2「握手」

会社の企画で、会社の前にてイベントを開催する事になった。

そのイベントは、自然を大切にしようの題で、各地域から野菜や卵、果物などの販売を行っている。


その際に、会社のマスコットキャラ、バード君がいて、その着ぐるみを着る人を探していた所、香苗が立候補した。

香苗が立候補したのには、理由があり、着ぐるみの手が自分の手で出せるからだ。

これで、多くの人と握手をすれば、もし、その人がアレルギーを持っていたら、解除できるかもしれない。


イベントの日になり、多くの人と握手をした。

すると、少しの間、SNSで「この会社のイベントに行ったら、長年アレルギー反応があったのに、治った。」とかが言われ始めていた。

しかし、この情報を、香苗は訊いていなかった。


イベントは、世間が夏休みと冬休みの期間に、一日、行われる。


この時は、就職して一年目の冬であった。


「いやー、ここまで反響があるとは思わなかったな。」


香苗の上司は、その様にいいながら話をする。

その上司に。


「今度も着ぐるみ、任せてもらっていいですか?」


香苗は言うと、上司は「そんなに気に入ったのか?」といい、許可をした。


二年目の春。

花粉症がまっさかりの時期と言われ始めている。

そんな時、香苗は、直孝の結婚式があった。

そこで、大きなウェディングケーキを頬張る直孝を見ると、とても嬉しくなった。


あんなに乳製品が駄目で、苦しい思いをしてきたのに、それが解除され、生クリームたっぷりのケーキを食べれている。

直孝の成長とは違って、アレルギーが無くなり、美味しそうに食べる姿に、涙を浮かべた。


その時である。

香苗は、下を見た。

魔法陣はないが、何故か、魔法陣に追いかけられているような感覚があった。


その時、とても暖かい気持ちが、胸を占めた。


「冬至君。」


胸を掴まれた感覚が目覚めて来た。

とても、大切に、両手で胸を覆うと、香苗は微笑んだ。



夏休みが来た。


会社のイベントで、着ぐるみを着る。

手を出すと、グーパーした。


「さて、キャンセラーキャンセラー。」


気合を入れて、イベントに参加した。

前の、冬よりも多く人が来ていた。

その際に、色々な人と握手をした。


イベントが終わり、次の日、まい子が会社のパソコンから、SNSを香苗に見せる。


「すごいよね。なんか、昨日のイベントで始めて来た人、とても体調がよくなったみたいよ。」

「え?」


香苗は、情報を自分のパソコンでも見ると、目を丸くして、顔を青ざめた。


「さて、お昼ご飯食べよう。香苗は、また屋上?」

「え、ええ。」


会社の屋上で昼ご飯を食べている香苗。

香苗は、晴れている時は、外に出て自分が作ってきたお弁当を食べている。

それには、周りにいる昆虫が、そうさせるのではないかと思う位であった。

外に香苗が出ていれば、監視が出来る。


お弁当を食べ終わると、そこには一匹のトンボが飛んできた。

トンボを見ると、少し険しい顔をするが、何かと心が安らぐ。


「貴方も私を監視しているの?大丈夫、しばらくは大人しくしているわ。」


トンボに声をかけると、トンボは少し香苗の肩に止まった後、飛んで行った。

飛んで行った先を見てから、お弁当を食べ終わり、仕事場へと行こうした時だ。

屋上の扉を開けた時、一人の男性にぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい。」

「いいえ、こちらこそ。」


男性は、香苗の顔を見て、申し訳なさそうにしている。

香苗は、身体を動かして、平気だと言うと、男性は一言。


「貴方も昆虫と話が出来るのですか?」

「え?」

「今、トンボと話をしていたので。」

「あ、あれ。ただ単に私の独り言です。気にしないで下さい。」


香苗は、男性から逃げようと、階段へと向かうと。


「待ってください。」


右手首を掴まれた。

階段の踊り場だけれど、落ちる危険性もある為、香苗は掴まれたまま、停止した。


「秋元香苗さん、僕と少し付き合ってもらえませんか?」

「はい?」


この言い方だと、恋愛とかではなく、どこかの場所へ一緒に来て欲しいというセリフだろう。

香苗は、考えて。


「お昼休みの間、後、五分位しかないですが、それでもよろしければ。」

「いや、そこの所は、話をしておくから、僕の研究室にきてください。」

「話って、誰よ。貴方。」

「そうでしたね。名乗っていませんでしたね。」


男性は、香苗の右手首を掴んだまま。


「僕の名は、阜部杏里ふぶあんり。この会社の自然部で昆虫の研究をしている。」

「阜部さんね。」

「笑わないですか?」

「何がです?」

「名前。」

「ああ、女の名前って言いたいの?今の時代、名前の性別って関係あるかしら?あったとしても、私は気にしないわ。」


すると、阜部は、とても好感度を持った。

昔から、名前でからかわれた経験があるからだ。

阜部は、香苗を研究室まで案内する。

案内している間に、香苗を貸して欲しいと香苗の上司に連絡をしていた。


「香苗さんの上司から、許可が得られましたので、今日の定時まで付き合ってください。」

「えー、直ぐ帰りたいんだけど。」

「でも、それが、今日の仕事です。」

「仕事なら仕方ないわね。」


研究室に来た香苗は、扉を開けて見ると、壁一面に様々な昆虫達がいた。

乱雑にケースは置かれているようで、とても綺麗に丁寧にされてある。


「僕は、昆虫と話が出来るという事で、この会社に入れました。」

「へー、そういう人いるんだ。あっ、カブトムシ。」


カブトムシを見ると、香苗は、切ない顔になる。

心の中では「冬至君に会いたい」ばかりが留まっており、カブトムシを見ると、「生を全うしなければならない」という任務的なものが締め付ける。


「カブトムシ好きですか?」

「別に好きではないわ。でも、カブトムシは、特別なの。」


カブトムシを見る香苗を見て、阜部はそのケージからカブトムシを出した。

そして、香苗の目の前に出す。


「触って見ます?」

「いいのですか?」

「ええ、この子、何故か、香苗さんの名前知っていたみたいですよ。」


阜部は、そういうと。


「あっ、貴方、どうして私の名前知っていたのよ!」


香苗は、阜部に言うと。


「覚えていらっしゃらないかと思いますが、私の甥っ子と公園前でぶつかった事がありましたね。」

「ああ。そういえば、あったね。」


この土地に来た時、散歩がてら、災害が来た時の事を考えて、避難経路を確認していた時だった。

公園を通りかかった時、一人の少年とぶつかったのを思い出した。


「あの時の男性が、阜部さん?」

「はい。そして、このカブトムシが、あの時、甥っ子が捕まえたカブトムシです。」

「へー。このカブトムシそうだったの。ん?ってなると、甥っ子さんは、カブトムシ持っていないのでは?」

「いいえ、あの時、甥っ子が僕の妹……甥っ子の母親ですね。何匹、取ってくるのって怒られまして、一匹、僕にくれる為に持って来てくれたのですよ。妹は、昆虫苦手ですし、殺虫剤を常に常備している位ですからね。」

「はー、そうだったのですか。」

「それで、このカブトムシですが、話をしていると、何故か、香苗さんの事を知っていました。」


目の前にいるカブトムシを見ると「このカブトムシ、黒神のかもしれない。」と思い、手に取る。

少しだけカブトムシを見ると、確かに、これは黒神のだ。

あの時、あの空間で見せられたカブトムシにそっくりなのだ。


違いは、何故分かるのか。

一般の人間には、どんな研究をしても普通のカブトムシにしか見えない。

きっと、あの時、黒神によって、何かの魔法がかけられたのかもしれない。


そう、召喚の事、能力の事、話しをしないかの監視だ。

しかし、この研究室を見ると、どうやら、このカブトムシだけ黒神のだ。

後は、地球で生まれた昆虫だ。


「このカブトムシ、もらっていいですか?」

「え?気に入りましたか?そのカブトムシも、何故か、香苗さんに会いたいといっていたので、きっと、そうなるだろうと思っていました。」


香苗は思った。

こうやって、黒神の昆虫達は、人間に捕えられるんだな。

もし、農業の人に見つかってしまうと、どうなるのだろう。


黒神も大変だなって思いながら、籠にいれられたカブトムシを見て、ため息を吐いた。


「で?私をここに連れて来て、これだけの用ではないでしょ?」

「はい。先日みていました。同僚のくしゃみ、止めましたね。」

「へ?ああ、あの時の、もしかして、貴方も手のマッサージして欲しいの?」

「いいえ。見ていましたら、必ず、最後、握手をするんだと思っていました。」

「え?そうだったかな?」

「イベントでも、香苗さんは色々な人と握手をしていました。その中には、とても体調が良くなったという人が多くて、この会社の株も少し上昇してきています。だから、何か秘密があるんじゃないかって思いましてね。」


香苗は、言葉を頭で選んでいた。

言ってはいけない事がある。


心の中で、香苗は「冬至君、どうしたらいいの?」と思うと、籠に入れられたカブトムシが少し反応をした。

いきなり、籠の中で暴れ出す。


「え?どうしたの?」


カブトムシを見ると、外に出たがっていると、香苗は思った。


「このカブトムシ、外に出たいみたいだから、私はこれで失礼します。」

「待って。」


また、右手首を掴まれた。

だが、今回は、その手を振り切って、去っていく。


「はーはー、貴方のおかげで逃げる口実が出来たわ。ありがとう。カブトムシ。」


香苗は、もう、この会社にはいられないと思い、その日の内に辞職を出して、残業で引継ぎを用意し、自分の使っていた物を撤去した。

こんな事もあろうかと思って、いつでも辞められる様に準備をしていたから、直ぐに出来た。

同僚のまい子には、手紙を書いて、まい子の机に置いた。

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握手カブトムシ 森林木 桜樹 @skrnmk12

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