いわくつきの旅行

みららぐ

いわくつきの旅行

「はぁ!?予約できてない!?」

「申し訳ございません、」


ずっと楽しみにしていたはずの旅行。

しかし、予約してあったはずのホテルに到着した時に言われた言葉は、「ご予約されてない方ですね」という耳を疑うような一言だった。


「ちょっとアンタ!予約は!?したって言ってたじゃん!」


そしてあたしが今日一緒に旅行に来ているそいつにその場で怒鳴ると、当の本人である千秋が言う。


「…そのはずだったんだけど。おかしいな、」


そう言うと、気まずそうにあたしから目を逸らす。


「で、部屋は?予約してなくても空いてるわけ?」


そしてあたしが千秋から受付のお姉さんに目を向けると、受付のお姉さんが言いにくそうに言った。


「も、申し訳ありません。本日の予約はいっぱいです」

「はぁ?」

「!」


今日から祝日を入れての三連休。

ホテルの受付からもう人がいっぱいだ。

三日間の休みがあったら旅行に行きたいと思っていたのは、やっぱりあたしだけじゃないらしい。

まさかの展開に一気に不機嫌になったあたしは、大きなため息を吐いたあと、言った。


「もういい。別のとこ探すから」

「申し訳ありません」

「行くよ、千秋」

「う、うん」

 

あたしは連れの千秋にそう言うと、一足先にホテルに出る。

その背後で、受付のお姉さんが二人で不思議そうに顔を見合わせているが、あたしはそんなことには気付かない。

するとホテルを出たところで、千秋があたしに言った。


「じゃ、じゃあ今日は“あそこ”に泊まる?」

「…」


…………


「…結局ここなんだ」


千秋の一言でやってきたのは、さっきのホテルとは比べものにならない古びた木造の旅館。

実はこの旅館には去年もお世話になっていたりする。

…去年もこの場所に旅行に来て、ホテルの予約が取れていなくて、渋々この旅館に泊まったんだっけ。


設立した時はさすがにこの旅館もきっと繁盛していたんだろう。

だけど今はあたし達以外にお客さんの姿は全くない。

その古びた旅館は二階建ての少し大きめのお家くらいの建物。

…旅館っていうか、民宿?

お客さんがいないからいいけど、駐車場すら無い。


そして相変わらず手入れのされていない庭にあたしは顔をしかめると、そのまま重い足取りで旅館に入った。


「あの、すいません!」

「…」

「すーいーまーせーん!」

「…?ああ、はいはい」


久しぶりだから忘れていたけど、ここの旅館の受付は90歳くらいのおばあちゃんなんだった。

よほど耳が遠いらしいおばあちゃんは、何やら背中を向けて作業をしていたけれど、あたしの必死な呼びかけにやっと反応して受付に近づいてきた。

そんなおばあちゃんにあたしは深くため息を吐いたあと、言った。


「ねぇおばあちゃん、今日ここ泊まりたいんだけど」

「…え?」

「今日!ここに泊まりたいの!」

「ああ!はいはい、」

「空いてる?」

「二階のお部屋が空いてるよ」


…二階の部屋。


「ありがとう」

「料金は後払いね」

「去年も来たから覚えてる」

「ごゆっくりどうぞ」


あたしはおばあちゃんとそう会話をしたあと、千秋と一緒に二階の部屋に向かった。

旅館の中も期待を裏切らない古びた木造。

階段を1段ずつ上る度、ギシギシと床が軋む。

階段を上った直後に目に飛び込んでくるのは、不気味な笑みを浮かべた女の絵。

真っ黒な背景の色に、髪の長い女。大きな目が、こっちを見ているようで、思わず足が止まる。

…あれ。この顔、どこかで…。


「…」

「…部屋、入らないの?」


あたしがその女の絵を見つめていると、そのうちに背後から千秋の声が聞こえてくる。

その声にやっとあたしはその女の絵から目を逸らした。

…やっぱ、この旅館は気味が悪い。


「ここ?今日泊まる部屋」

「そうみたい」

「…」


茶色いシミが目立つ畳の部屋。

入り口に立った時に目に飛び込んでくるのは、大きな窓。

だけど景色が良いわけじゃない。

その大きな窓から見えるのは、緑の木々だけ。

その窓の障子も、派手に敗れてるし。

あのおばあちゃん手入れとかしないわけ?


「あーヤダヤダ!今頃はあのホテルに泊まってるはずだったのにー」

「ご、ごめんね」

「何で旅行の行き先ここ選んだんだろ。違うとこ選べばよかったー」


あたしはそう言うと、比較的汚れの薄い畳の上に座る。

そしてスマホを開くあたしに、千秋が言った。


「16時だって。温泉でも入る?」

「…お風呂絶対汚いじゃん。あたし覚えてるよ。去年もお風呂汚くて近くの温泉に入りに行ったの」

「私はここの温泉入りに行こうかなー」


…え、まじ。

千秋の言葉に、あたしはあたしで別の温泉施設にいく支度をする。

よくこんな古びた旅館の温泉に入ろうと思うよね。


「本当に入んないの?」

「ここの温泉にはね」

「ふーん」


じゃ、また後でね。

あたしは千秋にそう言うと、本当に別の温泉に入りに行くべく旅館を後にした。


…………


ついでに近くの商店街を通って、寄り道をしていたら帰る時間が少し遅くなってしまった。

綺麗な温泉で汗を流して、ついでに会社の人たちにお土産も買った。

ここからまた古びたあの旅館に戻らなきゃいけないのかと思うと地獄だけど、仕方ない。

野宿よりは、まし。


そのまま旅館に戻ったあたしは、入口の引き戸を開けると、受付にいる昼間のおばあちゃんと目が合った。


「おかえりなさい」

「おばあちゃんお腹空いた!夕飯いつ?」

「もう出来てますよ。待ってね、今運ぶわ」

「お願い」


あたしはおばあちゃんにそう言うと、相変わらず軋む階段を上る。

そしてまた直後に目に飛び込んでくるあの不気味な絵。

その絵から半ば無理矢理目を逸らしたあたしは、足早に部屋に戻った。


「…千秋?」


…しかし、戻ってきた部屋はえらくシン…としていた。

本来ならばここにいるはずの千秋の姿がどこにもない。

どこに行ったんだろう。

もうすぐ夕飯が運ばれてくるのに、あたしと同じでどこかに遊びに行ったんだろうか。

あたしがそんなことを考えながら、仕方なくスマホを触っていると、そのうちにさっきのおばあちゃんが夕飯を運んできた。


「お待たせ。今日はすき焼き定食だよ」

「え、美味しそう!」

「…え?」

「お!い!し!そ!う!」

「…美味しそうじゃなくて美味しいんだよ。ゆっくり召し上がれ」


おばあちゃんはそう言って笑うと、「飲みものは?」とあたしに聞いてくる。

だけどその前に“あること”に気がついたあたしは、おばあちゃんの質問をスルーして、言った。


「…あれ、おばあちゃん千秋の分は?」

「ちあ…え?」

「あたしの、友達の分のご飯は!?」

「…」

「…あ、今はいないけど、すぐ戻って来るはずだから」


だけどあたしがそう言うと、一方のおばあちゃんはあたしから意味深に目を逸らす。

また、聞こえてないのかな。

しかし、そう思ってもう一度言おうとした矢先、おばあちゃんが口を開いてあたしの言葉を遮るように言った。


「…お料理が冷めちゃうから、温かいうちに召し上がれ」


おばあちゃんはそう言うと、そそくさとあたしがいる部屋を後にした。

…何よ。普通一緒に準備するものじゃないの?

独りで食べたって楽しくないじゃん。

しかし、そう思って、


「…とりあえず千秋に連絡入れよ」


と、スマホをカバンから取り出した時。

あたしは“あること”に気が付いた。


「…」


…あれ…?

そもそも千秋の連絡先って、あたしスマホの中に入れてたっけ。


「…?」


だけどあのコの連絡先は、ラインにはいれていないようだった。

そしてメールのアドレスや電話番号も、もちろん登録すらしていない。いや、知らない。

…え、っていうか、あたしはあのコとどうやって一緒に旅行に行くことを決めてたんだっけ。

……あれ?


そして、その時にやっと気が付いた。


…違う。あのコ、「千秋」って名前じゃない。

「千秋」という名前なのはあたしの方。

確か去年の今頃にこの旅館に泊まりに来たとき、あたしは“あの絵”を独りずっと見つめていたの。


あたしと今日ここに旅行に来たあの子は、あの絵に描かれた彼女だったんだ。

あたしはそのことに気が付くと、震える足で、恐る恐る昼間にも見た絵に近づく。

…変わらない不気味な絵。

誰かに似てると思ってたら、そういうことだったのね。

きっと、あのコがこの旅館に誘導していたんだ。

だけどさすがに恐怖を覚えてきたあたしは荷物をまとめようと部屋に戻ってカバンを手に取る。

しかし、その時テーブルに置かれた料理に目を遣ると…


「…!?」


ついさっきまでは確かにおいしそうだったすき焼き定食が、いつのまにかとても食べれるものではないどろどろの茶色い液体に変化してしまっていた。


「…っ、」


まさか…まさか…。

いや、でも考えている場合じゃない。

早くここを出なきゃ。

もう今日は野宿でもいい。そっちのがマシ。

あたしは今にも叫びだしたい声を抑えて、慌てて階段を駆け下りた。


受付のおばあちゃんの姿はない。

いや、なくていい。

あたしは出入り口の引き戸を開けると、真っ暗闇の中をそのまま逃げるように走った。


しかし走り出して数分も経たないうちに、スマホに突然着信がかかってくる。

震える手で画面をみると、そこには「非通知」と表示されている。

あたしはその着信に恐る恐る出てみると、向こうから歪んだ彼女の悲しい声がした。


「…どこ、いくの?」

「!?…っ、」


******


「ちょっと、千秋どこ行ってたの。電話も全然繋がんないし心配したんだからね」

「…ごめん」

「せっかくの旅行が台無しー」

「…ごめんて」


その翌日。

あたしは夕べは結局近くの激安ホテルをなんとか探して、そこに泊まった。

だけど、あとから気づいた話。

あたしは元々別の友人と違う場所に旅行に行く計画を立てていて、それなのにあたしは予約も全くしていない奇妙な旅行に一人で出かけていたのだ。

そしてネットで調べた情報によると、あの旅館はそもそも50年ほど前に閉業しており、あのあばあちゃんも本来ならいるはずのない存在だった。


…いま、あの旅館はどんなことになっているんだろう。

去年見たあたしの景色。昨日見たあたしの景色は一体何だったのか。


『…どこ、いくの?』


彼女は一体、あたしをどこへ連れて行こうとしていたのか…。

本来一緒に旅行に行くはずだった友人には、この話はとても話せないまま幕を閉じた…。




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