母の男
こうつきみあ(光月海愛)
第1話
「海に行きたぁい」
宿題に追われる小学二年の息子が、ベランダ越しに有明海を眺めて言った。
「ダメよ、今日は何日だと思ってるの? 八月十二日、海にはもうクラゲがいるんだから」
「くらげって、食べられる?」
「食べられない、毒あるもの」
「食用のクラゲもあるらしいぞ」
横から口を挟んできた夫を無視して、私は息子の工作を手伝う。
こうやって親が手を出すから、年々小学生の夏休みの工作や自由研究が高水準化して、子供だけでやり遂げる作品が減ってきちゃうのよね。
分かっていても、ついやってしまう。
「私の時は、誰も手伝ってくれなかったのになぁ」
首を振るキリンの貯金箱に、足の部分をくっつけながら、ある夏の出来事を思い出した。
「そう言えば、夏休みにクラゲ作ったな」
その年の夏休み、私は、現在は閉鎖されている某海水浴場に遊びに行った。
私と妹と、母と 母の男とーー
名前は、確か、「荒河さん」だったと思う。
両親が離婚したのは私が五歳の時で、原因は性格の不一致だったと大人になってから聞いたが、本当の理由は今でも分からない。
ただ、父は、気性の激しい母とは正反対の、穏やかな人だったと記憶している。
その父と別れてから直ぐに、母には ″ 男 ″ が出来た。
悪そうなチンピラ風の髭生やした男で、酒飲んでは、母に暴力を振るうグズ男だった。
家中の硝子を割られたし、お陰で私も怪我をしたことがある。
私達を海に連れて行ってくれた「荒河さん」は、そのグズとは違う。
知的で、演歌歌手にいそうな、爽やかな中年男性だった。
仕事は、堅い公務員だったはず。
母も、この人といる時は猫をかぶっていた為、私は、「いつものお母さんじゃない」って心の中で思ってた。
子供ながらに、二人の関係に違和感を持っていたのは、荒河さんには ″ 家庭 ″ があったから。
今、思うと、不倫とか荒河さんがそんな大それたことをする人には思えないのだが、荒河さんは、私達母子家庭を、常に気にかけてくれていた。
車もお金もない母子の為に、貴重な休みを海水浴に使ってくれたのだ。
それなのに、海に入った途端、私はクラゲに刺されてしまった。
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