第26話 青梅街道から新宿へと侵入します! 敵影5! 新宿御苑方向から未確認生物!個体名ワイバーンです!

 そして、タカトはというと……

 立ち上がりビン子の胸についた石を取り外そうと手を伸ばすところだった。

 だが、その石からはビン子の生気が光となって立ち上っていた。

 その光に伸ばした手がバチバチという音を立てながら弾かれる。

「くそ! これぐらいの事で俺が諦めると思っているのかよ!」

 タカトはもう一度手を突っ込むのだが、はやり光に遮られ石へとは届かない。

 無理に押し込もうとしても、まるで磁石に弾かれるように押し返されてしまうのだ。


「お前たちの好きにはさせん!」

 玉座にすわるエウアが手を振るとビン子の胸から立ち上る光の柱が、さらに太くなった。

 どうやら、この女、ビン子の生気を一気に吸いだすつもりのようである。


 当然、そのダメージはビン子に跳ね返る。

 先ほどまで、ラマーズ法で呼吸を整え何とか痛みをこらえていたが、もう、それも限界。

 ビン子の様子が明らかに大きく変わっていた。

「いやぁぁぁぁぁあ!」

 祭壇の上でのけぞる背中。

 それはまるで電流でも流されたかのようにビン子の体をけいれんさせる。

 もうこうれではタカトを見るといった余裕などあるわけもない。

 それどころか、かろうじて残っていた意識すら飛んでしまいそうなのである

 いまや、ビン子の瞳は大粒の涙をこぼしながら白目をむいていた。

 大きく開かれた口からは大きな絶叫と共によだれが垂れ落ち、コカンの下からは生暖かい液体が漏れ広がっていた。


 その変化にタカトは気づいた。

 いつものタカトであればビン子がションベンを漏らしたことを馬鹿にするのであるが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 いや、そんな思考すら生まれてこない。

「ビン子ォォォオォオお!」

 早く目の前の石を取り除かないとビン子が死んでしまう。

 タカトの本能が、そう告げているのだ。

 タカトは鬼の形相で光の中に腕を突っ込んだ。

 押し返そうとする力に必死で抵抗する。

 小汚いタカトの腕がビリビリと震える。

 破けていくタカトのティシャツ。

 あともう少しなのだが、はやり石へは届かない。

 ――ならば! 2本でダメなら6本なら!

 タカトは、瞬時に背中に背負った『筋肉超人あっ♡修マラ♡ん♡』を起動させた。

 背中から伸びるアーム。

 それがタカトの手と同調するかのように伸びていく。

 生気の光の中をゆっくりと進むタカトの手。

 あと少し……

 だが、石に近づくにつれ反発する力は強くなる。

 だが、タカトは諦めない。

 ココで諦めたらビン子が死んでしまうかもしれないのだ。

 ならば、決してあきらめるわけにはいかない!いきはしない!

 ――ビン子ぉぉぉ!

 タカトは『筋肉超人あっ♡修マラ♡ん♡』の腕と共に石の元へと一気に押し込む。

 バキっ!

 だが、光の圧力に耐えられなかったのかアームの2本が砕け散った。

 ――クソ! あのジジイの言うようにアームが細かったか!

 だが、いまさら立花の言を思い出したところで役には立たない。

 ならば!

 ――ここが勝負どころ! 生死をかけろ!筋肉超人あっ修マラん!

 最後の賭けと言わんばかりにタカトは渾身の力で腕を押し込んだ。

 バキっ!

 残った2本のアームも砕け散る!

 だが、タカトの腕が石の表面へとたどりついたのだ。

 石をガッチリとつかむタカトの両の手。

 しかし、その瞬間!その押し付けられた手のひらからタカトの生気をもが吸い取られていくではないか。

「うぐぅぅぅ!」

 その激痛に顔をしかめるタカト。

 だが、おそらくビン子はこの数十倍、いや数百倍の痛みを感じているかもしれない。

 ならば、ココで引くわけにはいかぬ!

 タカトは渾身の力をこめてビン子の胸から石を持ち上げようと力を込めた。

「うぐぅぅぅ!」

 もう……体毛の毛先に至るまですべての生気が吸い出されていく感覚。

 ――ビン子ぉぉぉ!


 と、その時!


 タカトの意識が喪失した……

 目の前がいきなりブラックアウトしたのである……

 いや、正確にはブラックアウトしたというより、意識が暗い闇の中に沈みこんだのだ。

 動かぬ体。

 目は開いているはずなのに何も見えない。

 そして、何も聞こえない……

 一切無音の深い闇……

 そんな暗闇の中にわずかであるが徐々に光が浮かび上がってきた。

 それは青白い光。時に赤の点滅を激しくさせる。

 今まで何も聞こえてこなかったタカトの耳にわずかな音が届きはじめた。

「タ……」

 これは声?

「タ……カ……ト……」

 おそらく女性の声で間違いない。

 そんな声がハッキリと聞こえ出すころにはタカトの視界は真っ暗な空間の中にいくつかの四角い光の板を認識していた。

「タカト一等整備兵!」

 タカトの耳元にあてられた何かから大きな女性の声が鼓膜へと届いた。

 ――うわ! なんだ!

 その大きな音にタカトは驚くが……体は全く動かない。

 いや、動かないというより、自由に動かせないのである。

 先ほどからタカトが耳についた何かを取ろうと腕を動かそうとしているのだが、腕が全く反応しない。

 それどころか、その腕は視界の端でなにやらレバーやボタンをせわしなく動かしていたのである。

 戻ってくる体の感覚。

 激しい揺れが体を覆う。

 しかも、やけに前方から押し付けられる重力加速度が想像以上に大きいのだ。

 ――もしかして……この空間、高速移動でもしているのか?


「タカト一等整備兵! 一人で先行するな! おい! 聞いているのか! タカト一等整備兵!」

 耳元から飛び込んでくる女の声がだんだんと苛立ちを募らせていた。

「へっ! 俺が改造した玄武RXバージョン5.03改をなめんなよ!」

 ――って、この声……どこかで聞き覚えが……って俺の声じゃん!

 一瞬、タカトは自分の耳を疑った。

 だが、その音声は、日ごろ脳内でエロ本を見ながら一人よがり声をあげているタカトの声そのものであった。

 しかも、驚くことに音は耳から入ってきたというより、アゴの骨を通って直接鼓膜を振動さていたのである。

 ――というか、俺、そんな事、喋ってないし……

 どうやら、タカトの意識とは別の意識。

 その別の意識がタカトの口を使ってしゃべっているようなのだ。


「おい! タカト一等整備兵! いくらその人型装甲騎兵の装甲がぶ厚いといっても、そいつは後方支援用! 遠距離タイプだ! 分かってんのか!」

「俺を舐めるな! この玄武RXバージョン5.03改はな! 近距離攻撃もできるように俺が魔改造してあんだよ!」

「そんなことはどうでもいい! 一整備兵ごときが前線に出るなと言っているのだ! 下がれ!」

「下がれと言われて、ハイそうですかって下がれるかよ!」

「貴様!命令違反だぞ!」

「命令違反上等! だがな! 今はアイツらをどうにかするのが先だろうが!」 

 そういうタカトの目の前にはひときわ大きな四角い光が広がっていた。

 どうやら、この光の中には外の光景が映し出されているようである。

 その中心には周囲に並び立つ高層ビル群よりもひときわ大きな門がドンと鎮座していた。

 そして、この「タカト一等整備兵」と呼ばれる男はあの門を目指しているようなのだ。そう、ただの推測。

 というのも……ここから門までは、その門の足元がかすんで見えるほど、まだ遠い。

 にもかかわらず、それでもはっきりと見えるのだ! 門と同じぐらいの大きな巨人が、その門を押し開こうとしている姿が!

 何かヤバいような気がする。あの門を開かれるとヤバいような気がする。それはタカトにも本能的にわかった。

 ――だが、あの門……どこかで見たことがあるような……

 そう、それは融合国で日ごろからよく見る大門とそっくりではないか。

 耳に着けた何かから届く女の声の後ろから別の女の声が報告を上げた。

「玄武タカト機! 青梅街道から新宿へと侵入します! 敵影5! 新宿御苑方向から未確認生物!個体名ワイバーンです!」

 ビィー! ビィー! ビィー! ビィー!

 その時、タカトの目の前で青く光るボードがけたたましい警告音を上げると、赤い点を5つ描き出した。

「来やがったな! ワイバーンども!」

「待て! タカト一等整備兵! 今、太平洋艦隊からアルダイン中尉率いる迎撃部隊が出動したと報告を受けた! それまで……」

「そんなの待ってられるかよ! 敵さんはもうそこまでお越しだぜ!」

「タカト一等整備兵!」

「という事で、通信切るぜ!」

「タカト君! 必ず!生きて戻っ……ブツ……」


 ディスプレイ上では警告音と共に赤い点が近づいてくる。

 それがひときわ大きな音に代わった瞬間、目の前に広がるビル群の影から空を舞う影が飛び出してきた。

 ――あれはワイワイバーン?

 日ごろから融合加工で魔物素材を扱うタカトにとってそれは見慣れた魔物。

 トカゲに似た容姿に翼が生えた空魔である。

 だが、間違ってもワイバーンではないワイワイバーンなのだ。

 だから、その口から吐くのは炎ではなく雑音!

 だが、その雑音を甘く見てはいけない!

 奴らがひとたび騒ぎ出せば鼓膜も破けるほどの超音波を発するのである。

「「「アギャァァァァァァ!」」」

 ワイワイバーンの叫び声にビルに並ぶ窓ガラスが砕け散っていく!

 そして、その衝撃波は、この人型装甲騎兵『玄武』にまで届く。

「ちっ! ギャアギャァうるせえんだよ!」

 タカトはその衝撃に耐えながら、ディスプレイ上を飛び回るワイワイバーンの赤い点に照準を合わせる。

 lock on!

 だが、それは一つではない。

 6個もの照準を素早く、そして、巧みに合わせようとしているのだ。

「5匹じゃおつりが来るぜ! 俺が改造したアシュラシステムを舐めるなよ!」

 たちまち、タカトの素早い手の動きによって固定されていく照準たち!

 lock on! lock on! lock on! lock on!

「くたばれ! このトカゲ野郎ども!」

 レバーを引くと同時に、タカトの両脇から発射音がけたたましい音を立てて連続すると、左右のディスプレイに無数の火花が散っていた。

 おそらくその光景は意識のタカトにはよく分からないものだろう。

 現代風に言えば、人型装甲騎兵『玄武』の背中から伸びた四本のアームと既存の両腕に握られた6つの重機関銃が火を噴いていたのだ。

 ワイワイバーンたちの体に無数の穴が開いていく。

 まるで糸の切れたタコのように魔血を空にひきながら落ちてくると、無造作に乗り捨てられていた自動車を次々と押しつぶしていった。

 そんな光景が目の前のディスプレイの中に映し出されていく。

 崩れたアスファルト。

 崩壊しかかったビルの壁。

 かつてここで生活をしていたであろう無数の人たちの血のりで黒くよごれた表面を、ワイワイバーンたちの新鮮な魔血が紫へと染め直していく。

 道の上に転がるワイワイバーン

 そんな躯に目をくれることもなくディスプレの中の光景は勢いよく左右に分かれ背後へと流れ抜けていく。


 思い通りに動かぬ体の中で意識のタカトは思う。

 ――なんなんだ……これは……

 見たことのない街並み……ここは明らかに融合国とは違う。

 目の前に広がるレバーやボタン、ディスプレイといったものは融合加工のそれとはまったく異なった原理で動いているようだ。

 だが、目の前に映し出された空魔は明らかにワイワイバーン。聖人世界、いや、魔人世界の生き物である。

 ――という事は、ココは自分たちがいた世界と何らかの形でつながった世界?

 つながった?

 世界と世界がつながった?

 何で?

 そう考えるタカトの目の前には大きな門、大門が徐々に近づくのだ。

 ――もしかして、ココはあの大門の向こう側の世界?

 ならば、あの門を必死にこじ開けようとしている巨人は?

 そんな時、もう一人のタカトが叫ぶのだ。

「そのゲートを開けさせるかよ! アダム!」

 ――アダム?

 アダム?

 ……

 ……

 ……どこかで聞いたことがあるような……

 そう思った時である、再びタカトの意識が喪失した。

 だが、今度は先ほどとは違って赤黒い世界。

 そこは、体が自然と小刻みに震えだしだしてしまうほどの恐怖を感じる世界。

 ずっしりと重い空気がタカトの股間から這い出すかのように上ってくるのを感じるのだ。

 ――この感じ……いつものヤバい奴だ……

 だが、もう、全身が硬直して動かない。

 いや、少しでも動いた瞬間、何かにワンパンされそうな気がしてたまらないのだ。


「イ……ブ……」

 赤黒い闇の中より這い登ってくる何かは声をあげていた。

「イブ……イブ……イブ……」

 それは、先ほどから同じ単語を、何度も何度もつぶやき続ける……

 いや、つぶやくというより、何か追い詰められたような切羽詰まったような感情なのだ。

「イブ! イブ! イブ!」 

 その声が徐々に大きくなってきた。

 これがいつもであれば、その声の主は、上から目線でタカトに偉そうに語り掛けてくるのだ。それにも関わらず、今回に限ってはタカトの意識をまるで無視。

 それは、立ち尽くしたタカトの横を無視して素通りしていくような感覚なのである。

「イブゥゥゥゥゥゥウゥ!!」 

 その声と共にタカトの意識はビン子が横たわる祭壇の前へと戻ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る