第11話 要は気持ち! お・き・も・ちなのだ!
だが、次に覗いた病室は少々様子が違っていた。
カーテンで覆われた病室は薄暗い。
そのため、部屋中に立ち込めるジめっとした空気が、どんよりと重く感じられたのだ。
だが、それなのに、壁にかけられた一枚の絵だけは妙に明るく目に映った。
描かれているのは三人の女、おそらく母と二人の娘たちなのだろう。満面の笑みを浮かべ、切り分けられたリンゴを幸せそうにをほおばっていた。
まるで希望と絶望……
一方、ベッドの上では中年の女性が苦しそうなうめき声をあげている。
――この症状は毒か……しかも、かなりの猛毒……
万命寺は、万命拳を修行する寺であるとともに医術も極める寺である。
当然、そこで修行するコウエンは医術の心得もあった。
というか、万命拳よりも医術の習得の方に熱心だったのだ。
そんなコウエンは、一目にして中年の女性の症状が絶望的であると感じ取った。
――おそらく……もって、あと数か月といったところか……
そんな迫りくる死という絶望に抗うかのように、そのベッドのわきでは一人の幼女が大きく手を広げ、お菊たちを近づけまいと立ちふさがっていたのである。
「アンタら! 何モンや!」
幼女の必死の形相に押されたのか、お菊たちは入り口で立ち尽くしたまま。
「ウチが相手になってやるさかい、まとめてかかってこんかい!」
そんなお菊たちに幼女は体を小刻みに震わせ、しかも、うっすらと涙を浮かべながら喧嘩を売っているのだ。
というか、この幼女は、この軍服姿の女たちを相手に勝てると思っているのであろうか?
無理だ……この状況、たとえ100人が見たとしても、その100人ともが絶対に勝てないというに決まっている。
おそらく幼女自身もそれが分かっている。だから、怖くて怖くてたまらないのだ。
だが、それでも幼女は引き下がらない。
鼻息荒く、子猫のように威嚇を続ける。
「シャァァァァァァ!」
それをジーっと見つめていたお菊はクルリと踵を返した。
「女には用はない……」
そう言い残すと、付き従う部下たちを引き連れて横のドアを蹴破った。
「動くな! NHKだ!」
幼女はホッとしたのか、ワナワナと震え出すと大きな声で泣きくずれた。
おそらく、ベッドに眠るのはこの幼女の母親と言ったところ。
それを必死に守ろうとした緊張の糸が切れたのだろう。
コウエンはそんな幼女の顔に見覚えがあった。
それは先ほどまで玄関先の柱に隠れてジーっとタカト達の様子を伺っていた幼女たち。
姿が消えたと思っていたが、すでに病室に戻っていたのだ。
そして、この幼女はタカトを縛り上げてそのポケットから大銀貨を盗み出した小憎らしいメスガキの蘭華であった。
――そういえば、もう一人いたよな……
そう、盗人双子の片割れ、大人しそうに見える蘭菊の姿が室内に見えなかった。
――まぁ、トイレにでも行っているのだろう。
コウエンはワンワンと泣く蘭華の前に膝まづくと、その小さな体をギュッと抱きしめた。
――そうか……この子たちはこの子たちなりに必死にお母さんを守ろうとしていたんだな……
それが分かると、なんだかとても愛おしく感じられた。
大方、タカト達もそれも知っている。
そして、彼らなりにできることを考えていたにちがいない。
となると、自分が渡した食料をこの病院に持ってきたのは、きっとこの子たちの母親に元気になってもらおうという思いからなのだろう……
そう思うと、コウエンは自分が恥ずかしくなってきた。
――知らないとはいえ、自分はタカト達に対してなんと不遜な気持ちを抱いていたのだろうか……
仏に使えていると言いながら、彼らの方がよっぽど身を削って尽くしている。
――利他の行いとはこのようなことを言うのではないか……
コウエンは背中に背負っていたカゴを降ろすと、蘭華に語り掛けた。
「これ、少ないけど……お母さんに食べさせてあげな……」
それを聞く蘭華は目を赤くはらしながら顔を上げた。
「なんでや……なんで……うちらなんかに……」
「お母さんに、早く良くなって欲しいんだろ……」
大きくうなずく蘭華。
「だったら、いっぱい食べて、元気にならないとな……」
「いっぱい食べたら、お母さん元気なるかな……」
一瞬、言葉に詰まるコウエン……
――元気になる? 多分それはもうない……でも、そんなことはこの子たちには言えるわけない……
そう思うコウエンは、精いっぱいの笑顔を作るのだ。
「大丈夫! きっと元気になるよ!」
病室を後にするコウエンは、師であるガンエンの言葉を思い出していた。
それは、コウエンが万命寺に修行に入って少したった頃の話。
寒々とした板の間の上で机を二つ並べ、正座をした一人の老僧とコウエンが何かをもくもくと書いていた。
だが、老僧と言ってもその体は修行着の上からでも肩幅や胸板の厚さが分かる程すごく鍛え抜かれていた
いうなればムキムキのカメ仙人と言ったところ。って、サングラスはかけてないけどねwww
そんな老僧が、おもむろに筆を硯に戻しながら、大きく息を吐いたのだ。
「いいか、コウエンよ。坊主なんて職業はな、所詮は詐欺師と同じ穴のムジナよwww」
「ガンエン様……いきなりなんです……というか、詐欺師と一緒って、それはちょっと酷いのではありませんか?」
「ひどいかwwwwでもな、坊主も詐欺師もどちらも嘘つき。ただ違うのは、人を幸せにする嘘を吐くかどうかだけだ」
「幸せにする嘘ですか……」
「コウエン、お前は天国を信じているか?」
「当然、わたくしは仏に使える身ですので、死後の世界は信じております。ガンエン様もそうではないのですか?」
「ワシか? わしはな……そんなもん、全然、信じとらんwwww」
「ガンエン様! 仮にも万命寺の住職! 言っていいことと悪いことがありますよ!」
「まぁそう言うな。坊主の仕事ってのはな、一生懸命頑張って生きてきた人たちが安心して最後を迎えれるようにすること。死んでも楽しい世界が待っているから安心して行ってこい!って、全力で笑って送り出すことだと思うんじゃ」
「……」
「だからな……その嘘を信じてもらうために、坊主は誰よりも自ら身を清め、利他のために生きねばならん……そうじゃないと、ありもしない死後の世界を信じて旅立とうという気はおきんだろ……」
「そうですね……ガンエン様のおっしゃる通りですね……」
この時、コウエンは自分も優しいウソがつける坊主になろうと思った。
そして、吐いた嘘は全て自分が墓場へと持っていこうとも……
――少しでもガンエン様に近づけるように……
おそらく、師であるガンエンもそう思っているに違いない。
「で、コウエン……ものは相談なんだが……この万札……」
万札とは万命寺で配られているというお札のこと。
それを凝り固まった肩に貼るとあら不思議。肩こりが治ってしまうという、とてもありがたいお札なのだ。
で、この二人、先ほどからその万札に『あぶら かたぶら かたぶらぶら』とありがたいご利益の文字をせっせと書いていたのである。
「……全部、書く文字、間違えちゃったんだけど……いいかな?」
そう、ガンエンが書いたお札には……『あぶら かたぶら すぽーつぶらじゃ』と……
「なんでやねん! 嫌味かい!」
「だってwww コウエンもそろそろwww というかさwww書いた文字ぐらいで肩こりなんか治るわけないし、いつも通りハッカ軟膏でもつけときゃ、誰も気づかんだろwww」
「ガンエン様……全部、書き直して下さい……」
「この詐欺師野郎!」
「詐欺師とはなんだあぁぁぁ!」
屋上ではタカトと立花どん兵衛が言い合っていた。
というのも、タカトは背中に背負った『生死をかけろ! 筋肉超人あっ♡修マラ♡ん♡』の四本の手でムフフな本を読みながら、特別号の付録についていたあの薄黄色い聖水を飲もうと思っていたのだ。
えっ? 自分の手? そんなの既にポケットの中にしまいこんで、陳さんと一緒に今か今かとスタンバイしているに決まっているじゃないですかwwwって、陳さんって誰だよwww
まぁ、そんなことはどうでもいいwww
ということで、アームを器用に使いペットボトルのキャップを開けるとゴクゴクと……
本当、直射日光が当たる屋上では喉がよく乾く。
だが!
「なんじゃこりゃぁあぁぁぁぁ!」
タカトは口に含んだ聖水をペッと吐き出すと『あっ♡修マラ♡ん♡』が持つ
ペットボトルを床へと叩きつけたのであった。
「これ! ただのオレンジジュースじゃねぇか!」
楽しみにしていたミーニャちゃんの聖水……
それが、しかも! うっすい!うっすい! 水みたいなオレンジジュースときたもんだ!
甘くもしょっぱくもありゃしない!
「俺の期待を返せ! この詐欺師野郎が!」
タカトは、そんなやり場のない怒りを立花にぶつける。
だが立花も負けてはいない。
「貴様が勝手に期待しただけだろうが! だいたいよく考えてみろ、エロ本の付録に本物の聖水なんぞ付けたら衛生法上、捕まってしまうだろうが!」
「俺はな! 別にオレンジジュースでもいいんだよ!」
そう、本物の聖水が入っているなんてタカトだって思ってはいない。
要は気持ち!
お・き・も・ちなのだ! (気持ちワル! byビン子)
だいたい、この商品はミーニャちゃんの聖水をイメージしたモノ! であれば、せめて塩味を少し利かせるぐらい気を使ってもいいのではないか!
それが、ただのオレンジジュース……マジで、これを企画した奴! 馬鹿じゃないのか!
などと、くだらぬことで緊迫している屋上の様子!
だが、そんな屋上もさらに今より緊張し!風雲急を告げることになったのだ!
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