アーサー王の姉ちゃん

加藤 良介

第1話

 グレイト・ブリテンの偉大な王。アーサー・ペンドラゴンは、誰もいない円卓の席に一人腰かけうたたねを始める。

 夢は遠い記憶を呼び覚まし、アーサー王を子供の時代へと誘った。



 「アーサー。アーサー」


 まどろみの中で、聞きなれた声が聞こえる。

 

 「起きろ。寝坊助アーサー」


 額に衝撃が走り夢の世界から叩きだされた。


 「やっと起きた。お日様はとうの昔に上っているわよ」


 目の前でトパーズ色の瞳が輝く。


 「ケイト姉ちゃん・・・おはよう」

 「姉ちゃん。じゃない。家じゃないんだから、お姉さまとお呼びなさい。お姉さまと」


 白い騎士服を纏ったケイト姉ちゃんが俺の寝具をはぎ取った。


 「うーん」


 俺は大きく伸びをする。開け放たれた窓から水の匂いが漂ってきた。


 ここはテムズ川の畔の街"ロンドン"。

 朝から多くの人々が行き交い仕事に商売にと精を出す。通りからは荷物を山と積んだ荷馬車の車輪が石畳にこすれる音が響き渡り、故郷の村とは比べ物にならないほどに栄えている。


 「ほらほら、さっさと支度しなさいって。お父様にどやされるわよ」

 「分かってるって」


 俺は身支度を整えると、父上とケイト姉ちゃんの後を追って宿を出た。

 姉ちゃんは手ぶら。

 俺はと言えば、姉ちゃんの荷物を背負って後ろからついていく。まるで下男みたい。

 弟ってのは辛い生き物なんだよな。


 宿を出た直ぐの広場に、人だかりができいてた。

 通り過ぎの際に横目で眺めると、石の台に一本の剣が刺さっていて、それを引っこ抜こうとしている人がいた。何かの力自慢か何かなのかな。

 どうやら物凄く硬いらしく、大の男がひいひい言いながら挑戦しており、それを野次馬たちが囲んで笑い合っていた。

 何だか楽しそうだな。後で俺もやってみよ。


 やって来たのロンドンの中心にそびえ立つ円形競技場。

 大理石をふんだんに使って輝いて見える。百年以上前にローマ人が作ったそうな。

 

 「よーし。高まってきたわよ。見てなさい。今日は私の武勇伝の輝かしい始まりの日よ」


 姉ちゃんは鼻息荒く競技場の中へと入っていった。

 俺か? 勿論ついていくに決まってんだろ。重たい荷物を抱えてね。



 今日は年に一回執り行われる、騎士たちによる競技大会の日だ。

 国中から腕自慢が集まってトーナメントを行い、ブリテンで一番強い騎士を決めるのさ。

 それだけでも大したものだけど、今回のトーナメントは今までと違う。なんでも父上が言うには、今日の勝者はここロンドンの主になれるとのことだ。

 何を言っているか分からないだろうけど心配するな。俺も分からん。

 聞いた話だけど、去年の暮れにロンドンの主が死んじまった。しかも跡継ぎもいないから、跡目をめぐって騎士たちの間で揉め事が起こったらしい。

 戦に発展する一歩手前までいったけど、毎年行われている競技大会で一番強かった騎士がロンドンの主になるって事で話がまとまったんだってさ。だからいつも以上の盛り上がりになっちまい、ロンドン中がお祭り騒ぎなんだ。


 ケイト姉ちゃんは女だてらに、あっ、これは姉ちゃんには内緒だ。聞こえたらぶっ飛ばされる。

 兎に角、何を思ったのか姉ちゃんは、自分もこのトーナメントに参加すると言い出したんだ。

 俺は正直、「何言ってんだ姉ちゃん」としか思わなかったけど、父上が了承したから仕方ない。俺たちは応援がてらにロンドンまで繰り出すこととなった。父上は姉ちゃんに甘い。俺には厳しいのに・・・母上は小さい弟たちと村でお留守番だ。


 女だてらといったものの、ケイト姉ちゃんはぶっちゃけ強い。剣でも弓でも乗馬でも。

 今でこそ俺も互角に戦えるけど、昔はてんで歯が立たなかった。

 身長も俺と同じか少し低い程度。村の女たちに比べたら格段に高い。

 背が高いで思い出した。ついこの間、姉ちゃんが「見下ろされるのは悔しいから、これ以上身長をのばすな」って言ってたな。

 俺に言うな。神様に言えよ。


 父上や母上がケイト姉ちゃんが、男だったらよかったのにと言っているのを聞いたことがある。俺も同感だ。

 姉ちゃんは同じ年ごろの女がすることに一切興味がない。裁縫も布織も花嫁修業もやっているところを見たことが無い。毎日のように剣を振るい、馬を乗り回して狩りに出かける。俺はそのお供さ。

 これだけなら同じような女がブリテンにも、もう一人ぐらいいるかもしれないけど、姉ちゃんはそれだけじゃない。頭もいいから困るんだよな。

 何に困るって?

 よく聞けよ。こちとらただでさえ弟って事で肩身が狭いのに、頭までよかったら俺はどうしたらいいんだよ。一つぐらい勝っているものがあったっていいだろう。


 姉ちゃんはローマ人の先生からラテン語や数学、論述に詩まで学んでやがる。学んでいないのは神学ぐらいだ。

 口癖は「一回でいいからローマに行きたい」だ。自分の事を半分ローマ人と思っている節がある。どっからどう見てもブリテン女だけどね。

 顔は美人らしい。村の者たちは男も女も皆口をそろえてそう言う。

 らしいってのは、俺は見慣れているから何とも思わないからだ。怒るとオークが裸足で逃げるような顔になるから、みんなにも見てほしいものさ。


 昔は俺と血が繋がっていないんじゃないかと思っていたけど、これは正解だった。

 なぜ分かったかって? だって家族で俺だけ髪が金色なんだもん。

 父上も母上も姉ちゃんも弟たちもみんなブラウン。親戚一同、俺と同じ髪の色の奴はいない。

 おかしいなと思って父上に聞いたら、昔々、川から一艘の船が流れてきたことがあって、そこに一人の赤子が乗っていた。それが俺。拾った母上は神様からの授かりものって事で赤子の俺を育てることにしたそうだ。男の跡取りが欲しかった父上も同意したから俺は今ここに居る。

 まぁ、感謝してるよ。そのまま海まで流されたらどうなっていたことやら。



 しばらくすると教会の鐘が鳴り響き、円形競技場に人々が集まり始めた。

 俺は姉ちゃんの肩慣らしの相手をして汗をかいていた。

 いよいよ、トーナメントが始まろうかと言う時に、姉ちゃんが頭のてっぺんから大声を出した。


 「私の剣がない」

 「はぁ? 」

 「だから私の剣が無いのよ」

 「いや、あるじゃん。そこに」


 俺はついさっきまで姉ちゃんが握っていた剣を指さす。


 「これは練習用。本番用にもう一振り持ってきたじゃない。アーサー、あんた宿に忘れてきたでしょ」

 「えーっ。そんなのあったか」

 「あったわよ」


 そう言われれば剣は二振りあったような気がする。うん、あったな。


 「ちょっと。アーサー取ってきて。ダッシュよ。ダッシュ」

 「やだよ。自分で行きなよ」

 「これから試合の私に走れっての。嫌よ。無駄な体力を使いたくない」

 「自分が忘れたんだろ」

 「そうだけど・・・お願い。ほら、私が勝ったらご褒美は半分アーサーにあげるから」

 「勝つ気ですよ。この人」

 「当たり前でしょ。出るからには勝つ。全員ぶっ飛ばしてロンドンは私のものよ」


 ケイト姉ちゃんは右手を振り上げで宣言した。


 「はぁー。分かったよ。取って来るよ」

 「ありがとうアーサー。愛してるー」


 俺は言いつけ通りに小走りで競技場を飛び出した。

 我ながら健気な弟ですよ。

 ロンドンっ子は皆、競技場に集まったみたいで、人気の少ない路地を走り、俺は逗留している宿へと駆け込んだ。

 

 「ない。ないないない」


 部屋のどこを探しても姉ちゃんの剣が無い。

 アレ? もしかして思い違いかな。いやいや、確かにあった。金の装飾をしている剣があったよ。間違いない。

 ・・・・・・もしかしてパクられた?

 おいおい。どーすんだよ。

 まだ近くに盗人がいるかもしれないと、俺は宿を飛び出して辺りをうかがう。

 しかし、姉ちゃんの剣を持っていそうな奴は見当たらない。

 そりゃそうだ。仕事終わりにモタモタしているとんまな盗人ばかりだったら世の中平和よ。平和。

 ああ、ブリテンの平和は終わりました。


 父上から聞いたんだがローマの軍団兵が大陸に撤退してから、北の蛮族がブリテン島に攻め込んでいるって話だ。

 なに撤退してんのよローマ。

 無責任だぞ。最期まで頑張れよ。

 お前らが撤退するから姉ちゃんの剣がパクられたじゃんかよ。

 ローマが悪い。俺は悪くない。

 ふう。


 ローマに責任転嫁したところで一旦落ち着いた。

 落ち着いた俺の視線の先に、石の台にぶっ刺さったひと振りの剣が飛び込んで来た。

 先ほどとは違い、周りには誰もいない。みな円形競技場に行ったみたいだ。

 俺はなんとなくその剣の方へと近づく。


 「うわ。凄い剣だな」


 間近で見てみると、その剣はこれまでで見たことのない出来栄えの品だった。

 刀身は吸い込まれるような透明の輝きを放ち、柄の部分には神獣らしき意匠が施されている。


 「盗むなら、こっちを盗めよな」


 思わず口から本心が零れた。

 

 「そっか。これって、抜けないんだったな」


 大の男たちが渾身の力で抜こうとして抜けないんだから、盗める奴なんていないか。

 そう思い、剣の柄を握る。

 おおっ。流石は高級品。手に吸い付くような感触。ローマの名工が作った一品かも。

 俺が柄を掴む手に力を込めた次の瞬間。

 ポンという音がして剣が石の台座から取れた。


 「はい? 」


 物凄く簡単に剣が台座から抜けてしまいました。

 俺はその場で固まる。

 うん? もしかして抜けないフリをするための小道具なの? 空気読まずに抜いちゃったよ俺。どーすんのこれ。

 取りあえず、元に戻してみる。

 今度はカチンという音と共に、剣が台座に戻った。


 「はぁ、危なかった。しっかしどうしたものやら」


 俺は台座の剣を前に考え込む。

 姉ちゃんの剣は無い。今から探しても見つかるかどうかも怪しい。だけど手ぶらで帰ると姉ちゃんが怒る。練習用の剣で出場して負けたら絶対に俺のせいにする。間違いない・・・

 うん。この剣を借りよう。

 もう一回、剣を引き抜く。やっぱり簡単に抜けた。


 持った感触だとそんなに重くもないし、長さも姉ちゃんの剣と大差ない。

 強いと言っても姉ちゃんは三回戦ぐらいで負けるだろうから、その時にまた台座に差しとけばいいんじゃないかな。


 「すいませーん。ちょっとお借りしまーす」


 俺はここには居ない誰かに断りを入れて剣を手に走り出した。


 その後の事は思い出したくもない。

 大騒ぎよ。大騒ぎ。

 俺が例の剣を姉ちゃんに見せると、近くに居た騎士が飛び上がらんばかりに驚いたかと思うと、誰かを呼びに走り去り、ぞろぞろと人を引連れ戻り俺を囲んだ。

 マーリンとか名乗る自称魔法使いの怪しさ満点の爺さんが、俺が前のロンドン領主"ウーゼル・ペンドラゴン"の忘れ形見だとか言いだして、ロンドン中が上を下への大騒ぎになった。

 あの石の台にぶっ刺さっていた剣は、ウーゼル・ペンドラゴンの血縁の者にしか抜けない魔法がかかっており、マリーンの爺さんは皆に剣を抜かせようとすることで、跡取りとなる血縁者を探していたそうだ。

 なんだ、そのアクロバティックな人探しは。普通に探せ。普通に。


 兎にも角にも、あれよあれよという間に俺はロンドンの主。息つく暇も与えぬとばかりに、厄介事が降り注ぐ日々と相成りました。

 誰か代わってくんねえかな。

 はぁ、やっぱり、黙って剣を借りたのがいけなかったんだな。誰が見てなくても神様は見ているってことですよ・・・・・・

 


 『陛下』

 『陛下・・・』


 耳馴染みのある声が聞こえる。


 『・・・オホン。一時、臣下の礼をかなぐり捨てることをお許しください』


 なんだ。騒々しいぞ。


 「起きろ。寝坊助アーサー」


 体が自然と飛び跳ねて夢の世界から引き戻された。

 目の前にはトパーズ色に輝く瞳。


 「ケイト姉ちゃん・・・」

 「お目覚めですか。陛下」


 アーサー・ペンドラゴンはゆっくりと体を起こす。

 どうやら円卓で眠っていたらしい。


 「陛下。臣下の前で"姉ちゃん"はいかがなものかと。ケイト卿とお呼びください」


 ・・・・・・

 徐々に意識が明瞭になり、自分の今の状態が理解できた。

 目の前には王国の"執事"ケイト卿。我が義理の姉にして最も信頼している家臣。

 その後ろには円卓の騎士たち。

 ランスロットにトリスタン。一騎当千の強者たちが笑いをこらえて立っていた。


 やってしまった。油断した。醜態をさらした。これは不味い。うーん。

 王としての威厳を保つためにはどうすればよい。

 そしてこんな時に助け舟を出してくれるのは。


 「陛下。グルップの砦よりの狼煙です。ようやくバレンツ族が動き出しました。御下知を」


 ケイト卿の言葉で場の空気が変わる。私は頷き命を発した。


 「ケイト卿。出陣の支度をせよ」

 「ははっ、既に万端整ってございます。馬に兵に兵糧。敵軍の予測移動先にもあたりが付いております」

 「内通者は」

 「三名確保。後は陛下がエクスカリバー片手に突撃して下されば勝利は確実です。戦後処理はお任せを、奴らには偉大なるアーサー王陛下に楯突いた事を後悔させてご覧にいれます」

 「いつも通りだな」

 「はい。いつも通りでございます」


 私が微笑むと、ケイト卿も微笑み返す。この笑顔だけは時がたっても変わりない。そしてトパーズ色に輝く瞳。そこには好奇心と知性といたずら心が常に宿っている。

 このような瞳を持つのは、ブリテン広しといえどもケイト卿だけだ。


 「よろしい。では皆の者。出陣だ」

 「「ははっ」」


 アーサーは聖剣エクスカリバーを携え歩き出す。

 ブリテン島の平和は彼と円卓の騎士たちの双肩にかかっているのである。

      

 

           終わり




 最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 ご意見、ご感想などございましたらお気軽にどうぞ。


 参考資料

 原書房 「図説 アーサー王物語 普及版」 

 アンドレア・ホプキンズ著 山本史郎訳

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