第7話 卒業式
その日はいい天気だった。
桜こそまだ全然咲いてないけど、空は澄んでいて空気も気持ちいい。卒業式という晴れの舞台に相応しい陽気だった。
卒業式は例年通り進行し、無事に卒業証書も授与された。
式が終わった後、俺と辻中、それと料理部の女子たちは校門前に集合し『卒業証書授与式』の看板の前で記念撮影をした。
「綺麗に撮れましたね、センセ」
「そうだけど……でも惜しいな。桜が咲いてたらもっと華やかだったのに」
「私だけじゃ華やかじゃないですか?」
辻中が上目遣いで見上げてくる。
赤い瞳は潤み、護ってほしそうな感じの視線だ。
ちくしょう……! 可愛いな、もうっ。
思わずドキッとした。俺は恥ずかしくなって目をそらし、とりあえず校舎を眺める。
「それは……まぁ、うん」
「煮え切らない答えですね。こんなんじゃセンセからは無理そう……仕方ありません」
そう言うと辻中は俺の手を引いてきた。
「来てください、センセ」
「ちょっと辻中?」
「いいから来てください」
「ああ、わかった」
辻中にしては少し強引な気もするが、俺は素直に手を引かれていく。
そんな俺たちを見ると、なにやら料理部の女子たちがニヤニヤしていた。
「どこ行くの? 美夜子さん?」
「もしかして先生に……」
「うん、まぁそんなとこ」
ひらひらと手を振る辻中に女子たちは、がんばれー、と激励を送った。
え? ちょっと待って、この流れって……ヤバい、どうしよう……俺、ちゃんとできるかな?
そう思っている間、辻中はどんどん人気のない場所に俺を引っ張り込んでいく。
ついに誰もいない校舎裏で辻中と二人っきりになってしまった。
「もう三年間焦らされたので、用件だけ言います」
「う、うん……」
辻中が黒いブレザーに包まれた胸の前で両手をぎゅっと組み、俺を真っ直ぐ見つめてくる。その赤い瞳が愛おしそうに潤んでいた。
「センセ、あなたのことが好き」
俺も好きだよ、と言い返したかった。
「夜寝るときも朝起きたときも、私と一緒にいてほしいです! もうあなたのことしか考えられない! ずっと好きなままなんです!」
俺だってずっと好きなままだよ、と思いを伝えたかった。
「一緒にデートしたい! 手を繋いで繁華街を歩きたい! お買い物でも、映画館でも、遊園地でも、あなたと行くならどこでも楽しいと思います! あともちろんデートの最後はキスがしたい! 最初は軽く唇と唇が触れ合う優しいキス、それから回数を重ねるごとに大胆になって、最後は舌と舌が触れ合うような大人なキスもあなたとだけしたいです!」
「ぅ……」
辻中の好意が圧倒的で流されそうになる。このまま受け入れたい。
「だから、私と付き合ってください!」
こちらこそよろしくな、と抱きしめてやりたかった。
でも無理だ。今日は卒業式。まだ俺と辻中は教師と生徒。だから――
「ご……ごめん……」
歯をギリッと噛み締め、痛いくらい拳を握り、自分の気持ちを押し殺す。
「なんで……なんでよ、センセ!?」
「ごめん……ほんと、ごめん」
「ごめんじゃわかんない。いいかげん素直になってよ」
素直になったら破滅するかもしれない。地位もモラルも崩れて、俺は生徒に手を出した教師として晒し物になるかもしれない。そんなのは耐えられない。職を失うし、社会的立場も……それになりより辻中の迷惑になるだろう。
「無理だ……素直になんてなれ、ない」
俺の言葉を聞いた瞬間、辻中のはすっと背を向けた。
「もういい。さようなら、センセ」
行ってしまう。赤いメッシュが入った黒髪が風に揺れ、どんどん遠くへ行ってしまう。
だが追いかけられない。校舎の壁に寄り掛かり、俺はずるずるとしゃがみ込む。
「俺は、本当にバカだな……」
頭を抱えてそう呟くと、チャイムが鳴った。
キーンコーンカーンコーン。
その音が耳に木霊し、俺の恋が終わった音色となって、苦い記憶が心に刻まれたのだった。
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