握手カブトムシ

森林木 桜樹

1「召喚」

秋元香苗あきもとかなえは、高校卒業後に就職した。

就職した会社は、自然を大切にするを掲げていた。

ただ、香苗の仕事内容は、パソコンに入力することで、自然を大切にという仕事はしていない。


ただ、昆虫は大切にした。





それには、理由があり。


香苗は、高校生の時に魔法陣により召喚された。

そこで香苗が持っているアレルギーを失くせる能力を持っていると言われ、血を提供して欲しいと、黒神こくしん月神げっしんに言われた。

魔法陣で召喚したのは、黒神と月神ではなく、違う人で、その人に会わせてくれるなら血を提供すると言って、採血された。


召喚した人は、畑野冬至はたのとうじ

香苗は畑野と話をしていると、恋心を抱いたが、亡くなっていて、この時しか会えない。

地上へ帰ったら、命を断とうかと思ったが、「ちゃんと生を全うしてから、会いに来い」と、胸元と掴まれ畑野に言われ、地上へと戻った。


地上へと戻る時には、記憶を消されるらしいが、香苗は記憶を保持したくて、黒神と月神にいうと。


「仕方ありませんね。でしたら、ここの事は誰にも言わない。アレルギーを失くす能力があるのも含めてね。」


黒神が、黒神の部屋にあるカブトムシに似た昆虫を、黒神の手に乗せて香苗の前に出す。


「いい、この昆虫が秋元香苗さんを見張っています。しかも、この昆虫だけではなく、地上にも同じく放っている昆虫がいます。もしも、ここの事、能力の事、話せば、それらの昆虫が秋元香苗さんの周りの人に危害を加えます。いいですか?秋元香苗さん本人ではなく、周りの人です。ちなみに、ここの昆虫達は殺虫剤は効きません。結構頑丈に出来ていますから、叩いた所で壊れません。いつ、いかなる時でも、秋元香苗さんを監視しています。そこは、分かって、行動と言動をしてください。」


そこまで言われて、香苗は身体をこわばらせた。


「それでよろしければ、記憶消去しずに地上へと帰しましょう。」


香苗は、カブトムシを見る。

だけど、畑野を思うと、胸が高鳴り、頬も耳も赤くなっているのがわかる。

それ位、畑野が好きになっていた。


「誓います。」


先程、畑野によって制服の胸元が乱れた所を、自分でも乱れる程に右手で握りしめ、左手でカブトムシを上から包み込む。

昆虫なんて触るのなんて苦手で出来なかったが、このカブトムシは出来た。

何故か、手が自然と惹かれていた。

まるで、カブトムシへ忠誠を誓うかのように、神聖な生物に見えた。


「わかりました。では、月神。」

「はい。黒神。」


黒神は秋元の肩にカブトムシを乗せると、月神は香苗を地上へと帰した。

地上へと帰ってくると、高校の正門に立っていた。

時間も朝、登校している時間だ。


召喚され、畑野と話をしている間は、四時間程かかっていたが、混乱を避ける為に召喚した時間へと戻され、帰された。

あの時間は夢だったのかと思うが、肩に置かれたカブトムシと、腕に残る注射器の跡が現実だと認識させられた。


「夢じゃない。」


香苗は、それ以来、あの空間で起こった事は、自分の中にしまい込んだ。

すっかり秋であり、周りに飛んでいるトンボを見ると、あのトンボの中にも、黒神が放ったトンボがいるのかと思うと、昆虫全てが愛おしくなっていた。


高校卒業して、一人暮らしを始めた。

一人暮らしをしていると、ゴキブリを一匹見かけた。

実家で過ごしていた時は、ゴキブリを退治出来たが、今の香苗は出来なかった。

ほうきで、外に出す位で、殺虫剤や叩いたりは出来なかった。


一人暮らしを始める前に、この町の付近を歩いて見た。

すると、公園があり、子供達が昆虫採集をしていた。


「あんまり乱暴に扱わないでね。」と思いながら、通り過ぎようとすると、一人の少年にぶつかった。

少年は、虫かごにカブトムシを一匹入れていた。


「大丈夫?」


香苗は、少年に手を伸ばすと、少年は香苗の手を取って起き上がる。

すると少年は、何か、すっきりした顔をさせた。

少年の後ろから、男性が来た。


「甥っ子が何か?」

「いえ、私とぶつかってしまって、転んで、助け起こした所です。僕、怪我はない?」


怪我がないと知って、笑顔でその場を去る少年と男性。





一人暮らしと会社に慣れて来た時、弟の直孝なおたかから連絡が来た。

彼女のさきさんと結婚をして、式を開くが、その事で相談があるという内容であった。

少し考えて、香苗は、実家へと行く前に、駅前ホテルの洋菓子店でケーキを買った。


実家へ着くと、直孝とさきが迎えてくれた。


「お姉ちゃん、来てくれてありがとう。」

「別にいいよ。それよりも何を悩んでいるの?」

「実はね。」


話が出来るように、直孝の部屋でさきも含めて話をする。


「ウェディングケーキなんだけど、俺、乳製品アレルギーで生クリームさわれないでしょ?でも、折角の結婚式、ウェディングケーキは必須。で、どうしようかと思って。」

「なるほどね。所で、直孝、指輪はどうなの?サイズいいの?」


香苗は、直孝の左手を触る。

薬指を触る振りして、握手をした。

香苗のアレルギー消去能力は、アレルギーになっている相手と握手をする事で発揮される。

だから、この時点で、直孝の乳製品アレルギーが消去された。


「へ、男の指輪なんて、普通でいいだろ?」

「でも、結構太くなっていると思うよ。」

「そう?」

「一度、結婚式の前に測り直してみたら?それと、さきちゃんも指輪のサイズ大丈夫?」


次に、さきの左手薬指を触ると。


「はい、私のは、先日、確認の為測りに行ったばかりです。そうですね。最近、手を繋いで歩きますが、指、太くなっているなって思っていました。」

「ほら、ちゃんと測っておきなさいよ。」

「わかったよ。」


さきにも触ったのは、違和感を出さないためだ。


「あ、そうそう、駅前のホテルでケーキ買って来たんだ。あの有名なシェフレシピの。」

「ああ、赤野夏也あかのなつやシェフレシピの?」

「うん。さきさんに。」


といい、箱から出して、さきに出そうかと思った時だ。

香苗は、わざとつまづいて、直孝の顔にケーキを押し付けた。

それを見たさきは、とても狼狽えていて、近くにあったティッシュで、直孝の顔を拭き始める。


「直孝、ごめん。」


香苗も一緒に吹き始めるが、直孝の様子が違った。

とても感動している顔をしていた。


「さき、姉ちゃん。生クリームって、こんなに甘くておいしいんだ。」


感動をしていた。

普段なら、皮膚に少しでも乳製品が着いただけでも、呼吸困難になり、体中がかゆくなるのだが、それがない。


「え?それって。」


さきは直孝の顔を見ると。


「うん。アレルギー無くなったみたい。」


美味しい美味しいといって、自分の顔に着いた生クリームを指で取って舐めている。


それから、両親にも話すと、早速、アレルギー検査をする為、病院へと行って、考えられるアレルギーを調べてもらった。

結果、全てのアレルギー反応は、出なかった。


かかりつけの病院で、いつも見てくれる先生だった為、その先生もおどろいていた。

急にアレルギーが無くなったのだから。


「すごい。よかったね。直孝。これで結婚式のウェディングケーキ平気ね。」


香苗は言うと、とても喜んだ。

さきをみると、自分の事の様に喜んでいる。


二人を見ると、香苗も心の底から喜んだ。


実家から、一人暮らしのアパートに帰ると、膝から座った。

アパートの玄関で、座り込み、自分の両手を見ると、握りしめ。


「すごい。この力。」


香苗は、目を見開き、まだ、胸がバクバク言っている。

しかし、冷静にさせたのは、目の前にいたカブトムシだ。


「そうか、この力の事は言ってはいけない。」


喜んでいた顔が一気に冷める。

その日は、風呂に入り、睡眠を摂った。






次の日


「はっくしゅん。」


隣に座って同じ仕事をしている女性、鬼怒川きぬがわまい子がいた。

まい子は、連発でくしゃみをしている。


「大丈夫?」


早苗はまい子にティッシュを渡すと、受け取りながらもくしゃみをしていた。


「ありがとう。自分が持っているの、無くなっちゃって。」

「花粉?」

「そう。この時期、秋の草花かな?花粉がすごくて、大変。」


とても辛そうにしている。

目もかゆいのか、気にしていた。


「こういう時、対面する仕事じゃなくてよかったって思うわ。」

「受付の仕事とか、大変そうだよね。」


話をしている間にも、まい子はくしゃみをしている。

早苗は、直孝の場合は指輪で誤魔化せたが、同僚の場合はどうしようと思って、ふと、パソコンの画面を見ると、会社が売り出しているマッサージ器のカタログが表示されていた。


「ねえ、気休めだろうけれど、手、マッサージしてあげる。」

「え?」

「手には、ツボっていうのかな?沢山あるでしょ?それを刺激すれば、少しは良くなるんじゃない?」

「そうね。……やってもらおうかな?」


まい子は、自分のハンカチを出して、手を軽く拭くと、香苗に右手を差し出した。

香苗は、まい子の右手を両手で包むと、指を使ってマッサージし始める。

手の平をマッサージされると、とても気持ちよくて、まい子は少しだけ頬が赤くなるのを感じた。

血行が良くなって来た証拠である。


最後に、香苗はまい子の手に握手をすると、まい子は瞬間にくしゃみをしなくなった。

そればかりか、目のかゆみが取れている。


「え?どのツボ押したの?」

「どれかな?色々と触っていたから……どうしたの?」

「ううん。なんか、くしゃみが止まったわ。」

「そう、どのツボが効いたのかわからないけれど、止まったならよかったね。」


香苗は、そういいながら、先程と違って、楽になっているまい子を見ると、少し微笑んだ。

その後、それを見ていた同じ部屋で仕事をしている人が来て、次々へとマッサージを依頼する。

香苗は、この中にもアレルギー持っている人いるのかな?と思うと、快く手のマッサージをし、最後に握手をした。


その様子を見ていた男性がいたのは、気づいてはいなかった。

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