第3話 開けちゃダメ。
俺の名前は、
そこで、婚約者である
……え? 現実世界での仕事はどうするのかって?
それはもちろん、変わらず働いている。
どうやら異世界ダンジョンに潜っている間は、現実世界での時間が止まっているらしく、戻った時には、ダンジョンへ行った同じ時刻に帰ってくることが出来るのだ。
そこで俺たちは、日中に会社へ行き、一日の仕事を終えて家へ帰ると、夕食を済ませ、押し入れを開けて異世界ダンジョンを攻略する、というのが日課になった。
最初は、腹ごなし程度のゲーム感覚だった。
だが、ダンジョン内で見つけた宝箱の中に、金ぴかに光るコインや宝石、見たこともない剣や魔道具、防具などを手に入れていくうちに、俺たちは、どんどんダンジョン攻略にのめり込んでいくようになった。
最近では、俺がお風呂に入って出てくると、美里が見たこともない指輪を手に嵌めて眺めていることがあって驚いたことがある。
一瞬、浮気を疑ったが、どうやら俺のいない間に一人でダンジョンへ潜り、手に入れたのだと言うので安心した。
その日、俺たちは、かなり苦労して、とあるダンジョンの最下層へと辿り着いた。
目の前には、これまで見たこともないほど一際大きく輝く宝箱がある。
これは、中身にも期待できそうだ、と思い、蓋を開けようとすると、蓋の表面に、何やら文字の書かれた古びた羊皮紙が貼り付けてあった。美里の解読スキルを使ってこれを読むと、次のように書いてあることが分かった。
『開けちゃダメ。絶対に。』
開けるなと言われると、開けたくなるのが人の性である。
迷うことなく宝箱へ手を伸ばそうとした俺の手を美里が止めた。
「だって、これがパンドラの箱だったら、どうするのよ?」
「パンドラの箱って……宝箱のフリをしたモンスターのことか?」
「違うわよっ! それはミミックでしょ!
パンドラの箱っていうのは、開けると、中から絶望とか飢餓とか病気とか……世界にとって良くないものがたくさん出てくる箱のことよ!」
「なんだ、それ。そんなもの、一体誰が開けるっていうんだよ」
「それを開けたのがパンドラっていう女の人で……でも、最後に、希望が出てきて、世界は、どんなに悲惨で辛くても、人間は生きていけるっていう……あ、最後まで人の話を聞きなさいよっ!」
「ここまで苦労して来たんだ。手ぶらで帰るわけにはいかないだろう」
美里の話を途中で遮り、俺は、思い切って宝箱の蓋を開けた。
中には、一冊の分厚い本が入っている。
「……何かのスキル本かしら?」
「開けてみよう」
美里の解読スキルを使い、俺たちは、本の内容を読んでみることにした。
〇月〇日 天気は、曇り時々雷。
今日も一日、城の外を眺めて待っていたが、勇者一行は、現れない。
勇者が来ないと、私の仕事がないので、実に退屈だ。
〇月△日 天気は、雨。
今日も、勇者一行は、現れない。
雨で外を出歩けないので、最近流行りのWEB小説投稿サイトなるものを登録してみた。
無料で小説が読めるので、なかなか退屈しのぎになる。
〇月□日 天気は、雷雨時々曇り。
今日も、勇者は来ない。……まさか、忘れられているのではなかろうな?
昨日徹夜で小説を書いてみた。我ながら、なかなか傑作だと思う。
だが、PVはつくものの、☆がもらえない。
一体、どうしたら良いのだ?
……という内容が延々と続いている。
途中、中二病的なポエムまで書かれていたのを目にし、俺たちは最後まで読むのを諦めた。そっと本を閉じて、再び宝箱の中へ戻しておくことにする。
『開けちゃダメ。絶対に。』
……と書かれたものを見つけたら、今度から絶対に開けないでおこう、と俺たちは固く誓った。
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