第3話 私は……ちゃんと分かっているわよ
ニコニコと満面の笑顔を浮かべる蘭華の手には、さきほどタカトのポケットから奪い取ったものが握られていた
それは金魂、いや、金貨ではなくて大銀貨が7枚……約7万円であった。
「ははは、それではこの大銀貨は蘭菊様がいただいていこう!」
これみようがしに大銀貨をタカトとビン子に見せびらかす蘭華の横には、蘭菊が丁寧に頭を下げていた。
「いただきますです!」
――って、その銀貨!いつ!お前らにやったというのだ!……などという、タカトの心のツッコミを知ってか知らずか、蘭華と蘭菊はとっさに走り出すと、ビン子の横をすり抜け一気に逃走を図った。
――まずい! このままでは!
配達代金を盗まれてしまったタカトの脳裏には権蔵の怒り狂う姿が浮かんでいたのかもしれない。
だが、今や芋虫の身……いや、手足が見えない分、さなぎといったところか……
そんなタカトが懸命に体を動かし、どう頑張ろうが幼女たちに追いつくことなど不可能。
であれば、取る方法は一つ!
言葉攻め!
そう、言葉によって相手の動きを封じるのである。
かつて、かの豊臣秀吉は、言葉巧みに家臣の心を掌握したという。
それは……生来の人たらし……
相手の望むものを常に先回りし、その行動を己が思う方向へと導くのだ。
――あの蘭華の望むものはなんだ!
タカトは思考を巡らせる。
蘭華と蘭菊はアイナのようなアイドルになるため毎朝、歌とダンスの練習をしていた。
蘭菊の歌はビン子も認めるほどの美声。
そして、蘭華のダンスは、周りの観客をも魅了するキレッキレの動きだったのだ。
――ならば!
「ちょっと待てぇぇぇぇぇ! ダンスバトルは!」
力尽きたと思われていた芋虫がムクっと顔を上げると、逃げる幼女たちの背中を睨みつけながら自信ありげに叫んだのだ。
――そうだ! 俺は蝶になる!
その自信満々に輝くタカトの目からは、そんな決意が見て取れた。
「お前! もしかして自信がないのか!」
その挑発に逃げ去る蘭華の足がピタリと止まった。
そして、ゆっくりとタカトへと振り返る。
「な・ん・や・て!」
その眼に宿る炎が蘭華の怒りを物語っていた。
ひぃぃぃいぃ!
タカトは目の前の幼女の気迫に押された。
――俺は……もしかして、眠れる竜を起こしてしまったのだろうか?
ちなみにタカトは16歳……蘭華は5歳……
幼児に威圧される高校生とは……現代日本においても、その姿は恥ずかしい……
――コイツのダンスは体操やないか……
蘭華はかつてタカトと繰り広げたダンスバトルを思い出していた。
そう、タカトの踊りはタダのラジオ体操……というより、なよなよとしたタコ踊りに近い。
だが、奴の繰り出した回転技は半端ではなかった。
地面に対して平行に伸びた真っすぐな体。
それが、体の中心から伸びる棒によってコマのように高速回転したのである。
――あれはウチには出来へん!
まぁ、たしかに女の子である蘭華には無理な話……だって、アナタにはコマの軸がないんだからwwwって、あれ、タカトが融合加工したガラポンいかさま道具!パちんこ玉赭ブローですからwww残念!
そんなタカトを思い出したのか蘭華はチッと舌打ちをした。
「アンタの相手はまた今度してやるさかい! 覚悟しときや!」
だが、蘭華は何かにせかされるかのように再び正面へと向きなおすと、脇であたふたとしている蘭菊の手を取り再び走り出そうとしたのであった。
だが、再び、そんな二人を止める声がした。
「待て! この泥棒が!」
それは清々しい声。
だみ声にちかしいタカトの声とは大違い。
ということは、もしかしてビン子の声?
いや、違っていた。それは蘭華たちが走り去ろうとする方向とは逆から駆けつけてきた清々しい禿げ頭、もとい、ツンツルてんの丸坊主。
そう、それは万命寺の黄色い修行着を身に着けたコウエンであった。
その肩に担がれた大きなかごには一杯の食料。
どうやら今日もまた、コウエンは万命寺に集まるスラムの人々のために食料を調達しに街まで来ていたようである。
そんな帰り道、通りで悲鳴?(おそらく、ビン子にシバかれた時に発したタカトの悲鳴だと思われる)が聞こえてきたのだ。
その瞬間! つるりと光る丸坊主が反応する!
「この声! どこかに困った人がいる! どこだ!」
と、正義感が無駄に強いコウエンは、怒涛の勢いで道の奥から駆けつけてきたのだ。
「うぉりゃぁぁっぁぁぁぁ!」ドドドドドッド!
ほんと、坊主というのはこれぐらい困った人に反応してほしいものだ。それに対して、どこの世界線の坊主ども、酒や金、権力や女におぼれて……人を助ける気など全くない。これでお盆の説法など話されたとしても、聞く方としてはへそが茶を沸かしてしまうwwwふっ!
だが、そんなおへそがこちらへクルリ。
そう、コウエンの「泥棒」という言葉に反応したのか蘭華の動きがピタリと止まっていた。
そして、振り返りコウエンをキッと鋭い目で睨みつけているのである。
だが、蘭華は先ほどから何も言わずにグッと唇をかみしめたまま……そして、再び体を正面へと向きを戻すと、先ほどよりもさらに勢いよく駆け出していった。
「待ってよぉ~蘭華ちゃん~」
それはもう、後を追う蘭菊を置き去りにするほどの勢いで……
「待て! 泥棒!」
コウエンが再び叫んだ。
そして、去りゆく幼女たちを追いかけようと足先に力を込めた瞬間のことである。
それを制止するかのように横から手がニュっと伸びてきたのだ。
足を踏みしめ、なんとか体の動きを止めたコウエンは体の反動を伴い勢いよくその主を睨みつけた。
「今、追いかけないと本当に追いつけないぞ!」
「別に……いいよ……」
その手の主はタカト。その伸ばした手を引き戻し、服についた土ぼこりを払いのけはじめていた。
というか、一体いつの間にロープをほどいたというのであろうか。
もしかして! こ奴、マジシャンか何かなのか?
ならば、脱出マジックのオチが決まったところで「こんなの出ちゃいましたぁ♪」などと満面の笑顔で締めくくれば少しは客ウケもいいのだろうが、今のタカトの顔は暗く落ち込み、マジシャンとは思えないほどシリアスな表情を浮かべていた……
――アイツ……
そう、あの時、タカトは見たのだ……
――やっぱり……泥棒って言われたのがきつかったのか……
それは蘭華が唇をかみしめ再び前へと走り出した時のこと……
――絶対に……泣いてたよな……アイツ……
その頬からこぼれた落ちた小さなきらめきが流れていく様を……
――ああ……そうか……今日は月末だったか……
去りゆく蘭華と蘭菊の背中を見つめるタカトの目は、どこか遠くを見つめていた。
コウエンはそんなタカトをあきれた様子で見ながら大きなため息をついた。
「君たち、毎回毎回、盗まれているけど、本当に大丈夫なのかい?」
そう、コウエンは月末に決まったルートで食料を調達しに街に来ていた。
その寺へのかえり道……いつも、いつも、目の前のタカトとビン子が、あのコスプレ幼女から金を奪われているのをみかけるのだ。
怪獣のコスプレをした幼女たちにダンスバトルを挑んで負けたのは仕方ない……だって……これも勝負だから……
あからさまに胸に詰め物をしたOLのコスプレの幼女たちから言葉巧みにネジを買わされたのも仕方ない……だって……これも商売だから……
メイドのコスプレをした幼女たちから、「ご主人様、いかがですかぁ?」などと明らかに河原に落ちていたであろうボロボロのムフフな本との交換も仕方ない……だって……コイツは変態なのだから……
だが、今日は違った! 縛ったうえでの強奪である!
さすがにこれは看過できない!
だが……当の本人であるタカトの手がもういいとばかりに制止するのだ。
「まあ、君たちがいいというのなら僕は別にいいのだけど……」
と、コウエンはまた大きなため息をついた。
「いいんだよ、だいたい、金なんて天下の周りモノwwwwいつか利子がついて俺のところに戻ってくるんだからwww」
などと、強がるタカトであったが、こうでも言わないと幼女とたちの事を泥棒だと思っているコウエンを説得できなかったことだろう。
先ほどからへらへらと笑う……その態度。おそらく……そうやって、この場をなんとかやり過ごそうという気のようである……が……大体、こういう時に限ってうまくいかないものなのだwww
グー……
そう、虚勢を張るタカトの腹が鳴ったのだ。
――そういわれれば……朝、配達前に芋をひとかけ食べただけだったな……
タカトの家、すなわち権蔵家は貧乏だった。権蔵の作った融合加工品を売った金だけが生活の頼りなのである。だが、今日は月末……すでにそのお金も底をついていた。最後に残った握りこぶし大の芋を三人で仲良く6等分して今日という日の食事に割り当てたのである。
6等分……そう、タカトと権蔵とビン子の朝飯と昼飯である。
なら晩飯は? 晩飯についはタカトたちが本日、配達で得たお金で何とかする予定であったのだ。だから、権蔵などは食料とともに買ってこいと命じた安酒を楽しみに待っているぐらいなのである。
そんな昼飯として残していた芋のかけらを、タカトは家に帰ってから食べようと思っていた。だが、今日は老馬の清志子がいないため配達時間がやけにかかってしまったのである。
そのため、いまだに昼飯を食っていない。
――腹減ったぁ……
ならば、外で弁当でも買ってと思うかもしれないが、今回得た配達代金で融合加工の材料代金と、これから先一か月分の食費を賄わなければいけないのだ。とてもじゃないが、そんな贅沢をする余裕などあるわけもない。
それが盗まれた……
いや、このタカトの遠くを見る表情……おそらく……かなり腹が減っているに違いないwwwって、違うわい! おそらく、タカトの奴は最初から蘭華と蘭菊に、その金を渡すつもりだったに違いないのだ。
だって、今日は月末……ツョッカー病院の支払い期限なのだから。
あの金があれば、きっと蘭華と蘭菊の母親はショッカー病院から追い出さずに済む。
――早く良くなるといいよな……アイツらのお母さん……
というか、なんでタカトが蘭華と蘭菊を助ける必要があるというのだ? そんなお金を勝手に渡せば権蔵に怒られるに決まっているじゃないか。
そう、確かに怒られる。
家に帰るたび権蔵に怒られる。だが、そんなことはタカトにとっては日常茶飯事。大した問題などではなかった。
おそらく、それはタカトの想い……
かつて、目の前で父が魔人に食い殺され、母と姉をも失った……
家族を失う悲しみは誰よりも痛いほどわかっている。
――大好きな人を失って泣くやつを見るのは……もう嫌だ……
そんなタカト自身の想いが、蘭華と蘭菊の行動に重なったのだろう。
だから、どうしても目の前で泣いている二人に……すこしでも手を差し伸べたい……そんな気持ちが先行してしまうのである。
だが……しかし……
このタカトという少年、少々、性格がひねくれていたwww
だったら最初から素直に渡せばいいのであるが、どうやら、それはプライドが許さないようなのだwww
だからこそ、いつも無駄なことをしてしまう。
もしかしたら、それはタカトの照れ隠しなのかもしれない……
いや……蘭華と蘭菊に施しを受けたという負い目を持たせないようにするというタカトなりの優しさなのかもしれない……が、おそらく、誰にもその真意は伝わることはないだろうwww(私は……ちゃんとタカトの気持ち……分かっているわよ……byビン子)
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