おそらく闇バイトではなかったバイト
春海水亭
前.鳥居を探すバイト(Y県▓▓町 八月十六日金曜日)
◆
しっかし、流行ってるよね。闇バイト。
今どきの若いものは……なんて、笑えないよ。普通の求人サイトでも応募してるんでしょ?俺が大学生だったら引っかかってた可能性でかいね、まあ実際に強盗までやるかどうかはともかく、間違いなく応募はしてる。若い時分は金も欲しいけど、なんか特別な体験を欲しがってるからね。不思議なバイトって魅力的じゃない?なんかそういうのが欲しくてボーイズバーの面接受けたことあるもん、落ちたけど。
ああ、ごめんごめん。関係ない話をしちゃったね。
まあ、俺が大学生の時だったから……ちょうどってわけじゃないけど、だいたい十年ぐらい前の話だったかなぁ……全部の大学にあるかは知らないんだけど、俺の大学にはアルバイト募集の掲示板があってさ……まあ、殆どは普通のバイトなんだけど、たまにめちゃくちゃアタリの単発とか短期のバイトがあってさ、バイト求人誌読むよりもお世話になったね。アンケートデータを入力する仕事とか、内容は簡単で高収入な上におやつ休憩まであったし、モデルルームのバイトの時は、看板を持ってパイプ椅子に座ってさえいれば、時間終了まで本を読もうがスマホいじってようが自由だなんてバイトもあった。あと楽なバイトの王道、交通量調査とかね。
うん、そう。
そのバイトも、うちの大学のアルバイト募集掲示板に貼られてたんだよね。別に怪しいことは無かったよ。いや、そりゃバイト内容自体は怪しかったけど、一目で、あっ、これはおかしいな……みたいなのはなかったね。チラシの裏を使ってるとか、文字が手書きとか、あるいはなんか妖しいオーラを放ってるとか、そういう一目でわかる違和感。他のアルバイト募集と同じ形式で募集してたね。
深夜の▓▓町で鳥居を探すバイトです、って。
そうそう、この前ちょっと話題になったのを見たよ。
猫を探すバイトですって求人サイトで応募して、実際に参加したら猫っていうのは隠語で、実際は高級車とか防犯カメラの位置を探させる奴。
まあ、確かに……迷子以外の猫を探すバイトとかあるわけないよね。
俺?
いや、面白そうだなって思ったよ。普通に。日給だって一万五千円で悪くなかったし。今だったら、流石に怪しいなって思っただろう……いや、どうだろうな。だって、大学のアルバイト募集掲示板にヤバいバイトがあるとか思わないじゃん、普通。だから俺が今大学生だったとしても、やっぱり募集に応じてたんじゃない?それに結局、俺が行ったのは鳥居を数えるバイトだったわけだし。
うん。
募集ポスターの連絡先に、電話かけて……んで、電話の相手から、じゃあ金曜日の夜の十一時になったら大学の最寄り駅に来てください、迎えの車を寄越しますって。それで行くかって感じで。
いや、まあ今考えたら怪しすぎるよね。当時は全然考えてなかったけど、深夜に知らない人の車に乗るのってめちゃくちゃ怖いし。でもさあ、それ以上になんかワクワクしちゃってたんだよね。こんなん仲間内では誰もやってない不思議なバイトだぜ、みたいな。
それに東京ならまだしも、あの大学の最寄りじゃ十時三十分ぐらいにはもう電車って止まっちゃうから、現地集合で早めに着いて深夜まで時間持て余すのも嫌だなって思ってたから、丁度良いなぁって思ってた。
いや、迎えに来たのは普通の白い軽自動車だったよ。
そりゃ俺もリムジンとか来ないかな……ってちょっと思ったけどね。
夏の暑い時期……いや、今よりはだいぶましなんだけどさ、そういう時期のバイトだったから、車内は冷房がキンキンに効いてて、あっ、嬉しい~って思ったね。運転手っていうか雇用主の人は武田さんっていう小太りのおっさんで……いや、坊さんとか神主さんが着てるようなやつじゃなくて、普通にタンクトップ着てるおっさんだったよ。愛想は結構良かったね。
「いやぁ、よく来てくれたねぇ!」なんてニコニコした後、「こんな変なバイト誰も来ないものかと思ってたよ!」なんて腹揺らして笑ってたね。
で、車が走り出して……▓▓町に向かうわけ、車で四十分ぐらいかな。
まあ、早速俺武田さんに話しかけるわけ。
「にしても変な仕事っすねぇ!鳥居を探すバイトだなんて!」
「変だねぇ、ハハハ!」
「そもそも鳥居なんて神社ぐらいにしかなくないっすか?」
「ああ、正確に言うと本物の鳥居だけじゃなくて、鳥居の形をしたものならなんでもカウントしてほしいんだよね」
「鳥居の形をしたものっすか?」
「掲示板のポスターに描かれた鳥居とか、電柱に貼られた鳥居のシールとか、チョークで地面に描かれた鳥居とか、そういうのも含めて鳥居を見つけたら地図に書き込んでもらうの」
「そんなに鳥居があるもんなんすか?」
「なんかねぇ、空き巣グループかなんかわからないけど、多分マーキングとかしてるからなのかなぁ、まあ、そういうの探して欲しいんだよね。警察はなにかあってからじゃないと動いてくれないし、勿論本物の鳥居も探してね。大きいのも小さいのも」
いや、おかしいよね。
じゃあ、別に本物の鳥居を探す必要って別にないもんね。そもそも武田さんがわざわざこんなことやる必要もないし。
まあ、俺は馬鹿だったから気づかなかったんだけどさ。
「了解っす、この町の安全は俺が守りますよ……けど」
「けど?」
「この仕事って深夜にやる必要あるんすか?」
「いや、昼は私サラリーマンやってるし、夜は夜で家事やんないと、年取った夫は家に居場所なくなっちゃうし、休みは休みで家族サービスだからねぇ、金曜深夜だけだよ、こんなこと出来るのは」
「それで深夜」
「そうなんだよ!」
今考えたらこの理由も全然”そう”じゃないよね。
まあ、なんかそれっぽいこと言われたら納得してたし、俺もなんかテンション上がってたからさ。
まあ、そんな感じで話してる内に▓▓町に着いてさ、その町の公園に隣接してる神社の鳥居の前で降ろされたよ。
神社、なんか提灯みたいなのが着いてて、深夜だってのに明るかったなぁ。
へえ……御神燈って言うんだ。
「じゃあ、町内をぐるっと周って……地図の範囲内が終わるか……出来なくても最悪四時ぐらいには戻ってきてね、日の出前だよ……っと、その前に」
そう言って、武田さんがスマホを取り出したんだ。
「メアドを教えてもらっていいかな?一応深夜だから、緊急でもない連絡があったらメールで静かにやりたいんだ」
まあ、普通に教えたよ。別に送らない理由もないし。
「なんか会ったら、連絡するから……じゃあ、始めて!始めて!」
まあ、早速地図に神社の鳥居を書き入れて鳥居を探すバイトのスタートだよ。
懐中電灯を持たされたとは言え、街灯の明かりは頼りないし、結構漏れもあったんじゃないかな。まあ、それでも結構見つかったね。武田さんが言った通り、掲示板のポスターに鳥居の落書きがあったり、あるいは家の塀に鳥居のシールが貼られていたり、足元にミニチュアの鳥居が置かれていたり……いや、この時点では帰りたいなとは思わなかったな。変だなぁとは思ってたけど、不気味だなぁとまでは思わなかった。というか変なバイトにワクワクしてたからそういう常識的な感覚が麻痺してたっていうのが正しいのかもね。
それで順調に地図に鳥居を書き入れて行く内に、スマホが震えてさ。
仕事中って言っても、別に何も言われてないから普通にスマホを取り出したよ。
そしたら武田さんからメールが来てた。
件名は何も書いてなくて、本文も何も無い。
ただ添付画像があるだけ。
鳥居のね。
地図を開いて見返してみたけど、鳥居同士を繋げたら鳥居の形になるとか五芒星を描くとか……そういうわかりやすいことはなかった。俺に送付された鳥居を地図に書き入れてもね。ただ、背筋を冷たいものが走り抜けたよ。
やばいって思って、とにかく走れるだけ走ったね。
いや、何がやばいのかはわからないけど……なんかやばいじゃん?
▓▓町の駅だと始発が来る前に、武田さんが来る気がしたから、とにかく走れるだけ走って……結局、三駅分ぐらい走って、ネカフェに逃げ込んで、昼の電車に乗って、家まで戻って、その後は……特に何もなかったよ。
大学の最寄り駅は知られてたけど、家の位置は教えてないからね。
まあ、なんかやばいなって思って大学は二週間ぐらい休んだけど、結局その後俺が武田さんと会うことはなかったし、鳥居探しのアルバイトが募集されることも二度となかった。
鳥居の画像……?残ってないよ、メアドも変えたし、だいたいスマホだって何回も買い替えてるしね。あの地図だって、どっかで捨てちゃったよ。
なにか起こりそうで、なにも起こらない話で悪いね。
でも、なにか起こってたら、俺、多分何も話せてないからさ。
【続く】
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