4章 まつろわぬ魔族たち
第38話 魔族特区の市役所
平和だ。真綸がいない。
昼にマネージャーの皆見さんに連れていかれたからあれこれ命令もされてないし、放課後に付き人みたいに荷物持ちにもされていない。ワガママな主から解放されたような気分だ。
(放課後ってこんなに自由なんだな……)
このまま帰ってもいいし、寄り道したっていい。真綸に脅される心配もない。
(まぁもっとも今日の放課後だけは、真綸に付き合うつもりはないけどな)
駅の改札を抜け、スマホのメモ帳を開く。
そこには今日の日付に『鳴宮の予定、市役所』と書いてあった。
鳴宮はCRATの上級士官だ。その上、教師をしている人材まで狩り出すってよっぽど重要な任務なんだろう。
だが単純に市役所に予定があるだけかもしれない。
(その場合は無駄足になるけど、情報源はこれしかないんだ。なら行くしかないだろ)
そういうわけで俺は中央区にある
ここが市役所だ。外観は白亜の塔で、SF映画で出そうな雰囲気だ。
この久遠市が魔族特区になってかなり経つだけあって都市開発が進んでいる。だから中央区は最新の設備が整っていて、その中でもこの中央塔は街のシンボルというほど輝いて見えた。
(ここが市役所らしいけど、近くで見るとやっぱり大きいな。これも九鬼家が造ったって話だし、さすがに降下艇とか装甲服とか人間につくれないものを生み出しただけはあるな)
魔族特区が繁栄した象徴みたいな中央塔だが、もちろんこうなったのは魔族の社会進出による影響が大きい。魔族管理法でむやみに能力が使えないものの、一部の職種は使用が認められている。それによって新薬が開発されたり、仕事の効率が上がったりして社会貢献をしていた。
具体的な例をあげると、人魚の血液を研究して作った老化を遅らせる薬を作ったり、土木や建設業では、ぬりかべの能力で頑丈な物質生成して街を整備している。
(住みやすい街だよな……
少し思うところはあるが、気持ちを切り替えていく。
中央塔の正面玄関に入ると、俺はちらっと自分の服装を見た。
赤いネクタイに、黒のブレザーが合わさってシックにまとまっている。霊妙館学園の制服だ。
(制服で来るのは不味かったか? 目立つだろうし……)
そう思ったが逆に制服は学園生だと身分が保証されるものだから逆に怪しまれないだろう。それにこの制服は魔族科の物だけあって耐久性が高い。防弾性と防刃性もあるくらいだし、俺が持っている服の中で一番信用できる。
「おぉ……」
市役所は思った以上に近未来的な光景だった。
白と青で統一された空間。白い支柱はあるが、全体的に広く奥行きもあるから開放感が凄い。
ロビーをしばらく進むと、五角形の吹き抜けが目に入った。その吹き抜けは屋上まで続き、優しい光を取り入れている。
(でかい吹き抜けだな……幅が二十メートル以上ありそうだ)
五角形の穴から見える上階を見上げながら歩くと、吹き抜け下の中央に植えられた細い木に視線を移した。近未来的な内装の中心にある緑はどこか神秘的で、自然の温かさを感じる。
どこを見ても圧倒される。これが市役所なんて言われてもしっくりこない。近未来をイメージした展示場って言った方がいいだろう。
(いや、内装がどうとかどうでもいい。ここでしばらく見張ってないと)
俺は吹き抜け下のベンチに腰掛けた。
今のところ職員と、ちらほら市民がいるくらいでCRAT隊員はいない。
(もしかして、鳴宮はただ私用で市役所を利用するだけだったか?)
俺がそう思ったところで支柱脇から男性職員たちの話声が聞こえてきた。
「今日何かあるんですか? なんかいつもより地下駐車場に止まった車が多かったですけど」
「お前知らないのか? 近いうちにシロネが中央塔に設置される話。今朝連絡事項があっただろ」
「あーそれで車があんなに止まってたんですね」
なるほど。近いうちにシロネがここに設置されるのか。
今までシロネがどこにあるのかすら知らなかった。九鬼家にとっては虎の子のAIだから当然その設置場所はニュースでも取り上げられたことは一度もない。思わぬ前進だ。場所がわかればやりようはある。
(馬鹿な職員がいてくれて助かったな。地下駐車場の車が多いっていう話だったし、見てみるか)
俺はベンチから立ち上がり、総合案内板に近づいた。
電子パネルで市役所のフロアマップが書かれてある。
(さすがに詳しく書かれてないか……でも一般職員も利用する地下駐車場までのルートはわかった。とりあえず駐車場だけでも見てくるか……何か発見があるかもしれないし)
ロビーを進み、角を曲がり、エレベーターホールに向かおうとした。
そのときだった。
バゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
正面玄関の方から衝突音が響いた。思わず足元がくらっとするような衝撃だ。
(次回に続く)
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