あやかしカフェは今日もあやかしい

九戸政景

第1話

「あーあ、これからどうしたらいいんだろ……」



 夕暮れ時、私は公園のブランコを漕ぎながらため息をつく。ため息の理由は何かと言えば、今日で私はバイトが最終日だったからだ。と言っても、何かをやらかしたから辞めさせられたとか卒業や引っ越しがきっかけで辞めたとかそういうのではない。バイト先のカフェが今日で閉店だから。


 小さなお店だったし、客入りが特にいいわけでもなかった。でも、マスターはいい人だったし、常連さん達も感じのいい人達ばかり。まかないで出てきた料理も美味しかったし、内装もオシャレだったのに、近所に有名なカフェのチェーン店が出来た事でお客さんを取られてそのまま閉店へと追い込まれたのだ。



「あんな呪文みたいなの唱えないと注文出来ないところよりもあそこの方がよかったのに。でも、若い人からすれば映えっていうのが大事なんだろうしなあ」



 私もまだ高校二年生だから若い人ではあるのだけど、ああいう雰囲気はあまり得意ではなく、それよりは落ち着いた雰囲気のあるお店の方が落ち着く。洋服よりも和服の方が好きだし、楽器も和楽器の方が聞いていて好きだ。だから周囲とは話題は合わないし、友達と言える子も正直いない。だけど、無理に友達なんて作る必要はないと思っていたから別にそれをよくないことだとは思っていない。マスターからは趣味の合う友達を作ったらいいのにとは言われていたけれど。



「はあ……ようやくバイトが出来るところを見つけられて今日まで楽しくやれてたのになあ。明日からどうしよう……」



 自分の時間を作るようにしたり学校の勉強の時間にあてたりすればいいんだろうけど、これといった趣味もないし、正直勉強をしなくてもテストでは点数をとれる方なのでそういう時間をわざわざ作る必要もない気がしていた。だからこそ、明日からの過ごし方に困っているのだ。



「別のバイト先でも探そうか……」



望み薄なのはわかっているけれど、何もしないよりはいい。そう思って今日のところは帰ろうとしていたその時だった。



「おや、お嬢ちゃん。働く先を探しているのかい?」

「え?」



 突然聞こえてきた声に驚きながら私は周りを見回す。けれど、周りには誰もいない。強いて言えば、いつの間にか近づいてきていた三毛猫が1匹いるくらいだった。



「だ、誰……もしかして、幻聴……?」

「幻聴? あっはっは、お嬢ちゃんは面白い事を言うねぇ。ほら、足元を見てごらんよ」

「足元……え、三毛猫しかいないけど……」

「そうさ。さっきから話しかけていたのはオイラだよ」



 三毛猫はスクッと“立ち上がった”。そのまるで人間のように後ろ足で器用に立つ姿を見て、私は驚きからひっくり返ってしまいそうになった。



「わわっ!?」



 けれど、どうにかブランコを支えている鎖をしっかりと掴んだ事で、ひっくり返って地面に頭から落ちてしまうのはどうにか免れる事ができた。冷や汗をかきながら気持ちを落ち着けていると、三毛猫は愉快そうに笑い始めた。



「あっはっは! お嬢ちゃん、驚きすぎじゃないかい? お嬢ちゃんの近所の猫は喋らないのが普通なのかい?」

「それはそうだよ。というか、あなたは誰なの? どうして猫なのに二本足で立てる上に喋れるの?」

「そんなの、一言で済む話さ。お嬢ちゃん、オイラは猫又っていうあやかしなんだよ」

「ねこ……また?」

「おや、その反応を見るに……猫又って名前は初耳かい?」



 猫又からの問いかけに私は首を横に振る。猫又自体は聞き覚えがある。妖怪の中でも有名なものだし、猫という私達の生活に馴染みのある動物が妖怪に成った姿だったから。でも、本物の妖怪には会った事がなかったのでビックリしてしまったのだ。



「妖怪って本当にいるんだ……」

「おうともよ。オイラみたいな猫又やぬらりひょん、すねこすりに海坊主、青行燈に……」

「ちょ、ちょっと待って! そんなにいっぱい名前を言われても混乱しちゃうから!」

「おっと、そいつもそうだな」



 猫又は笑いながら言う。どうやら妖怪といっても悪い何かではないみたいだ。その事に安心していると、猫又は私を見上げながらニヤリと笑った。



「んで、お嬢ちゃんは働く先を探しているのだろう? それをオイラが紹介出来ると言ったら……どうする?」

「働く先って……バイトが出来るところを教えてくれるってこと?」

「おうよ。本当は従業員なんて探してなくて、ただの散歩のつもりだったが、お嬢ちゃんと出会って気が変わった。お嬢ちゃんをオイラの店まで連れてってやるよ」

「ほんとに?」

「オイラも雄だ、二言はねぇよ。ということで、早速行くとしようかね。えーと……」

「あ、私は深江叶だよ」

「叶ってのかい。いい名だな。んじゃあ行こうぜ、叶」

「う、うん!」



 ワクワクしながら答えた後、私は猫又の後に続いて歩き始めた。出会ったばかりの相手、それも人間ではなくて猫又の言う事を聞いてついていくのはあまりにも不用心かもしれない。けれど、正直今は猫の手どころか猫又の手も借りたいところだ。


 そうして猫又についていく事およそ10分、目の前にはオシャレな建物が現れた。



「あれ、もしかしてこれって……カフェ?」

「おうよ。あやかし達が多く集まるかふぇ、名付けてあやかしかふぇだ!」



 猫又は自慢げに胸を張りながら言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あやかしカフェは今日もあやかしい 九戸政景 @2012712

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画