第5話 魔族放送

 ピンポーン。

 土曜日の昼下がり、インターホンが鳴った。

 自室のソファーでくつろいでいた俺は玄関に向かう。

 宅配便か? いやでも何も注文してないし、誰だろう……?

 そう思って玄関を開いてみると――


「センセ、我慢できなくて来ちゃった♪」


 辻中だ。あざとい笑顔を作って、休日なのに白いブラウスに藍色のスカートという制服姿で立っている。


「…………」

「ああちょっと……ッ!」


 玄関を閉めようとしたら辻中が扉に足をねじ込んできた。


「センセ、なんで閉めるの!? せっかく私が迎えに来たのに……!」

「必要ない。家に帰って待っててくれ――というかなんで俺の家がわかるんだよ……!」

「料理部の部活の付き合いで年賀状を送ったじゃないですか」


 それで住所を知ってたわけか……でも普通家庭訪問の日に担任の家に来るか? これじゃあ逆家庭訪問だぞ。


「入れてくれないと、私、センセが出てきてくれるまで外で待ってますから」

「しょうがないな……」


 制服姿の教え子を外で待たせるのは不味い。ここはアパートだから隣人に見られでもしたら面倒だ。俺は辻中を部屋に入れた。

 辻中に聞いた話によると、母親の都合がつくのが土曜日の午後からだった。なんでも辻中の家は母子家庭で、母親はスナックの経営者兼スナックのママをしていてなかなか時間が取れないらしい。

 そういうわけでスーツを着て身支度をすませていた俺は時間が来るまでくつろいでいたが、


「ふふ~ん♪ ふふっ、ふふ~ん♪」


 どういうわけか、今はめっちゃご機嫌な辻中と二人っきりで自室にいた。

 ソファーに座って辻中はニコニコしている。その様子を見ながら俺は、教え子とこれ以上親密な関係になるのは不味い、と思って倫理と格闘中だ。


「男の一人暮らしなのに片付いてますね」

「まぁな。わりと几帳面な方だから、あまり散らかさないし」

「ふーん、青いベッドにお洒落なソファー、照明のデザインもいいですねぇ」

「ワンルームで狭いけどな」


 ざっと見渡すとこぢんまりとした部屋が見て取れる。ベッドの横にソファーとテレビがあるだけであまり家具は多くないが、自分でもシンプルで清潔感がある内装は気に入っていた。


「私知ってます。こういう女の子ウケがいい部屋をヤリ部屋って言うんですよね」

「ぶぶっ!?」


 ちょっと辻中!? いきなりなんてことを……!


「違うだろ。お洒落な部屋って言えよ」

「えー、でも友達が言ってたしー」

「誰だよ、こんな偏見教えたの」

「和奏ちゃんだけど」


 鳴宮ァァァァァァァァ……! なんてこと教えてんだよ!?

 いや、落ち着こう。ペースを乱されてはダメだ。一旦テレビでも見てクールダウンだ。


「時間もまだあるし、テレビでも見ような」


 だが壁際にあるテレビをつけると、実験場のような広い部屋が映った。


『聞け! 日本人よ! この者たちは魔族でありながら人間と交わった!』


 テレビの中で若い男が叫んだ。

 瞳は赤く、首までの癖毛は深い青だ。そして頭には白い角が二本生えている。整った顔はハーフガスマスクで鼻から下が隠れているが、囚人たちを見ている目つきは鋭い。

 彼は、九鬼清くききよし。種族は鬼であり、魔族特区である久遠市くおんしの市長だ。


「お、魔族特区の放送だ」


 俺はそう言うと、リモコンをテーブルの上に置いた。

 魔族特区で人間と魔族が公の場所で暮らすようになってからもう百年くらい経つが、こういう魔族はほとんどテレビでしか見ないからなじみが薄い。


「確かこうなった原因って……強大な魔人が現れたから、人間と妖怪とのパワーバランスが崩れて、妖怪たちが日本を侵略したって話だったよな?」

「はい。日本を鬼の一族である九鬼家が支配するという条件と引き替えに彼らが魔人や妖怪たちを退けて、人々を護ったんです。それで妖怪は今じゃ魔族として管理されてるってわけです。ちなみに、呼び名が魔族になったことで、妖力や霊力や呪力といった特殊な力は魔力と言うように統一されています」

「お、辻中よく知ってるな」

「これでも優等生ですから、色々詳しいんですよ」


 ふふん、と胸を張る辻中に俺は微笑み返した。

 日本を支配した九鬼家だったが、人間の俺から言わせてもらえば今となっては平和なものだ。粛清されるのは魔族たちばかりで人間には害はないから。

 それというのも、九鬼家が提示した法案のほとんどが魔族を縛るもので、その一つが異種族間の性交の禁止だ。


『性交で人間の生気を吸い、死に至らしめ、あるいは子を作り、危険な魔族を作り、反乱に備える。これは大罪である。到底許される行為ではない』


 機械の鎧に身を包んだ市長が、高周波ブレードを囚人たち向けた。そのメタリックな光沢がギラリと光る。その切っ先から十メートルほど離れた場所に佇む囚人たちに、市長が言い放つ。


『よってこれより、この者たちを粛清する!』

「うわ……よりによって粛清中継かよ」

「酷いことしますよね……ホントに九鬼家は……」


 俺が苦い声を出すと、辻中は顔を暗くした。

 チャンネル変えようかな。あまり気分のいいものじゃないし。

 俺がそう思ったときだった。


『ふざけるな!』


 画面の中で一番体格のいい囚人が立ち上がり、変化の術を解いた。ぽんっと煙が彼を覆うと、精悍な顔立ちの男の瞳が二つから一つに減っていた。

 大きな瞳だ。それに体格も一回り良くなっている……一つ目入道めにゅうどうってやつか?

 俺が彼の変化に注目していると、黒いパワードスーツを着た隊員たちが一つ目入道に向けて銃を構えた。


『動くな!』


 彼らはCRATシーラット。正式名称、危機偵察および強襲部隊Crisis Reconnaissance and Assault Troops。違法魔族を駆逐する部隊で、彼らの指揮権は九鬼家が握っている。扱いとしては魔族自衛官であり、魔族に対する逮捕権を持っていた。

 一つ目入道が一歩前に出る。


『よく聞け、お前ら! 俺は怪異連合かいいれんごうの構成員だ! 魔族と人間が交わることを良しとし、九鬼家の暴挙を正し、鬼と人の傀儡になった魔族たちを解放する者だ!』

『貴様、革命家か?』


 市長が鋭い声音で訊いた。

 怪異連合は政府にとってテロリストだ。人間に溶け込んで生活し、ときには魔族の力で人を襲い、CRATと度々衝突しているニュースをよく見る。

 まぁそれっぽい主張してるけど『人間とヤらせろ! 俺たちにも自由恋愛を!』って思想もあるから銃火器以上の武力を持った色魔でもあるんだよな。


『この世界は狂っている! 俺たちの自由恋愛の権利を奪い! 歯向かうものは皆殺し! そしてお前らに従う魔族たちはいいように使われる! こんなことは断じて許容できない!』

『ならばその理念を力で証明してみるんだな。手錠を外してやりたまえ、わたしが直々に相手になろう』

『しかし市長!』


 市長をいさめようとした隊員だったが『わたしが負けると思うのか?』と言われて慌てて首を横に振った。

 そして隊員は腕の端末を操作すると、一つ目入道の電子手錠が外れ、白い床に落ちた。一つ目入道は邪魔が入ると思ったのか周り確認するように見渡した。

 窓のない実験場のような広い空間だ。そこは魔族の処刑場。今までならそうだった。だが自由になった一つ目入道と市長が対峙するなら闘技場と言った方がいいだろう。


『遠慮なくいかせてもらうぞ!』


 一つ目入道が市長に向かって肉薄する。その巨体から腕を突きだした。

 すると一瞬で彼の腕が巨大化した。能力で乗用車ほどの大きさになった腕が市長に迫る。


『――ふっ』


 だが市長が高周波ブレードを振るった次の瞬間、巨腕が斬り落とされた。痛みで一つ目入道が仰け反る。


「ぐぁああああああああああああああ!」

「終わりだ」


 市長の高周波ブレードが巨体を切り裂く。

 目にも止まらぬ速さだった。俺が気づいたときには一つ目入道はバラバラに崩れ、霧になって消えた。


『これは魔族に対する虐殺ではない! 粛清だ!』


 カメラに向かってそう宣言すると、市長は拳を掲げた。


『九鬼家が健在である限り、人の世は不滅である!』


 そこでCMに入った。

 圧巻の光景に俺は息を飲んだ。


「相変わらず凄いな……映画のワンシーンかよ」

「魔族の粛清を見世物にするなんて趣味が悪いよ……自分たちが正義だって見せつけてるようで私は好きじゃないかな。結局は、魔族が悪だと洗脳しようとしてるだけだし」

「まぁ人外相手だから忘れてるけど、酷いことしてるよな……ってもうこんな時間だ」


 時計を見るとそろそろいい時間だった。

 さっきの一つ目入道には悪いが、今は魔族の粛清より辻中の家庭環境の調査が大事だよな。

 そう思いながら俺は辻中を連れ、駐車場に向かった。

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