第4話会社の責任者

 


 殴られるのは痛いけど、ここにはカロンも他の従業員もいるし、数で勝てる以上、そこまでボロクソに痛めつけられることは無いでしょう。一発二発殴らせるだけで相手を奈落に落とせるなら、安いものです。勿論、殴った相手は絶対に許しませんけどね。


「お、お前、本当にローレイ様の嫁かよ!? ローレイ様は、フィオナは怒鳴りつければ何でも言いなりになるような気弱な女だって――」


「フィオナ? 呼び捨て?」


「フィ、フィオナ様」


「よろしい、では、貴方方は本日付で全員解雇です。今までお疲れ様でした、さっさと荷物をまとめて、ここから去って下さい」


 笑顔で解雇を告げると、急に顔色が変わった(笑)元・重役軍団。


「ま、待って下さいフィオナ様! 俺達、ここをクビにされたら困るんです! ここほど給料が良くて楽な仕事なんて、他に無いんです!」

「友達に、あのカルディアリアム伯爵家の事業で偉い役職についてるって自慢してるのに、クビにされたらこれから自慢出来なくなるじゃない!」


「――ざけんなよ」


「え?」


「仕事を舐めるのも大概にしろ、さっさと消え失せろ!」


 自分達の都合の良いことばかり並び立てる(笑)元・重役軍団を怒鳴りつけると、彼等は鼠のような素早い動きで社長室を飛び出した。


 全く、神聖な社長室で何してくれてんのよ。床には食べこぼしのお菓子の屑、机にはボードゲームやらカードゲームやらが散乱してるわ、滅茶苦茶にしやがって……仕事していなかったのが丸分かりよね。


「お、奥様」


「ああ、お待たせカロン。これで役立たずな能無し共はいなくなったわよ」


 一番の問題点は彼等だったので、これで少しは経営も回復するはず。


「未払いの残業代は後日必ず支払うわ、不足している従業員もすぐに募集して、まともな方を採用する。他にも何か不満があったら言って、改善するわ」


「い、いえ、他にはありませんが」


「そう? なら良かった」


 優秀な人材を手放すことこそが、会社にとって最大の損失ですもの。辞めないように環境を整えるのは、経営者として当然のことです。


「あの、本当に奥様なんですか? 言っちゃなんですが、以前の奥様とは別人なんですけど」


「猛省して覚醒しました」


「覚醒……!?」


 自分でも何言ってんだとは思いますけど、上手い言い訳が思いつかないので、これで押し通します。ある意味、前世を思い出して覚醒したものだし、嘘はついていないでしょう。


「さて、では今から経営の立て直しについて会議を開きたいんだけど、準備してくれる? ああ、後、従業員全員に、今まで彼等を野放しにしてしまった件を謝罪したいから、皆を集めておいてくれると嬉しいわ」


「は、はい! 分かりました奥様!」


 俊敏な動きで私が下した命を遂行するカロン。

 お父様と一緒に会社の見学に来ていた時から思っていたけど――正確には、前世の記憶を思い出してから思い返してだけど――やっぱりカロンは素晴らしいわ、動きに無駄が無いし、指示も的確。カロンなら、私が不在の間の責任者を任せられそうね。

 無能代表責任者の旦那様、自分の代わりと言うのはこうして優秀な人を選ぶものなんですよ? ああ、旦那様も無能だから、あんな無能な友人を自分の代わりに選んだのか! 納得です。


 元々、事業は私が手を出さずとも、カロン達で何とか出来ると思って、お父様は私に形だけの権利を継がせたのでしょう。

 お父様の唯一の一人娘である私に跡を継がせたいと思うのは、娘を溺愛するお父様らしいです。


「と言いますか、どこでフィオナ様、経営のことを学ばれたんですか? 凄い手馴れてる気がするんですけど」


「…………独学よ」


 嘘です、前世で死ぬほど働いていたわ。

 会社の仕組みが前世とさほど変わっていなくて良かった。あれかしら、やっぱりここが小説とかゲームの世界だから、創作者の世界に寄ったのかしら。


「奥様、その、俺達は凄い助かりましたが、奥様は大丈夫なんですか? ローレイ様とか……」


「全く問題ありません」


 会議の休憩中、私を心配して声を掛けるカロンの言葉に、ああ、そう言えば旦那様にバレたら、怒られるのかと気付いた。

 あの(笑)元・重役軍団は確実にローレイにチクってるだろうし、きっと烈火のごとく怒り狂って、私を責め立てるに違いない。怒鳴れば恐縮して私が何でも言うことを聞くと思っている旦那様。


 でも残念ながら、今の私は全く怖くないんですよね。何せ相手を貶めるためなら、一発二発殴られても良いと思うような可愛げのない女ですから。


「本当に大丈夫ですか? 奥様、小さい時は、前カルディアリアム伯爵様に少し怒られただけで、泣いていたじゃないですか!」


「羽虫が耳元で何を騒ごうが、耳障りなだけよ」


 表情一つ変えずに言ったのが悪かったのか、カロンは私の発言に、真っ青になって怯えた。

 あれ? 別にそんなに過激な発言を言ったつもりは無かったんだけど、過去の気弱な私と比べちゃいました?


「本っっ当に、フィオナ様なんですよね? 影武者とかじゃないんですよね?」


「正真正銘のフィオナよ。何なら、過去に合ったお父様との思い出を一つずつ話していきましょうか?」


 前世の記憶が戻っても、しっかりと今世の記憶も残っていますからね。

 影武者なら、そこまでは話せないでしょう? 大体、何のための影武者? 普通の伯爵夫人の私に、影武者いります?


「いえ、本物のフィオナ様だとは分かっているんですが、なんかこう、急に性格が変わり過ぎて、別人格が増えたみたいな感じがして……」


 違うけど、的は得てるわね。

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