら親子って関係は無理だったし……。


「恋人みたいでしたよ。美夜子さんの方は息子に向ける愛情に近かったですが、それ以上というか……もっと特別な感じのように私には見えました。そして、日向さんの方は完全に恋人に向ける愛情でしたね。私にはわかります」

「そうか……」

「お二人は輝いて見えました……面白いデートなのに、とうといと言いますか……チワッチのくだりとか私、その、はしたなく吹いてしまいまして」

「お、おぉ……」

「それに、ハンバーガー屋でシールを半分に切って分け合う姿が微笑ましかったです」

「も、もうわかった。お前が見てたのはわかったから、どうして美夜子を泳がせたんだ? もう見つけてたならさっさとCRATを送り込めばよかっただろ」


 俺はデートを見られていた恥ずかしさを払いのけるように問いかけた。


「私は壊したくありませんでした。日向さんと美夜子さんの日常を……ですが、美夜子さんの魔力を検知したので、CRATに未亡の花嫁ウィドウブライドだと知られてしまいました。そうなれば九鬼家に飼われている私はCRATのサポートをするしかありません」

「バレるまではお前の裁量で見逃せるってことか……?」

「左様でございます。同様に日向さんが中学生になったときに久遠市で発見しても、CRATには報告しておりません」


 どうやら頼沢村らいざわむらまでは探知できないようだが、この口ぶりからするとシロネは俺の味方になってくれるかもしれない。


「わかった。ひとまずは信用しよう……」

「ありがとうございます」

「でもシロネってことは汎用人工知能だろ? まさかお前、アンドロイドとかじゃないよな?」

「私は魔族です。雪女のシロネ……能力は管理領域かんりりょういき、電子機器を媒介にしてコンピュータを乗っ取る能力です。スーパーコンピュータがあればSF映画などに登場する汎用人工知能並みの処理能力がありますが、このスマホ程度では、先ほどトラックをハッキングしてCRATに突っ込ませるくらいが限界になります」

「そうか……あれはシロネがやってくれたのか……」


 あのとき、ポケットの中をもぞもぞしていたのは、そういうことだったらしい。

 シロネはスマホを取り出し、説明を続ける。


「現在は、監視システムをこの区画に限定して情報を集めています。敵のおおよその位置を把握し、必要に応じて装甲服の情報統制システムを麻痺させ、撹乱することが可能です。ですが、戦闘面では雪女ですからBランク魔族程度の戦力にしかなりません」

「情報戦では有利になれるが、正面から戦ったら勝ち目がないってことか……じゃあこれからどうするか……」

「私の存在は最高機密ですから、彼らは他の部隊に露見するのを恐れています。ですから必然的に割ける人員も限りがあります。現在、私たちを追跡中の特務部隊を排除できればひとまずはを退けられるでしょう」

「そう聞くと……勝算が見えてくるが、本当にうまくいくのか?」


 奴らの中にいた隊長、グレーヘアの男は間違いなく俺より強い。隊長クラスはSランク程度の強さとだとCRATがネットで公開している。その上、特務部隊の隊員もいる。倒すのは困難だろう。

 俺が不安を感じていると、シロネは曇りのない瞳で口を開いた。


「安心してください。日向さんの能力とこの区画であれば十分対処できます」


 こうなったらやるしかない。どの道、戦うしかないんだから。


「わかったよ。奴らとは俺が戦う……各個撃破で殲滅せんめつするぞ」

「サポートは任せてください。私の連絡先を送りました。通信手段はスマホで行います」

「ああ、そうしよう」


 俺は届いた連絡先から電話をかけ、ワイヤレスイヤホンを耳につけた。


「それと隊員の近くでは喋らないように。声で位置がバレる可能性がありますので」

「そうか……ならイヤホンのマイクを二回叩いたら『了解』で、何度も叩いたら『拒否かトラブル』ってことにするか?」

「はい、そのようにいたしましょう」


 シロネが頷くと、俺は窓から飛び降り、工場の一角に身を潜ませた。


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