俺の職業が日本人だった件。スキルボードが日本語なので俺以外誰も理解できません。壊れ職だと家を追い出されました。
辛島
第1話 授けの儀
今日は僕の『授けの儀』が行われる日だ。両親に連れられて王都の大聖堂へとやってきた。本日、良くも悪くも僕の将来が決まる日なのだ。
僕の名はアルス・ヴァルドール。ヴァルドール辺境伯家の三男だ。
普段はヴァルドール領の領都グラン・ヴァルドの領主邸にて暮らしているのだが、父の辺境伯はわざわざ僕の為に遥々国教である聖アリア正教会の大聖堂にて『授けの儀』を行う事にしたようだ。
この時期、各地の教会には、十歳になる子供たちが『授けの儀』を受ける為に大勢集まって来る。『授けの儀』とは、子供たちが女神の恩寵にて各自様々な職業を授けられる儀式である。教会には子供たちだけでなく、それを逃す手はないとあって金の卵を目当てにスカウトたちも大勢集まって来る事になるのだ。
そこは最大のジョブマッチング会場となって、
その中でも最高の栄誉は、王立高等騎士魔法学園への入学資格だ。平民階級であっても聖騎士や剣聖等の上位の武の者は騎士科へ、また上級の魔法職を授かった者は魔法科への入学が許可される事になる。それは輝かしい未来への足掛かりであることは確かなのだから。
だが、高位貴族にいたっては独自で儀式を行うのが慣例となっている。僕の父は辺境伯という高い地位を最大限に利用して、僕だけの為に教会を動した。高位貴族に生まれた事で、すでに高等騎士魔法学園への入学は決定事項で、あえて職を公にする意味もないからなのだ。
と言うのは、実は建て前だ。
以前、公爵家の嫡男の職業が農民だった事があった。植物好きの本人は喜んだのだが、周りが許すはずもなく、ましてや公にされてしまったのだから公爵家の面子は丸潰れだ。そこからは貴族は独自で儀式を行うようになった。貴族にとって子供の想いより見栄と面子の方が大事であるからだ。
貴族にとって良い職業を得る事は、最大のステータスであり栄誉なのだ。
ヴァルドール家の長兄は、父が期待した聖騎士ではなかったものの、竜騎士と言う上位の騎士職を得て、王立高等騎士魔法学園の騎士科を優秀な成績で卒業。今は王国の竜騎士隊での出世頭だ。
次兄は魔剣士の職を得た。魔剣士は魔法も剣も使える職業である。その事でどちらの科に行くかを悩んだ末、騎士科への入学を決め、今は在学中である。
辺境伯という事は国境防衛の要であり、外部からの侵略や略奪から国を守ると言う軍事的、また外交的にも重要な役割を担っている。その為、父ヴァルドール辺境伯は上に立つ者は軍を鼓舞するためにも強大な力を有する職であるべきだと考えている。
聖騎士である父は今度こそ息子に同じ聖騎士職をとの想いが強く、僕に多いに期待しているようなのだ。そんな大きな期待に押しつぶされそうになりながらも、それはそれ、いつの世も物語に語られる勇者に憧れる男の子なのだ。勇者を夢見てワクワク感も否めない。
不安と期待が入り混じった高揚した気持ちを押さえようと、僕は深く深呼吸をして、少し自分に気合を入れて祭壇へと向かった。
そして司教様に導かれるままに、膝まづくと両手を結んだ祈りの姿勢で司教様が差し出す『授けの水晶』に額を当てて眼をつむった。
……………………。
そこから、いくら待っても司教様からのお声が掛からない。
………………………………?
痺れをきらした僕は恐る恐る眼をあける事にしたのだが……。
(はぁ? ここどこ?)
眼を開けると、そこには見たこともない光景が広がっているではないか。
明らかに、今まで居た大聖堂の空間とはまるで違う世界だった。僕はあまりの驚きで膝まづいた姿勢からひっくり返りそうになった。
そこは、まるで純白の雲の上にいるようなフワリとした感覚はとても居心地が良く、周囲は見渡す限りどこまでも青い空が広がる神秘的な世界。
そして一番の驚きは、僕の目の前には、光をまとった美しい女性が立っていたからだ。
その女性は、あたふたする僕の態度をさほど気にする素振りも見せず、平然と僕に話しかけてきた。
「ようこそ。天上界へ。私がこの世界の創成の女神アリアドナ。アリアと呼んでね」
そして神々しい笑顔を僕に向けてきた。
「はい? えーーーー! め、女神様ーーーー!? 」
僕は思わず叫んでしまった。だって、本当に女神様という雲の上の存在と直接お会いできるとは、とても信じられない奇跡だからだ。今の状況を飲み込めずに呆然としてアホ面を晒していると……。
「あら、突然に驚かせてごめんなさい。最初に謝っとくね。実はね、ここに呼んだのは深い理由があるの……」
女神アリアは申し訳なさそうに、両手を自分の頬に添えて、首を少し傾け可愛いい仕草で僕を見つめてくる。
いままでに見た事もないような絶世の美女に、そんなポーズをされちゃ、なんだって許せる気になってくるから不思議だ。何を謝られているかは知らないけど。
「あなたを急遽ここに呼んだのは…。実はね、今あなたが存在してる世界って、私が初めて世界創造を任された世界なのよね。だからね、ちょっと、ほんのちょっとだけど、テンパってしまってたの。ああ、だけどね、もちろん失敗したとかじゃないのよ。まぁ、私も女神な訳だし、やっぱ完璧を求めるのよね。だから少し不味いかな~って思っちゃって……」
女神様は罰が悪そうに僕から眼を逸らす。
「そこでね。尊敬するお姉さまに軽く相談したのよね。ああ、お姉さまと言うのは、私を導いてくれたとても優しいお方の事よ。お姉さまは私にとても為になるお話とか、また楽しいお話を、いっぱい聞かせてくれますのよ。だからね、ちょっとお姉さまから聞いたお話がついつい頭をよぎっちゃって……」
弁明ともとれるような事を長々と話し続けるが、この女神アリアは眼が泳いでいる所がかなり怪しい。僕は、「(ああ、この女神、やらかしたな)」って思ってしまった。もうこの時点で、すでに最初に感じた、あの尊き女神様を崇める気持ちが少し萎えだしているのがちょっと悲しい。
話を要約すると、こうだ。どうも、この女神は初めて任された大きな仕事に張り切り過ぎたみたいなのだ。
この世界を構築するにあたり、最初の生命を創造すると、その時に彼女は何を思ったのか? この愛しい子らに試練を与える事で、この世界はより成長するんじゃないの? とか、つい考えてしまったようだ。そこで、試しに、彼らに害をなす狂暴な魔物やら、それらが生息するダンジョンとかを作り出した。調子づいた女神はそれだけでは飽き足らず、最大の試練としてより強大で邪悪な存在である魔王なる者が出現するイベントまでも設定してしまったのだった。
だが、途中で我に返ると、やり過ぎた事に気が付いたようだ。やばいと思ってリセットしようとしたのだけど、すでに手遅れの状態になってしまっていた。彼女は慌てて教育係であった先輩女神に泣きついたと言う事だ。
その先輩女神こそが、地球を創造した女神であった。そこで先輩女神は可愛い後輩女神を助ける為の策を高じたわけだ。アリアが尊敬する”お姉さま”こと地球女神が何気に諸悪の根元のように感じてしまうのは気のせいだろうか?
「仕方ないわね。私の世界から勇者、剣聖、大賢者、聖女にふさわしい魂を四柱連れて来てあげるわ。あなたはこの世界で魔王を討伐出来るほどの優良な器とそれぞれの職業に相応しい強力なチートスキルを用意しておいてね」
女神アリアはホッとして、転移してきた魂に最大級の加護を与える事にした。四柱だと言われて器を用意していたのだけど、何故だか全部で五柱あった。そこで女神アリアはつい安易な行動をとってしまったのだ。
「あれ? 一柱多いじゃないの? 先輩もおっちょこちょいなんだから…。でもどうしよう。優良な器とそれに馴染ませた強力な職業スキルは四柱分しか用意してなかったし……。うん、まぁ、いいか」
その時は先々の事を余り考える事なく、余った一柱の魂を適当な器に入れて自分の世界にポイっと転生させてしまったのだった。
どうも、その魂が僕だったようだ。この女神、何してくれるんじゃー!
「ごめんなさいね。あの時はあまり深く考えてなくって。あなたが授けの儀に来たら適当にそれなりの職を与えてたらいいかなぁ、って、な~んて軽く考えてて」
そう言いながら、へらへら笑う女神アリア。こいつ、ダメ女神確定じゃないか? 沸々と怒りがこみ上げてくるが、ここは我慢だ。そこで僕にどんな職をくれるのか聞いてみる事にした。
「そこで、女神様。余り物って僕だったのですよね。そんな私めにどんな職をくれる予定なのですか?」
「そこなのよね……。実はね。この世界に想定した職業のどれもが、あなたの魂に定着しないのよ。なんなんでしょうね? だけど、悲観しないでね。無職だなんて事は……。うん、もちろん無いと思う……わよ」
この女神、眼が泳いでいる。なんか怪しい。ここまで話を聞いてて頭が痛くなってきた。ようするに異界の魂の場合、それを入れる器と職業またスキルは同時に馴染ませておかないと後にエラーが生じる恐れがあった事を女神はすっかり忘れていたようだ。
なんてこった! それだと、もしかしたら僕は職がもらえないという可能性もあるの? 農民どころじゃなく、無職とかになったらこの世界では前代未聞なのだ。もう、これは異世界あるあるの追放ルートじゃないか!
(うん? 追放ルート? 異世界あるある??? )
余り物の魂と知って、無職かもと言うショックも合わさってか、その時、僕は前世の記憶を取り戻してしまったのだった。
「ああああ、思い出した。そうだ。僕、いや、俺は前世はラノベ大好きアラフォー日本人だったんだ! 」
◇◇◇
「大丈夫、大丈夫! お互いに忘れてたって事で。ちょっとした愛嬌って事で、どんまい、どんまい」
なんかもう、この女神、ちょっと殴りたくなってきたわ。
「でもね安心して。私ってば優秀な女神様なのよ! 急に閃いちゃったのよ。もうピーンときちゃったのね。 私ってやっぱ頭イイわ! 元の世界の職業だと、もしかしたらだけど、これって馴染むんじゃない? ってね。そう思ったら善は急げ、すぐにお姉さまに相談したんだから」
やっぱ
「そうそう、ちゃんとお姉さまにあなたの事相談してきたんだから。そしたらね『幻のファイブマンに何て事するのよ! 』とか、訳の分らない事で怒られちゃったけど、数を間違えたのはお姉さまの方なのにねぇ」
口を尖らせながら女神様は俺の方を見つめてくるんだけど、俺に同意を求めないでほしいです。
「だけどね。あなたの世界の事しっかり調査してきたんだから。よーく感謝しなさいよ」
って、今度は押し付けてくる女神様。俺、ちっとも悪くないですよね。
「ところで、あなたの元の世界って娯楽がいっぱいあって、何かとっても面白いのね。流石、お姉さまの世界よ。で、お姉さまが言うには、あなたってあちらの世界では『日本人』だったんだってね。そこで『日本人』についてお姉さまに色々と詳しく聞いてきたのよ――――。
日本人の中には、『郷に入っては郷に従え? 』という事をあまりしない者がいるそうね。だからこちらの職業が馴染めなかったのかしら? 」
そこ、自分がお約束を忘れてた事、なんか、すっ飛ばしてないか? この女神。
「まぁ、いいわ。お姉さまが言うには、ある人は自分の地域の言葉を何処に行っても使い続けるとか、自分一人でボケて勝手に『知らんけど』とかって、一人で完結しちゃったりする者もいるとか何とか。日本人の常識、世界の非常識とか言われてたりするんだって。ほんと困ったものね日本人」
頬に人差し指を当てて首を傾け困った表情をする女神様。いやいや、何処をどう調査したか知らんけど、なんか偏ってるんじゃおまへんか?
「でもね。だけど大丈夫!」
女神様はふふんと言う感じに何故かとても自慢気だ。女神アリアは自身の大きな胸の前で掌を向かい合わせると、その手の中に発光した小さな球体を作り出す。
「だから私、頑張っちゃったわよ。私って優秀よね。この職業だったら、きっとあなたにも馴染むと思うのよね。私ってホント頭良いわ」
ちょっと眼をつぶっていなさい。そう言うと女神アリアは、俺の方に近づくと両手の掌を俺の胸に押し付けてきた。何かが俺の中に入って来る感覚がある。
「ほら、どう? 馴染んでる? 眼を開けて頂戴」
女神の手が俺の頬を掴むとグイっと引き寄せられた。俺はゆっくりと眼を開く。すると眼前いっぱいにスイカ級ほどに豊かに実った二つの果実があるではないか。
「ななな……。うぐ」
「この職業なら、魂への定着はきっと大丈夫だわ」
そのまま女神は有無も言わせず俺の頭をグッと抱きしめてくる。
「くぁwせdrftgyふじこ!!!!」
必死で女神の腕を叩いてアピールする俺。待って、待って、息、できないから。必死の抵抗を試みる俺。暴れる俺にようやく気が付くと、「あらあら、御免なさいね」と女神は腕を解いてくれた。
職業を貰えぬまま死ぬかと思った。これって役得? とか、ちょっと考えたけど、イヤイヤ、相手が女神の上、彼女の神聖オーラに当てられすぎて、流石におこがましい事この上なかったです。
「やったわ。ちゃんと定着してるじゃないの。これでお姉さまだって文句はないわよね。ふふふ、これがあなたの職業よ。大事に育ててね」
女神はそう言うや否や唐突に僕の意識は暗転する。そして失いかけた意識の中に女神の声が聞こえてきた。
「あなたの職業は『日本人』よ。そうそう、より理解出来るようにスキルボードもあなたの元の世界の言葉に変換した親切設計にしておいたわ。じゃー頑張ってね。それと……あとね……」
最後の言葉が聞き取れない。そこは何気に気になるけど、突っ込む所はもうそこじゃない。俺は声なき声で叫んでいた。
「ちょっと待て! 日本人ってのは<職業>じゃないからねーーーーー!!!」
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かなり間が空きましたが新作をアップしました。
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俺の職業が日本人だった件。スキルボードが日本語なので俺以外誰も理解できません。壊れ職だと家を追い出されました。 辛島 @karashi_p
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