塩対応のお姫様に『都合のいいキープ』と言われたので、他校で一番の美少女を彼女として紹介したらどうなるか検証してみた。
式崎識也
第1話 キープ
「そんなんじゃありません。私と
茜色に染まった放課後の校舎。机の中に置きっぱなしにしてしまったスマホを取りに急いで廊下を歩いていると、ふと知っている声が聴こえた気がした。
「……もしかして、
反射的に足を止め、窓越しに教室の中を伺う。……見えたのは、俺の彼女である
「榊さんが、笑ってる……」
榊さんが笑っているのを初めて見た俺は、少し動揺してしまう。
「ってか、こんな時間になにやってんだ……?」
『一緒に帰ろう』という俺の誘いを断った榊さんが、どうして放課後の教室に男と二人でいるのか。
「もしかして、浮気されてる……?」
『まさかそんな訳ない』という感情と、『まあ、そうだよな』という感情が、胸の中でせめぎ合う。
俺の彼女……榊 沙織さんは、とても人気のある女の子だ。意志の強さを感じさせる切れ長な目に、腰まで伸びた艶やかな黒髪。肌も綺麗でスタイルも良くて、一日に五回、告白されたなんて噂もある。
そして何より、彼女の人気に拍車をかけているのが、その冷たい態度。どんな男が声をかけても、『興味ないです』というたったの一言で拒絶する態度が一部の男子に受けて、今では『塩対応のお姫様』なんて呼ばれたりしている。
「対して俺は、高校デビューしただけの元ぼっち」
いろいろあって榊さんと付き合うことになったはいいが、釣り合っているとは思っていない。
「そもそも、ずっと冷たかったもんな……」
塩対応のお姫様は、付き合っても変わらず塩対応のまま。俺にだけ甘えた姿を見せてくれるなんて、そんなラブコメみたいな展開はなかった。
「いやでも、まだ浮気と決まったわけじゃないよな」
ゆっくりと、教室のドアに耳を当てる。二人は窓際で喋っているせいで、上手く声が聴こえてこない。
「……なんか、情けなくなってきたな」
いっそ思い切って、踏み込んでやろうか。なんてことを思ったところで、その声が響いた。
「だから、違います! そんなんじゃ……ないです。あの人は……坂島くんは、都合のいいキープですから」
「……っ」
思わず、息を呑む。……聞き間違いではない。彼女は確かに、俺のことを都合のいいキープと言った。
「はっ、はは」
つい笑い声が溢れてしまう。俺は今まで、何をやっていたのだろうか? 目立つ為に髪を派手な金色に染めて、必死に明るく振る舞って、それでようやく可愛い彼女ができたと思っていた。
でも当の彼女は、俺のことを都合のいいキープとしか思っていなかった。
「……アホらし」
俺は立ち上がり、教室のドアを開く。
「……っ!」
ビクッと驚いたように体を震わせたあと、二人の視線がこちらを向く。
やはりそこにいたのは、俺の彼女である榊さんと……男の方は知らない顔だ。俺と同じ制服を着ているから、この学校の生徒なのは間違いないのだろうが、その顔に見覚えはない。
「それじゃ、僕はもう行くよ」
と、男が俺の横を通り過ぎる。……独特な甘い香りの香水。引き留めようかとも思ったが、今話をしなければならないのは彼ではない。
「…………」
俺は黙って男を見送り、榊さんの前に立つ。榊さんは腰まで伸びた綺麗な黒髪をなびかせ、静かな瞳でこちらを見た。
「こんな時間にこんな場所で会うなんて、奇遇ですね。もしかして、忘れ物でもしましたか?」
「ま、そんなとこかな」
「坂島くんは、相変わらず抜けていますね」
「そう冷たいこと言わないでよ。こう見えて俺も、いろいろと努力してるんだから」
「努力、ですか。とてもそうは、見えないですけど……」
こちらを見つめる榊さんの瞳は、いつもと同じで冷たいまま。さっき一瞬見えた笑顔なんて、見る影もない。
やはり彼女にとっての俺は、『都合のいいキープ』でしかないのだろう。放課後の教室で、知らない男と親しげに話しているのを見られても、彼女は少しも動揺していないのだから。
俺は小さく、息を吐く。
「それで、榊さんは俺の誘いを断って何やってたの? 随分と楽しそうに見えたけど……あれ、誰?」
「あの人が誰でも、あなたには関係ないと思いますが……」
「俺たち一応、付き合ってるはずだろ? それくらい、聞く権利はあると思うんだけど」
「……あなたには、関係のないことです」
『関係ない』と、榊さんは同じ言葉を繰り返す。開けっぱなしの窓から、心地のいい春風が吹き込んでくる。この高校に入学して、もう一年。榊さんと付き合って、まだ三ヶ月。
浮かれていた自分が、馬鹿みたいだ。
「じゃあ、質問を変えるよ。さっき教室の外で、榊さんが俺のことを都合のいいキープって言ってるのが聴こえたんだけど、それ……どういう意味?」
「それは……」
榊さんは、逃げるように視線を逸らす。榊さんは前から、そういうことが多い。都合の悪いことを訊かれると、彼女はいつも逃げるように視線を逸らす。俺は無理に他人に踏み込むことが苦手だから、そんな態度をされると黙るしかなかった。
でも、今は……
「逃げないで答えてくれ。俺は──」
「だから、坂島くんには関係ないことです。……お互い深く干渉しない。そういう約束で、私たちは付き合っているはずでしょ?」
「それは……」
それは確かにその通りで、俺は何も言えなくなる。榊さんは俺の方に視線を向けないまま、ゆっくりと歩き出す。
「私はもう帰ります。……坂島くんも、あまり遅くならないうちに帰った方がいいですよ?」
「ちょっ、まだ話は──」
引き留めようと手を伸ばすが、途中で手が止まってしまう。いきなり触れたら、嫌われてしまうんじゃないか。……なんて、こんな状況でも、そんな情けないことを思ってしまった。
「……ほんと、なにやってんだよ」
誰もいなくなった教室で、一人呟く。
友達もできて、彼女もできて、順風満帆な高校生活を送れているのだと思っていた。俺は変われたんだと、自惚れていた。……でも結局それは全て勘違いで、俺はあの頃から……何も変われていないのかもしれない。
「深く干渉しないってことは、浮気してるのを見つけても見逃すってことなのか? ……分かんねぇよ、くそっ」
彼女がどうして俺と付き合ってくれているのか、その理由は今でもよく分からない。事情があるとはいえ、別に彼女の隣にいるのは俺でなくてもよかったはずだ。
さっきのあの男でも、他の誰でもよかったはずだ。
「くそっ……!」
震える声を飲み込んで、教室を飛び出す。
家に帰るような気分じゃなかった。でも他に、行くところがあるわけでもない。友達は増えたが、情けない姿を見せられるほど信用できる相手なんていない。だから俺は行く当てもなく地面を蹴って、ただただ逃げるように走り続ける。
「はぁ……はぁ……」
家からも学校からも離れた河川敷で、足が止まる。辺りはすっかり真っ暗で、冷たい夜の風が弱った心を震わせる。
「ほんと、なにやってんだよ」
なんだか全てが面倒くさい。いっそこのまま、死んでやろうか。なんてことを思ったところで、その声が響いた。
「──もしかして、
鈴の音色のように響く軽やかな声に、視線を上げる。見えたのは、月光に照らされた栗色の髪と、宝石のような黄金色の瞳。見覚えのない……とても綺麗な女の子。
「……誰?」
偶に駅で見かける、黒を基調とした品のいい制服。確かどこかのお嬢様高校の制服なのだと、クラスのバカな男子が話しているのを聞いた覚えがある。……しかし無論、そんな学校に知り合いなんていない。なのにどうしてこの少女は、俺の名前を知っているのだろうか?
頭を悩ます俺を見て、少女は親しげな笑みを浮かべて言った。
「あれ? もしかして覚えない? あたしだよ、あたし。
「……え? 古賀 琴音って、もしかしてココネ⁉︎」
古賀 琴音……ココネ。それはとっくの昔に疎遠になった、男友達みたいな関係だった幼馴染の女の子。昔はよく一緒に遊んだ……のだけれど、これが本当にあのココネ? 昔とはまるっきり、別人じゃないか。
「どう? あたしってば綺麗になったでしょ?」
困惑する俺をよそに、ココネ……古賀さんが笑う。そうしてここから、楽しい楽しいラブコメが始まった。
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