第2話 犯人は誰だ?

「まずは、皆のアリバイを聞かせてもらう」


 部屋の中がしーんと静まり返る中、紅貴こうきが口を開いた。


「俺がマリーアントワネットでプリンを買ったのが午前10時。その足で依頼主の元へプリンを届けて、事務所へ戻ってきたのが午前11時。この時、俺は自分用のプリンを給湯室の冷蔵庫へ入れた」


 紅貴は、傍にあったホワイトボードに向かって、事件の時系列を書きはじめた。


「その後、俺は別件の依頼で外出。再び事務所へ戻ってきたのが午後2時50分頃。この時既に、冷蔵庫に入れていたプリンは何者かによって食べられてしまった後だった」


 紅貴がマジックを黒から赤に変えて、書き並べた時系列に大きく印をつける。


「つまり、俺が外出をしていた午前11時から午後2時50分までの3時間50分の間、皆がどこで何をしていたのかを話してもらおうか」


 まずは、夜兎やとが自分のアリバイを証言しはじめる。


「僕は、午前中ずっと仕事の依頼で外出していました。事務所に戻ってきたのは、午後……1時くらいだったかな。お昼を外で済ませてきたので。その後は、ずっとここで報告書を書いていました」


「ずっとだと? たかが報告書を書くためだけに2時間弱もかかったというのか?」


 紅貴が追及すると、花月かげつが横から突っ込みを入れる。


「その報告書を書くことすらしていないやつが言うなっ」


 夜兎が肩をすくめながら言う。


「昨日の依頼分もまとめて書いていたので。全部で……八つかな。今後の参考に、データ化した分析結果をまとめていたので、少し時間が掛かってしまいました」


「素晴らしい。一つの報告書に15分かかったとして、まあ妥当な時間だな」


 それを聞いた紫皇は、大きく手を叩いて褒めた。


「どこかの誰かにも見習って欲しいものだな」


 花月が紅貴に向かって嫌味を言う。


「そうか。それじゃあ、お前は、午後1時から午後15時までずっとここに座って報告書を書いていた、と言うんだな?」


 しかし紅貴は、それを無視して夜兎の尋問を続行した。


「ええ、まあ……一度トイレに立ったくらいで、あとは自席に座っていました」


「それを証明できる人は?」


「仕事については依頼主が、報告書はここに書き上げたものがありますし、ここには、紫皇さんと花月さん、それに白狐びゃっこさんもいらっしゃいました」


 紅貴は、夜兎から聞いたことをホワイトボードへ書き記していく。



 次に、花月がアリバイを証言しはじめた。


「俺は、朝8時に出社してからずっとここに居た。依頼主からの電話対応、クレーム処理、スケジュール作成、会計管理、そして、お前らから上がってきた報告書の確認と請求書の処理もろもろ……トイレに立つ暇さえなかった。だから、お前のプリンなど俺は知らん」


「昼はどうしたんだ? まさか一日中ずっと飲まず食わずじゃあないだろう」


 紅貴の問い掛けに、花月が片眉を上げて答える。


「ああ。所長に外で一緒に食わないかと誘われたが、ちょっと手が離せなかったんでな。帰りに弁当とコーヒーを買ってきてもらうよう頼んだんだ。もちろん、ここで仕事をしながら食した」



 続いて、紫皇がアリバイを証言する。


「俺は、午前10時からクライアントと近くの喫茶店で打ち合わせをしていた。事務所に戻って来たのは、ちょうど正午すぎ……だったかな」


 紫皇は、自分の腕時計を見ながら続けた。


「花月を飯に誘ったんだが、手が離せないと断られてな。一人で近くの定食屋に行って、花月に頼まれた弁当とコーヒーを買って帰ったんだ。午後1時を少し過ぎていたと思う」


「その後は、ずっとここに?」


「ああ。今日の打ち合わせ内容を依頼書にまとめていた。トイレくらいには立ったがな」


「それを証明できる人は?」


「打ち合わせはクライアント、昼は定食屋のレシートがある。あとは、花月と夜兎、白狐がいるな」


「ということは、所長が昼食に出掛けていた正午から午後1時頃までの間、花月はここに一人でいたということか」


 突然、話の矛先を向けられて、花月が紅貴を睨む。


「俺を疑っているのか? 言っておくが、正確には一人じゃないぞ。……そいつが証人になるならな」


 花月が指差した先には、椅子に座ったまま眠る白狐がいた。


「……ぐぅー……すぴー……」


「おいっ、起きろ!」


 紅貴が白狐の額をはたくと、白狐は額をかきながら目を開けた。


「むにゃ……ふぁ~、もう晩ごはん?」


「晩ごはんは、まだだ! 今日、午前11時から午後2時50分までの間どこで何をしていたのか吐けっ!!」


「う~ん……おれ、夜行性だから。ずっと寝てたよ」


「それを証明できる人は?」


「えー……わかんないなぁ、おれ寝てたから」


 すると、花月が横から手を挙げた。


「俺が証人になろう。まぁ、仕事が忙しかったからな。ずっと監視していたわけじゃあないが……少なくとも、こいつが起きて活動している姿は見ていない」



 最後に、琥珀がアリバイを証言する。


「オレは、さっきここへ来たばかりっすよ。その時にはもうプリンはなくなってたんすよね? 犯人はオレじゃあないっす」


 紅貴は、琥珀にぎらりと厳しい視線を向けた。


「給湯室は、ここを通らなくても入れるだろう。プリンを食べた後で一度ここを出て、さも今来たばかりのように装うことは可能だ」


「なんでそんな面倒くせぇことしなきゃいけないんっすか。証拠でもあるんですか?」


「証拠はない。だが、お前が給湯室へ行かなかった、という証拠もない。午前11時から午後2時50分まで、どこで何をしていたんだ?」


「……家で寝てました。言ったでしょう、時計が壊れてたって」


「それを証明できる人は?」


「はぁ? オレは一人暮らしなんですよ。いるわけないっしょ、そんなやつ」


(どいつもこいつも怪しく思える……だが、この中に、俺のプリンを食べた犯人がいるっ!!)

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