第3話 涙と喜びの記念日
翌日、夕暮れ時になると、百合子に誘われて大学のキャンパスの近くにある東口公園へ行った。そこには、僕たちがこっそりデートを重ねていた百貨店があり、すぐに屋上の広場へと向かった
空は徐々に茜色に染まり、広場のイルミネーションが次第に輝きを増していった。僕たちは手をつないで歩きながら、過去の思い出を語り合った。
「この広場で初めてデートした日のこと、覚えている?」百合子が微笑みながら問いかけた。
「もちろんさ。あの日の君の笑顔、今でも鮮明に覚えているよ」と僕は答え、彼女の手を少し強く握り返した。
屋上広場には、英国の古めかしい洋館が立ち並び、母親とたわむれる大勢の幼子たちが見かけられ、まるで昔読んだことのある『クリスマス・キャロル』の童話の中に佇んでいるかのように感じさせた。
そこには過去、現在、未来のクリスマスの幽霊たちが次々と現れては消えるイベントが開催され、色とりどりのライトが輝き、小さな屋台が温かな光で照らされて並んでいる。会場には、温かい飲み物や焼き立てのスコーンの甘い香りが漂い、幸福に包まれているかのようだった。
「あれを買ってきてもいい?」
百合子が尋ねると、僕はすぐに頷いて財布を取り出した。
「もちろん。僕の分もお願いするよ」
僕らはいつもホットチョコレートを飲んでいた。屋台から飲み物を受け取って戻ってきた百合子は、笑顔でカップを差し出した。
「これで寒さも少しは和らぐかな」
僕たちはカップを手にしながら、クリスマスツリーの前で立ち止まった。ツリーのてっぺんには、星が輝き、その光が僕たちの顔を柔らかく照らし出していた。
「百合子、でも今日どうしてここに誘ってくれたの?」僕の言葉に、百合子は少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。
「もう少ししたら、分かるから……」
百合子が意味深な微笑みを浮かべると、広場のステージから柔らかなメロディーが流れ始めた。突然現れたミュージシャンが奏でるその曲は、ふたりにとって特別な思い出の一曲、『木蓮の涙、遙かなる時空の中で』だった。
「この曲は……」驚きと喜びで言葉を失った。
「思い出した? そう、私たちがここで初めてデートした時に聴いた曲だよ。でも、この曲を聴けるのは今日が最後らしいの」と百合子が優しく囁いた。
年末を迎えているのに、なんとこの百貨店は業績が思わしくなく今夜で閉店してしまうという。広場のイルミネーションが一斉に輝き出し、青や白の光が交じり合って星空が地上に降りたかのような幻想的な光景が広がった。百合子はそっとカップを置き、僕の手を取りながらにこやかにダンスを始めた。
「悠斗さん、これからもずっと一緒にいてほしいの。どんな困難が待ち受けていても、ふたりなら乗り越えられると思うから……」
百合子の瞳には涙が浮かんでいたが、その瞳は希望に満ち溢れていた。僕も百合子の手をしっかりと握り返し、心からの笑顔で答えた。
「もちろんさ。君とならどこまでも一緒に行くよ」と答えると、心の中で温かい感情が溢れ、未来への期待で胸が高鳴った。
その夜、ふたりのダンスはまるで永遠に続くかのように感じられた。キャンパスでの素敵な思い出とともに、僕たちは未来への希望と愛を再確認した。
広場の真ん中には大きなクリスマスツリーが立ち、その周りを囲むようにして母親に促された子どもたちが集まっていた。僕たちは手を握り合い、その光景を眺めながら、忘れないように心に刻んでいた。
突然、ツリーの頂上が輝き出し、まるで流れ星のように光が広がった。そして、広場全体が幻想的な光の波に包まれた。
「すごい……」百合子が感嘆の声を上げた。
その瞬間、ステージに立つ年配の司会者がマイクを握り、「今晩わ、店長の笹川小太郎です」と広場の人々に向かって話し始めた。
「皆さん、今夜は神々に別れを告げる夜です。私の百貨店も閉店しますが、ここにお越しいただいた皆さんの思い出は永遠に消えません。最後の夜として、皆さんに素敵なサプライズをご用意しました。ぜひご覧ください」
突如、広場の中心に巨大なスクリーンが出現し、この店が開店してからの二十年間の風景が映し出された。走馬灯のように次々と現れては消えていくその映像には、子どもたちが母親の見守る中、屋上広場のイベントで遊ぶ様子や、僕たちの初デートの日の姿も含まれていた。僕たちが手をつないで広場を歩く姿や、初めてホットチョコレートを飲んだ瞬間が捉えられていた。
「これは……」驚きで言葉を失った。
「悠斗さん、これはきっと神さまからのサプライズだよ」と百合子が微笑みながらささやいた。「きっと私たちの思い出を、ここにいるみんなと共有したかったんだ」
映像とミュージシャンが奏でる曲が終わると、広場の人々から温かい拍手が湧き上がった。僕たちはお互いに見つめ合い、屋上広場を見渡し、ミュージシャンと司会者に感謝の気持ちを伝えるように深く頷いた。
「百合子、誘ってくれて本当にありがとう。こんな素敵なサプライズ、まさか想像もしてなかったよ」僕は心から感謝の気持ちを込めて言った。
彼女は優しく微笑み、「これからもずっと一緒に、たくさんの素晴らしい思い出を作り続けていきましょう」と目を輝かせた。
僕らは手を取り合い、未来への希望と愛を胸に、広場を後にした。クリスマスの出来事は、ふたりにとって一生忘れられない宝物となった。
大晦日に、僕たちは百合子の実家の小樽へ向かう最終列車に乗った。慌ただしい一週間だったが、思い出はしっかりと心に刻まれていた。
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