サラマンダー・スパイラル 第1章
エイル
第1話 旅立ち
駅内にあるうどん屋でうどんを食っているスーツ姿のにしま。今日から新しい仕事場に行くことになりました。その前に・・・・やっておきたいこと・・・・『腹ごしらえ』が必要でした。
にしま「ズルズル!!・・・」
大将「にしまくん、追加の肉うどんお待ち!!サービスでわかめも多めに入れといたから!!・・・久々に来てくれたね!あっあとね、お父さんにお土産用意してるから、持って行ってよ。」
うどん屋の大将はテイクアウト用のうどんを用意してくれました。父親と大将は古くからの友人です。子どもの頃はよく父親に連れられて食べに来たものです。
直ぐ横の席に座っているスーツ姿でオールバックの男が叫びます。
みなみ「おい!・・・お前一体何杯食うんだよ!!おじちゃん!!甘やかさないでいいから!!」
爪楊枝で歯をほじくっている幼馴染のみなみでした。私、今日からこいつと同じ会社の社員です。
大将「みなみくん、甘やかしてない。俺は嬉しいんだよ。子どもの頃から知っている子どもたちがこうして大人になって食べにきてくれる事が。」
みなみ「そんなもんなのかなぁ。俺にはあまりわからんなぁ。」
大将「・・・いつか分かる日が来るよ。」
「自分で稼いだお金で駅内のうどん屋で飯を食べる。」
柔道をやめて地元に帰って来てから、ずっと心の中で思っていた小さな夢が叶いました、ようやく自分の決めたスタート地点に立てたような気がして、なんだかとても心が晴れやかでした。友人のみなみは早々に1杯食べ終わり、俺はもう5杯目。・・・最低でお6杯いや・・・・ラッキーセブンの7杯、今後の事を思えば末広がりの8杯は食べたいです。
そう思うと嬉しくて食欲が止まりません。もしかして大将の涙が入っていたのでしょうか、2杯目から少し塩気が増したような気がしましたが・・・・・。
もう自分自身は、悲しくても泣くことはないのですが、何歳になっても嬉しくてこんなに綺麗に泣く事が出来るのだと思うと、人間は捨てたものではありません。
あぁ・・・そうだとすると俺の涙腺はどこに行ってしまったのでしょうか。
地元に戻りハトの餌のような食事を毎日していましたが、ようやく人間らしい食事が出来たような気がしました。
お金が無かったのです。何故物がありふれた世の中でしっかりとした食事にありつけないのでしょうか。
とても悲しいですが、これが現実です。お金がある人間はご飯を食べることが出来て、お金が無い人間は食べる事は出来ません。
これが資本主義なのかと思うと、この国で過ごす事の厳しさを痛感したような気持ちになります。
そもそも私は地元もこの国も好きかと言うと、そうでもありません。この国でしか生活をしていないのにはっきりとそう言えます。
産まれてしまったからには仕方無いので、とりあえずこの国で生きています。というのが正しいのでしょうか?
柔道を引退して、今ここに帰って来て、自分のお金で親父と子どもの頃に食べたうどんを食べることが出来ました。
忙しい両親でしたが、その両親は俺に飯を食わせてくれました。昔から変わらないこの味のうどんを食べさせてくれました。まぁ・・・・味が美味いかどうか・・・・・それは別ですが・・・。
知っている人のお店で金を使う事が嬉しいのです。それが私にとって社会人である本当の意味であるのかもしれません。
爪楊枝で歯をいじりながらみなみは語ります。
みなみ「にしま、何故このうどん屋で飯を食おうと言ったのか俺にはなんとなく分かったよ。単純にここで飯を食う為に、仕事を引き受けたってことだよな?」
にしま「・・・ズルズル!!・・・・だって飯を食う為に仕事をするんだから当たり前だろ。それが勤め人ってもんだろ。しかも知り合いの店でお金を使ってるから最高な話だ。」
うどんを食べ終わりました・・・。ついに食べ終わってしまいました・・・・。
・・・もう・・・なんだか・・・・この町には未練がないかもしれません・・。
大将「にしまくん、みなみくん。また来てよ。いつでも待ってるから。潰れなければね(笑)」
にしま「絶対辞めないでよおじちゃん。ごちそうさま。滅茶苦茶美味かった。大将に会った事親父に言っとくよ。」
机に5000円札を置き、大将から土産を受け取り、店を後にする2人。
大将の笑顔に曇りはありませんでした。スーツ姿でいきなり現れた顔見知りの俺達に対して、何年分か老けた顔で、嬉し泣きしながら暖かく迎えてくれました。
勤労とはなんなのでしょうか。大将の生きがいとはこういうことなのでしょうか。
駅最寄りのコインパークに到着する2人。
みなみの愛車である、黒色のBMW。7シリーズ。
みなみ「おい、頼むね。」
ポイっと鍵を渡される。
にしま「は?・・・なんで俺が運転しないといけないんだ。」
みなみ「当たり前だろ、会社では俺は先輩だぞ?今日から俺がにしまに仕事を教えるんだ。運転くらいしてくれないとよ。俺が横で色々と話して教えてやるからさ。」
にしま「いや全然運転は良いんだけど、保険とかちゃんと入ってる?お前の車がボコボコになったらどうしようかと思ったら申し訳なくて。この車の修理代を払えるほど、俺はまだ稼いで無いような気がする・・・。」
100円を借りるわけではないので、ここは運転を断固拒否。
頭をかくみなみ・・・・。
みなみ「・・・・・・俺が運転するわ。今日だけだぞ、横で車幅でも覚えろ。」
助手席にドカッと座るにしま・・・・・。
車がゆっくりとパーキングを出ていきます。
にしま「・・・しっかしみなみ、どこに向かうん?スーツ着て来いと言われたから、近所の仕立て屋で揃えて貰ったけどさ。」
みなみ「うちの会社だ。にしまがこの度正式入社になるから、今日は俺の上司を紹介しようと思ってる。」
首を傾げる・・・。
にしま「あっ・・面接の時に駅前の喫茶店で会った人の事かな?・・・」
みなみ「いや、あれは本社の総務の人間だからまた違うわ。俺達はあくまで営業所の人間だからな」
にしま「へぇー色んな部署があるんだな。」
みなみ「そして俺達は営業だ、営業マン・・・これから忙しくなるぜぇにしま。」
みなみの顔つきが変わります。
にしま「忙しくなくっちゃな。これまで休んでたんだから。・・・・俺の人生なんかギュっとしたら10年くらいなもんだからな。」
・・・・・・・・・・・・・・・
少し間が空いたと思ったら運転手の相棒は突然笑い出しました。
みなみ「はっはっは。・・・そうだよな、何年も浮世離れしてたくせに結構良い事言うなぁ。誰も助けてくれなかった今までは、『しんどいのは今日だけ』、今日だけを過ごそうと必死だったかもしれないな。・・・しかし俺が思うに、ここからの人生には必ず見返りがある。スポーツをしていた頃のように、やった分の実績が出ない今までとは違うってことだ。非常にわかりやすい形で見返りが来るだろうよ。・・・そういえばさっきにしまが言った通り、勤め人ってのは単純に言えば『食う為』に仕事やってるんだ。今のその心のままで行こう、これまでとは違ってお前が思う世界が待ってるかもしれないぜ、目指せばいい。俺も別にお前に賛同しているわけじゃあないけど、そうであるべきだと思ってるから。・・・気の利いた言葉が浮かんで来ないけど・・・・・『初志貫徹』で最後まで行こう、にしま。産まれてから死ぬまで初志貫徹で過ごせる人間なんてそうそう居ない。さっき言った言葉曲げるなよ、そしてその心も。」
みなみは俺がさっき言った言葉をまるでなぞるかの様に、そして芯に染み込ませるかの様に語りました。
にしま「・・・そうだな・・・。」
車の窓越しに地元の景色を眺める・・・・。次に帰るのは何年後になるだろうか・・・。
みなみ「しかしあれだな、・・・こうやって2人っきりで車に乗るのは実は初めてだな。大体両親が居たり・・・・・・」
にしま「だなぁ・・・・であいつがさ・・・・・・」
車中で会話が続きます・・・・。
運転をする友人の横顔は、どこか悲しそうでしたが、前を向く目だけは誰よりも生きていました。
・・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・
・
地元に帰って、頼ったのはこのみなみという男でした。
幼馴染であり、最愛の友を仕事仲間にはどうしてもしたくはなかったのですが、結果的に頼ったのはみなみでした。
みなみしか頼る人間が、みなみしか言っている事を少しだけ信用できる人間が、自分の周りには居ませんでした。
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