あと1回を信じさせて

専業プウタ

第1話

「あと1回だけ受けてみなさい! 貴方は絶対に医学部に受かるから! 優秀なお父様の血を引いてる子よ! そんな7年も勉強してもニートになっちゃう程、馬鹿なわけがないじゃない」


 浪人何年目か自分でもカウント出来ない。

 でも、今、母がカウントしてくれた。

 私の浪人生活は7年になるらしい。


 私は自分で知る限り馬鹿ではない。

 小学生時代のカラーテストでは満点を連発し、周囲の同級生からは羨望の目を向けられてきた。


 しかしながら、何年努力を重ねても医学部には受からない。

 それだけで、人として未熟だと罵倒される。


 きっと、それは親のせい。

 本当は分かっていた。

 自分にも悪い所はあっても、幼い頃からされた親からの仕打ちは逃げ場がない。


 私は医師を目指さなければ、ニートではないそれなりの人生は送れていた。


 分かっていても。両親には言えない。

 私は現在、自立をしてなく親の経済力に寄生する浪人生。

 寄生先がなければ死ぬしかない。


 母を蔑む父親、私を無能だと罵倒する母親。

 私は側だけで母を結婚相手に選んだ父も、学がない自分を棚に上げて私に全てを求めてくる母親も本当は軽蔑している。


 初老を過ぎても母は美しい。

 現代の美容医療は目を見張る。


 ヒアルロン酸、ボトックス、筋膜を削ぐハイフ?

 肌が攻撃を受けているのに、気持ちよく美しくなるらしい。


 美しい? 側から見ればチョウチンアンコウ。

 本人は自覚はなくても承認欲求に従い載たデジタルの世界では笑い物。


 自分を認めてくれる信者のみに目を向け気持ちよくなっている愚かな生物。

 でも、その愚かさが可愛らしい。


 私は母が好きだった。

 美しさだけが正義だと衰えてからも信じ続ける愚かさが愛おしい。


 母から褒められて、彼女に認められ愛されたかった。


 感染症によるマスクブームは終わったのに、未だ母はマスクを手放さない。

 マスクはほうれい線が隠れる年齢不詳の女を作り出す素晴らしいアイテム。

 

 感染症の恐ろしさを側のニュース以上にキャッチする自分の知的さをアピールできるマスク。

 母は家でも外でもマスクを手放せなくなった。

 自分の頭の悪さも衰えゆく微妙も、そのマスク1つで隠せると思ったのだろう。

 私は彼女の愚かさを可愛いと思った。


 母は事実を自分の為に湾曲する天才だった。

 コロナが5類になっても感染症が人類を脅かす脅威だと唱え続け、ネットの信者からはメシアのように崇められた。


 父は代々続く医師の家系。

 母は高卒のイベントコンパニオン。


 足の長さと天然の胸の大きさだけがアピールポイント。

 顔はいじりまくっているので、もはや原型は不明。


 不細工に生まれた私がもはや彼女の存在証明。


 不細工な父親に似て残念な子だが、頭の良さは父親に似たという設定の私。

 彼女はネットの世界で時に私を哀れみ、時に称えて、自分の都合の良い道具のように使用する。


 誰もが羨むセレブな生活を送る母。

 ネットに載せた生活には誰からも分からない称賛の声が並ぶ。

 それだけでよかったのに、母は決して届かぬ場所へ手を伸ばし続けた。


 母の崩れ落ちそうな自尊心と承認欲求を埋めるのは私の役目だった。


 だって、産んでもらったのだもの。

 逆子? どうして私はみんなのように頭を下にしてなかったの?

 温かさを求めるように赤子は皆、頭を下にするらしい。

 きっと私が駄目だったんんだ。


 退治の時から駄目な私を慈悲深い母は産んでくれた。

 そう思わないと私は自分を慰められなかった。


 腹を切り裂くような帝王切開で、母は私を産んでくれた。

 戦国時代にしか許されないような十字傷を腹に据えたのに、その傷のせいで女として見られない? 

 そのような事を宣う男が悪い! 私の父親? マジくずじゃん。


 「腹切り」って信じられる? 私ならできない。

 そこまでして産んで貰ったのだから母に尽くさなければ。

 

 私は母の為なら何でもした。

 母が再婚したホスト崩れのような男に犯されても、母の為なら取り繕った。

 母はそれに気がつくなり、私をゴミのような目で見てきた。

 

「この売女が! 私の男に手を出しやがって!」

 母からそう言われた瞬間、私にとって母がどうでも良い存在になった。


「自分の娘に手を出したような男を私の父親にしたの? ママ、取返しのつかない事をしたのは貴方だよ」

 私が積年の思いを意を決して告げたのに、母は逆上して私を鈍器で殴った。


 私はそのまま意識が遠のいた。 

 あと1回我慢すれば⋯⋯もう1回⋯⋯。

 どうして私は信じてしまったのか⋯⋯。


 もう1回なんて存在しない。


 意識が遠のく中で私は自分に言い聞かせた。


「もう1回」なんて甘い世界が許されるのは極一部の特権階級。

 貴方は間違ったね⋯⋯。


 

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あと1回を信じさせて 専業プウタ @RIHIRO2023

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