第3話 お風呂



「うわっ、おねぇが女寝取ってそうな、金髪のイケメン連れて帰ってきた! しかもなんでか、びしょ濡れ!」


 古賀さんの家にお邪魔して最初に聞こえたのは、そんな元気な声だった。俺はいつもの作り笑いを浮かべて、口を開く。


「や、久しぶりだね? 美海子みみこちゃん」


 古賀さんの妹である古賀こが 美海子みみこちゃん。昔よりずっと背が伸びて綺麗になっているが、古賀さんと違ってまだ昔の面影がある。


「うん? どうして、うちの名前を知っている? はっ、そうか! まさか、うちのことも狙ってるな! だが残念だったな! うちの好みは黒髪ロングの耽美系! 金髪は好みじゃない!」


「君はいったい、何を言ってるんだ……」


 この子はこの子で、昔とは全く違う方向に成長したようだ。昔はもっと無口で引っ込み思案だったはずなのに、今は何だか凄く……元気だ。


「ああもう、この子は……」


 早足に家に上がった古賀さんが、呆れたような表情で美海子ちゃんの頭を叩いた。


「こら、美海子。あんまり失礼なこと言わないの」


「あいてっ!」


 不服そうな顔で、頭を押さえる美海子ちゃん。俺は小さく笑い、言った。


「突然、お邪魔してごめんね? 俺は、坂島 落葉。美海子ちゃんは覚えてないかもしれないけど、小学校の時に何度かお邪魔させてもらったことがあるんだ」


「坂島……落葉」


「そ。古賀さんとはさっき偶然、そこですれ違ってね。それで俺、情けないことにちょっとはしゃいで川に落ちゃってさ。古賀さんのご厚意で、シャワーを貸してもらうことになったんだよ」


「……あ、思い出した! 坂島 落葉って、あの落葉くんだよね? 昔、上級生のいじめっ子に犬のうんこ投げてつけて撃退した、あの落葉くん!」


「……いや、その落葉くんではないかな」


「じゃあ、おねぇに嫌がらせしてきた教師をパイナップルで殴って、病院送りにしたあの落葉くん?」


「その落葉くんでも、ないね」


「じゃあ──」


「いや、もういいから! 昔のことは、思い出さなくていいから!」


 忘れていたゴミみたいな黒歴史が、無限に溢れ出してくる。そうだ、小学生の頃の俺はただのバカだった。そしてそれを反省した結果、中学ではぼっちになって、今は空回りしているだけの高校デビュー。


 ……いったい、どこで道を間違えたのか。なんてことを思ったところで、古賀さんは言った。


「とにかく、落葉くんこれからシャワー浴びるから、美海子はそこどいて」


「はいはい。おねぇが金髪イケメンに寝取られたんじゃないなら、なんでもいいよ」


「寝取られって、そもそもあたし彼氏いないけどね」


「彼氏がいないと、寝取られないとでも? おねぇもまだまだ、世間知らずだね」


 意味深に頷いて、そのまま立ち去る美海子ちゃん。やっぱりあの子、なんか変な風に成長してるな。


「あはは、妹がごめんね?」


 と、古賀さんが苦笑いを浮かべる。俺は首を横に振った。


「いや、別にいいよ。ただ俺、あの子の言ってることの意味、半分も分からなかった」


「それは気にしないでいいよ。あの子は……ほら、厨二病みたいなものだから」


「厨二病って、ああいうのだっけ?」


 なんか、俺の持ってるイメージと違う気がするが……


「ま、とにかく上がってよ。シャワーはそっちの奥だから、好きに使って。服の洗濯とかは、あたしがやっとくからさ」


「……お邪魔します」


 そしてそのまま家に上がらせてもらい、服を脱いでシャワーを浴びる。


「今さらながら何やってんだ、俺」


 いくら幼馴染とはいえ、もう五年以上会っていない女の子の家で、シャワーを浴びている。普通に生きていれば、まずないであろう状況。


 なんか急に、ソワソワしてきた。


「つーか、着替えとかどうしよ……」


 制服が乾くまで、シャワーを浴び続けるわけにもいかない。かといって、古賀さんの服を借りるなんて真似はできるはずもない。


「もう、昔とは違うんだ」


 楽しそうにはしゃぐ姿に昔の面影はあるが、だからといって昔と同じように接するわけにもいかない。


「もう子どもじゃないもんな……」


 なんてことを呟くと、それに返事をするかのように、風呂場の外から声が響く。


「着替えとタオル、ここ置いとくから! あたしのジャージとパーカーで申し訳ないけど、サイズは大きめのやつだから落葉くんでも大丈夫だと思う!」


「……いや、それ俺が着て大丈夫なの?」


 シャワーを止めて、そう言葉を返す。


「ん? なんで? 別にいいけど?」


「いやでもほら、下着とかは……ないわけでしょ?」


「あー。……ま、まあ! その辺は気合いで!」


「いや、気合いって……」


「とにかく、あたしは気にしないから!」


 その言葉を最後に、古賀さんの足音が遠のいていく。……というか、なんか流れで洗濯とか任せてしまったが、俺のパンツとか古賀さんが洗ってくれたのだろうか?


「マジで何やってんだ、俺」


 なんかもう、恥ずかしいとかそういうのではなく、純粋に情けなくなってきた。俺ももう少し、しっかりした方がいいのかもしれない。


「出るか」


 風呂場から出て、タオルで体を拭き、無心で古賀さんが用意してくれた服に袖を通す。


「……なんか、胸のとこだけ異様に伸びてるな」


 まあ、それ以上は考えない方がいいだろう。俺はそのまま、音のするリビングの方に向かう。


「あ、落葉くんシャワー終わった? あたし今、料理作ってるからその辺で適当に休んでて」


 キッチンの方から、古賀さんがそう声をかけてくる。流石に夕飯までお世話になるわけにもいかないと思ったが、そんなことを今さら言っても仕方ない。俺はそのまま、ソファに座らせてもらう。


「って、あ」


 そこでふと、思い出す。そういえばスマホを取りに教室に戻ったはずなのに、結局そのまま置いてきてしまった。もう校門は閉まっているはずだから、今から戻っても意味はない。流石に盗まれたりはしないだろうが、明日までスマホなしで生活しなければならない。


「まあでも、スマホを川に落とさなかったのは、不幸中の幸いか」


 なんて風に無理やり自分を慰めていると、じっとこちらを見つめている視線に気がつく。


「……美海子ちゃん、どうかした? 何か俺の顔についてる?」


 正面のソファに座った美海子ちゃんに、そう声をかける。美海子ちゃんは真面目な表情でこちらを見つめ、言った。


「金髪のイケメンの風呂上がり、なんかちょっと……いいかもしんない」


「……君はさっきから、何を言ってるんだ?」


「いいからいいから! ちょっと、流し目でこっちを見ながら、髪をかき上げるポーズして! そうそう! 鎖骨とか、もっと見せて!」


 無理やりポーズを取らされ、パシャパシャと写真を撮られる。……何をやらされているんだ、俺は。


 そして、しばらく写真を撮られた後、美海子ちゃんはちょこんと俺の隣に座って、言った。


「というわけで、お久しぶりです、落葉お兄ちゃん。うちは古賀 琴音の妹、古賀 美海子です」


「なんか、順番が変な気もするけど、久しぶりだね。……ってか、美海子ちゃんって俺のことお兄ちゃんとか呼んでたっけ?」


「いや、それはキャラ付けです。時代は妹キャラですから」


「そうなんだ……」


 やはり俺には、この子が何を言っているのかよく分からない。


「でも、おねぇが男の子を家に連れてくるんなんて思ってませんでした。おねぇ、ああ見えて学校だと真面目さんですから。生徒会の副会長とかやってるし、女子校なのに高嶺の花って感じで」


「……まあ、美人になったもんね」


「おっぱいも、大きくなりましたしね」


「それはまあ……関係ないと思うけど」


「揉んできます? 今なら料理中で隙だらけだから、いけると思いますよ」


「いや、いくわけないだろ」


 もう子どもじゃないんだし、そんなことをしたら洒落では済まない。


「まあでも、おねぇ最近暗かったから、楽しそうにしててよかったです」


「そうなの? そんな風には見えなかったけど」


「いろいろあるんですよ。……いろいろと、ね」


 そう言って美海子ちゃんは、どうしてか俺の膝の上に座る。


「……何で、俺の膝の上に座るのかな?」


「実は私も胸、大きくなったんですよ」


「いや、聞いてないんだけど……」


「揉んどきます? おねぇが迷惑かけたお詫びに、3分だけ好きにしていいですよ」


「いや、しない」


 この子、コミュニケーションの取り方が独特過ぎる。どこまで本気か分かんないし、なんか話してるだけで疲れる。


「美海子ー。カレー、もうできるからお皿並べるの手伝ってー」


 と、そこでキッチンの方から古賀さんの声が響く。


「浮気はできませんね?」


 と、美海子ちゃんが立ち上がる。


「別に付き合ってないよ、俺たち」


 俺はため息とともにそう言葉を返し、そのまま二人でキッチンの方に向かう。


「あ、落葉くんも来てくれたんだ」


「流石にそれくらいは、手伝わせてもらおうかなって」


「そっか。じゃあ、そこのサラダ並べちゃって。お父さんもお母さんも今日遅いみたいだから、先食べちゃおっか」


 そうしてそのまま、夕飯をご馳走になりながら、お互いの近況を話したりした。


 古賀さんは御鏡みかがみ女学院という女子校で、いろいろと頑張っているらしかった。俺はまあ何となく、ほどほどに濁しながら自分のことを話した。……別に隠す必要はないのだが、昔の友達にあまりカッコ悪いところを見せたくなかった。


 とにかくそんな風にして、楽しい時間はあっという間に過ぎていき、制服も乾いたようなので、俺は着替えてお暇することにした。


「見送りまでしてくれて、ありがとね」


 外まで見送りに来てくれた古賀さんに、軽く頭を下げる。


「ううん、こっちこそあたしのせいでごめんね? 実は昔してた罰ゲームのこと思い出して、ちょっと動揺しちゃってさ」


「あー、なんか古賀さんいろいろしてきたもんね」


 ここで詳しく語ることはしないが、あの頃は罰ゲームと言えば何でも許されると思っていた。……多分、古賀さんはそう思っていた。


「ま、でもいいよ。もう昔のことだし。それに、今日は勝負してないから罰ゲームする必要もないしね」


「あははは。まあでも、今日はあたしの負けだよ。まさか、あそこまで腕が鈍ってるとは思ってなかった」


「高校生にもなって、水切りなんてしないしね」


「そんなことないよ。次はちゃんと勝負するつもりだよ、あたし」


「じゃあ次は、罰ゲームなしでやろうか」


 そんなことを言っておきながら、もう会うことはないのだろうなと思った。もうお互い大人になって、今は通う高校も違う。



 ……もう、昔のような関係には戻れない。



「じゃ、俺はもう行くよ。古賀さんも元気でね?」


 そう言って、古賀さんに背を向けて歩き出す。


「…………」


 けれど、そんな俺を引き留めるかのように、古賀さんが俺の背中に……抱きついた。


「ちょっ、え? 古賀さん?」


 背中から、柔らかで温かな感触が伝わってくる。この子、いきなり何を……。


「罰ゲームってわけじゃないけど、あたし迷惑かけちゃったから、これはそのお詫び。……大きいおっぱいが好きな落葉くんは、これで少しは喜んでくれるかな?」


「いや、そんなこと言われても……」


 ドキドキと、心臓が高鳴る。古賀さんは最後にぎゅっと強く抱きしめてから、俺から手を離す。


「なんてね、冗談冗談。じゃ、またね!」


 それだけ行って、古賀さんは家に戻っていく。俺は体に溜まった熱を吐き出すように、大きく息を吐いた。


「死ぬかと思った」


 まあ別に、あれくらいで死にはしないのだけれど、いきなりだから驚いた。古賀さん、イタズラ好きなのは昔から変わっていないようだ。


「あれ? でもどうして、疎遠になったんだっけ?」


 何かきっかけのようなものがあった気がするが、上手く思い出すことができない。


「ま、いっか」


 そう呟き、歩き出す。古賀さんのお陰で、元気が出た。榊さんとのことはまたちゃんと考えないといけないが、いつまでもうじうじと悩んでいても仕方ない。明日からまた、頑張ろう。


 古賀さんのお陰で、素直にそう思うことができた。



 ◇



 古賀こが 琴音ことねは、不安だった。



「……ねぇ、美海子。今日のカレー、どうだった?」


 落葉が立ち去ってからしばらくしたあと。ソファに腰掛けた琴音は、クッションの上でだらしなく寝転がった妹にそう声をかける。


「ん? まあ、普通においしかったよ。あ、でも、おねぇがカレーに牛肉使うの珍しいよね? いつもは豚か鳥なのに。あれ、お母さんがすき焼き用にって買ってたいいお肉なんじゃないの? あとでお母さん、怒らない?」


「それはいいの! 仕方ないの! でも、よかったぁ。美味しかったなら、それで」


 安心したように大きく息を吐く琴音。美海子はそんな姉を、ジト目で見つめる。


「でもおねぇ、本当に偶然、落葉お兄ちゃんと会ったの? そんな偶然ある?」


「あるよ! あったんだから、あるよ!」


「……おねぇ、少女漫画読んで恋愛学んだ気になってるからなー。妹としては、ちょっと心配。さっきも普通にメスの顔してたし」


「なっ、してないよ! そんな顔!」


「いや、してたね。ぶってた。おねぇ、普段あんなにテンション高くないじゃん。それと最後のあのハグは、攻めすぎかな。あれは引かれたんじゃないかなー」


「そ、そんなことないもん! あれはちゃんと、アピールになってるはずだもん!」


「痴女アピール?」


「大人になったよアピール!」


 琴音は顔を真っ赤にして、立ち上がる。


「あたし、もう部屋戻るから。美海子もあんまり夜更かししないようにね」


 それだけ言って、琴音は自室に戻る。そしてそのまま倒れるようにベッドに飛び込み、枕に顔を押しつける。


「あー! いきなり家に誘うとか、あたし絶対痛かった! 絶対、変な奴だと思われたー!」


 琴音は脚をバタバタとさせながら、絶叫する。


「……でも、かっこよくなってたな。会えてよかった。……今度は絶対に、間違えない。昔と同じ間違いは、もうしない」


 小さく呟き、そのまま琴音は目を閉じる。



 ──琴音はまだ、坂島 落葉に彼女がいることを知らない。


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