中.鳥居を数えるバイト(Y県▓▓町 六月十日 金曜日)


 あー、懐かしいなぁ大学。

 僕、もう全然社会人向いてなくてぇ、っていうか社会自体が向いてないのかもしれないんですけど。人と話すのめちゃくちゃ苦手なんで。

 いや、違うんですよ。

 はじめて会った人とだったら、無茶してちょっと話せるっていうか、なんていうか悪く言えば旅の恥はかき捨てとか、後は野となれ山となれ、みたいな感じでペラペラ話せちゃうんですけど、二回目とか三回目とか、関係性が出来ちゃうと……なんか無理なんですよねぇ。だから、大学時代にやってたバイトも単発が中心で、ちょっと長めに働くってなっても、喋らない奴じゃないとキツいんですよね。


 そうですね、まあ、だいたい十年ぐらい前ですかね。

 単発バイトって探すのが面倒くさいっていうか、バイト求人誌とかサイトってやっぱり長期で働いてくれる人を主に探すじゃないですか。 だから、当時は派遣みたいなのに登録してて……まあ、小規模の地元密着型の会社みたいな感じなんで、仕事の候補がメールで届いて、興味があったら直接行きたいってメールを返信するみたいなシステムなんですけど。


 まあ、それで会場設営だったり、福引の手伝いだったり、ゆるキャラショーの警備だったりのバイトをやってたんですけど、いやあ、忘れられないですよ、『鳥居を数えるバイト』っていう件名でメールが送られてきた時は。

 場所が▓▓町で送迎あり、まあ、そこまではわかるんですけど、深夜に町内を歩き回り、存在する鳥居の数を数えて日給三万、なんて内容を見た時は何かの冗談かと思いましたからね。

 いや……まあ、変だなとは思いましたけど、ただその派遣、ちゃんと審査……っていうか、どんな仕事でも何でもかんでも素通しするわけじゃないんで、じゃあ怪しいけど、なんか理由がある仕事なんだろうな、って思って……それに日給高いですしね。僕の当時の仕送りが月三万円でしたから。


 行きたいです~みたいなメール送ったら、じゃあ君行ってね、金曜の夜に派遣先の人が迎えに来るから、ってなって。それで、まあ一応一番でっかい駅の方に迎えに来てもらって……で、派遣先の人の軽自動車に乗っけてもらって、▓▓町に行ったわけですよ。


 あ、はい。

 僕の連絡先の方はもう派遣会社の方から、派遣先の人の方に伝えてもらったんで、どこの駅で、とかどんな感じの見た目なの、みたいな話は電話でしたので合流はスムーズでしたね。


 派遣先の人ですか?

 まあ小太りで……まあ、そんなに悪い人でもなさそうでしたよ。優しい笑顔の人でした。ああ、すいません。名前覚えるのって苦手で、本当に名前は忘れちゃったんですけど。


 まあ、▓▓町の神社の鳥居の前で下ろしてもらって、この鳥居からカウントをはじめて、町内の鳥居をあるだけ数えてね、町内全部回れなくても四時までには帰ってきてね、みたいな感じで言われて。


「神社以外にも鳥居はあるんですか?」

「ああ、鳥居の姿をしたものならなんでもカウントしてね」

 みたいな話をした覚えはありますね。目的ですか?いや、まあ興味があるといえばありましたけど、でも……まあ、別に鳥居の数を数えたから別に犯罪になるわけじゃないので、まあそういう趣味の人もいるんだろうって感じで流しました。


 神社の鳥居でカウントが一。

 そこから……まあ、無いんですよね。鳥居。まあ普通に考えたらそうなんですけど。だって何の変哲もない町ですもん。鳥居の落書きだろうが、鳥居のシールだろうが、鳥居の形ならなんでもカウントしてね、って言われたんですけど、ないものは数えようがないんで。

 まあ、ないものをあるって言われたほうが困ると思うから、僕もそこは嘘をつきませんでしたけど、でも、夜にお散歩するだけで三万円……じゃ、流石に申し訳ないなぁと思って、見つからないかなぁ鳥居って思いながら、▓▓町内を歩き回ってたんですけど……まあ、思いついちゃったんですよね。じゃあ、増やせばいいじゃんって。


 本当に鳥居の姿をしたものならなんでも良いって言われてたんで、ちょっと公園の砂場に寄って、足でずりずり~って鳥居を描いて、それでカウント二。木の棒を組み合わせて、ベンチに鳥居みたいな形で寄りかからせてカウント三。まあ、後で報告とか求められたら子どもがやったんじゃないですかね~?って言うつもりでしたね。


 まあ、そんな感じでサービスでちょっと鳥居を増やして、公園から出たタイミングで……派遣先の人からメールが送られてきたんですよ。

 件名はなにもなくて、本文も何もなかったですね。

 ただ、鳥居の画像だけが送られてきたので……カウント四。


 え、ヤバさ?

 いや、全く。

 なんかミスってサンプル資料に本文と題名入れ忘れたのかな、ってだけでした。

 ああ、はい。

 一応、返信はしましたよ。これカウントしておきますね、みたいな感じのことを。


 その後ですか?特に祠とか別の神社があるわけでもなかったので……結局、鳥居のカウントは四のまま、町内の探索は終わったので、待ち合わせの神社に戻る途中で……見ちゃったんです。


 観光地とかじゃないですよ、本当に何の変哲もない住宅街なんです。

 なのに、道路の中央に立ってたんですよね。鳥居が。一個……で良いのかわからないですけど、一個ね。


 流石にヤバいな、って思いました。

 そもそも、これをくぐるのがまずいし、カウントするのもまずいな……って、とりあえず一旦戻って、それで別の道から神社の方に向かいました。いや、今考えると逃げたほうが良かったのかなって思ったんですけど、もう本当に何も見なかったし、何も知らなかったことにしよう、って。


 それで神社に向かって、いよいよ駄目だなこれは、って思いました。

 神社の鳥居の前で派遣先の人が待っていたのを遠目に見たんですけど、いや、別にあの人自体がおかしなことをしていたわけじゃないですよ。ただ、僕のことを待って立っていただけ。

 ただ、僕が。どうしても駄目なんですよね。

 あの人を見ると、どうしても、思っちゃうんです。


 あ、さっきの鳥居も合わせてカウント六になるな、って。

 

 いや、どう見たって人間なんですけどね。

 どう見たって人間なのに、鳥居にカウントできちゃいそうなんですよ、あの人。

 なんか本当に何が起こっているのかわからないんですけど、僕は神社に行く道を引き返して、最寄り駅から始発待って家に帰りましたよ。


 え、その後ですか?

 途中で逃げて派遣会社から怒られることもなかったですし、っていうか……給料、普通に振り込まれてたんですよね。

 だから、まあ特に何もなかったんですよね。

 ただ……あの人をもう一回見たら、やっぱり、あ、鳥居なんだなぁって思っちゃうような気はしますね。


 ああ、鳥居の画像ですか?

 流石に覚えてないですけど……変わった雰囲気の奴だったんで、今でも覚えてます。


 こんな感じでした。

https://kakuyomu.jp/users/teasugar3g/news/16818093089850469962


 え?何言ってるんですか?

 これ、どう見たって鳥居じゃないですか。


【続く】

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