第6話 魔法少女

 父であるヴァルドール辺境伯が魔導エレベーターで、なんなく塔を登り、魔導船で自領へと旅立った時、ショートは『物見の塔』を必死の形相で登っていた。

 一気と言う事だから一度でも止まってしまったら、そこで試合は終了なのだと歯を食いしばる。


「女神アリア~! 今度会ったら覚えとけよ!! 」


 女神に暴言を吐きながらもSP欲しさに頑張る俺。我ながら不甲斐ない。だが最初はかなり難しいだろうと思っていたのだが、身体能力の上昇と回復魔法のお陰か、どうにか無事に登りきる事が出来そうだ。


 ここまで苦しみながらも何故に最初にこのクエストを選んだかと言えばだ。それは、初めて王都に来た事での物珍しさもあっての、もちろん観光だ。


「やっぱ王都に来た以上、一度はこの塔から王都の一望は眺めておきたいよね」


 両親に連れられて王都に来た時は、実はこの『物見の塔』の魔導船発着場に降りたのだが、父がいた事もあって観光どころではなかった。


 ショートことアルスにとって父は、厳格でこのうえないほど恐ろしい存在であって、わがままなど言える度胸など有るはずもない。


「おっしゃーー! 登りきったぞ!!」


 最上階の展望台に辿り着いた俺はもうヘトヘトヨレヨレだった。思わず大の字に倒れ込んでしまった。エレベーターから降りてくる人たちがこちらを好奇の眼差しで見ている事は分ったが、そんな事もうどうでもよかよか。それより水だ水!


 無理して上半身を起こすと、生活魔法のウォーターで両手に水を出していっぱいに溜めると、直接ぐっと飲みほした。顔から喉から胸元へと水が滴り落ちるのも、そんなこと気にしない。濡れたついでに頭から水をかぶってやった。そこまでして、ようやく落ち着いたところで、周囲を見渡すと、すでに陽が陰り、空は茜色に染っていた。

 その夕日の美しさに、達成感も合わさってか、俺はつい見惚れてしまった。


 だがしかしだ、失敗した。


 なんと展望台には数組のカップルがそれぞれにベンチに座ってイチャイチャしているではないか。


「あちゃー。この時間帯って、ここはデートスポットになってたんかい! 」


 お子ちゃま(元チー牛おっさん)には刺激が強すぎるんで、早めに退散といきますか。とは思ったけど……。登った以上は一度は王都を眼下に見下ろしてからでも遅くないとカップルを避けての人が居なさそうな場所を探すことにした。


 展望台のベンチに一人ポツリと座っている少女が眼に入った。彼女は一人でここまで来たのだろうか? 項垂れてる寂しそうな背中を見てると、まさか、待ちぼうけ?


 まぁ、彼女にも何か理由があるのだろう。それよりも、俺の観光観光♪ 


 外の景色を見ようと少女の座るベンチの脇をすり抜けて眼下に見下ろす。俺はその壮大な景色におもわず息を飲んだ。眼下には、茜色に染まる美しい王都の街が一望に広がっていたからだ。


「おお、これは絶景だ! 」


 王都の街並みは、前世で一度だけ行ったことのあるイタリアの水の都ヴェネチアを彷彿とさせた。運河沿いに立ち並ぶ石造りの建物が夕陽を受けて紅に染まり、屋根に施された白い漆喰や赤い瓦がオレンジ色に輝いて見える。その美しさはまさに幻想的の一言だ。


 頑張ってここまで登って正解だったと興奮していると。隣から「あ!」と言う声が聞こえた。「え?」となって隣を見ると、そこには、先ほど俺の腕の中で寝息をたてていたあの『魔法少女』が驚いた顔でこちらを見ているではないか。



 ◇◇◇



 この世界で授けられる職は、それが与えられる前の行動や環境がかなり作用する。貴族の子の中に戦いに特化した職が多いのは、小さい頃から剣や武術の訓練を続けている事や親が持つ職業が大きく影響したりする。所謂、蛙の子はカエルだ。いや、おたまじゃくし? だろうがとツッコムのはナシだ。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。騎士の子に騎士、剣士の子に剣士、魔法使いの子に魔法使いが多いと言うのは周知の事実だったりする。


 じゃ、町民や農民とかの平民には騎士や魔法使いはいないのか? と言えば、そうではない。


 ちゃんと存在する。俺や勇者たちのようなイレギュラーは別として、環境が影響したり、親の職には左右されない突然変異のような者が現れたりする。農家の子に聖騎士とか賢者とかが生まれたりもする。


 それって、『女神のいたずら』って呼ばれているけど、そのメカニズムはまだ解ってはいない。


 ただ、以前の公爵の息子の件は、小さい頃から庭いじりが好きで庭で花や薬草、果物などを育てていた事が原因かもしれない。自分のなりたい職業になるために、小さい時から努力する事でも手に入れる可能性は確実に上がるのだろうか。しらんけど。


 ここの女神さまは、ちょっとお茶目すぎる所はあるのだが。もしかしてちゃんと見てくれているのだろうか?


 そして、ここにも、商人から魔法使いが生まれた『魔法少女』が一人いた。


 彼女は突然に湧いた力にどうしていいか戸惑っている。それは、自分は父の後を継いで商人になると信じて疑わなかったからだ。


「あの、失礼ですが、先ほど冒険者ギルドで私を助けてくれたショートさんで合ってますよね? 」


 少女は俺にそう声をかけてきた。ギルド職員に俺の事を聞いたそうだ。俺は頷きながら返事をする。


「身体はもう大丈夫? 」


「はい。ご心配して頂きありがとうございます。本当はお礼を言いに行かないといけないとは思ったのですが、とても恥ずかしくなってしまって。それで医務室から人がいない時を見計らって逃げてしまって……ごめんなさい……」


 それで、今、ここにいると言う。この場所は落ち込んだ時によくやって来る場所なんだそうだ。ああ、彼女はやはり金持ちだったのね。


「ショートさんの魔法凄かったです。びっくりしてしまって。私なんか全然ダメダメで」


 そう言って、彼女の眼はウルウルしている。魔法の暴走など、そうあるものでもない。俺もまだまだ初心者なので、はっきりとは解らないけど。たぶんだが、心と力が噛み合っていないのが原因かもだ。彼女には魔法に対する抵抗感が相当にあるのだろう。


「そんな事ないよ。良かったら、名前教えてくれないかな? 僕は第二種魔法使いのショート。よろしくね。あ、横いいかな? 」


「はい、どうぞ。私も第二種魔法使いなんです。名前はフィリスと言います」


 俺たちは自己紹介をして並んで座った。まぁ、フィリスの事はもう知ってたんだけどね。ステータス、覗いてたし。


「落ち込んでるってどうして? ギルド試験落ちたからって事じゃないんだろ? 」


 彼女は「え?」と言う顔を一瞬した後、直ぐに下を向いてコクリと頷いた。


「悪いね。受付も君たちの前にいたから、ちょっと会話が耳に入ってきたんだ」


「そうですか。私、恥ずかしい会話を聞かれちゃったみたいですね。本当は私、怖いんです。突然に強力な魔法が使えるようになって。お父様はもう大喜びで、だから、怖いって言えなくって」


 とうとうポロポロと涙を流し出した。初対面の人にこんな事言っちゃってと、「ごめんなさい、ごめんなさい…」と、彼女は震える声で繰り返し謝ってくる。


 ああ、そうか。彼女は魔法使いと言う職業を嫌がったわけじゃない。ただ怖かったんだ。そして戸惑ったんだ。自分の力の大きさと、そして周囲の期待の大きさに。


 俺は親に思いっきり落胆させた方だから、彼女とは正反対だけどね。


「君は優しいんだな」

「え!? 」

「いやね、喜んだ大好きなお父さんを君はガッカリさせたくないんだろ? だから弱音を吐けない。そうなんじゃない? 」

「あ、うん。そう」


 その時になって、彼女は初めて子供らしい表情になる。周りの期待を背負って、今の今まで完璧な子供を演じようとしてたんだ。ああ、以前の俺と一緒だ。


「そっか、周りの期待が大きいとプレッシャーも大きいよね」

「そうなの。ショートさんのご両親も喜んでくれたんじゃないですか? 」

「え、俺? そうだね。俺はこの王都で両親を失くしたからね。一時は絶望したけど、生きて行くためには、いつまでもグズグズしてられないから。ものは考えようだからさ、だから魔法を使えると解った時は本当に嬉しかったな」

「あ、ごめんなさい。お亡くなりになられてたのですか……。私ったら無神経な事言ってしまって……」


 まぁ、亡くなっちゃいないけどね。今もピンピンしてるわ。ありゃ、殺しても死なんわな。


「いいよ。君はホント優しい子なんだね。俺たちはまだ子供だから、完璧じゃなくていいんじゃない? これから、色んな物、色んな世界を見て回り、どんどん成長していけばいいだけさ。失敗なんてクソ食らえだ。どんな事が起ころうとも、俺はこれからの事を考えたらワクワクするからな」

 

 夕焼けによって、彼女の頬が紅をさしたように見える。眼下に広がる街並みには少しづつ灯りが点きはじめ、まるで宝石を散りばめたような輝きを放ちだした。そして、その光が反射してか彼女の瞳がキラキラと輝いていた。


 そんな時、エレベーターの方から「お嬢様ーーー!」と言う声が響く。


「ああ、もうこんな時間か。お迎えが来たようだよ。そうだ俺さ、明日、初めての冒険者ギルドのマホラ草採取依頼を受けようと思ってるんだ。ねえ、良かったらフィリスも一緒に行かないかい? 採取依頼だからそう危ない仕事じゃないし、予行練習も兼ねてのピクニックがてらにさ。もしかしたら気晴らしになるかもよ」


 あの御付きの者が一緒でもいいからね。そう言うと眼下を指さした。

東門の前で朝の八つ時までいるから良かったら来て。そう言って僕はベンチから立ち上がる。


「早くしないとギルドの簡易宿泊所のベッドが無くなっちゃうんだ。じゃ、今日はここで」


 そう言ってから、俺は彼女に手を振って、その場を離れた。ああ、もちろん俺は階段で降りなくちゃいけないからね。悲しいかなエレベーターを使えるほどの金無いんだ。トホホ

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