俺はまだ、君の花の名を知らない。~契約結婚からスタートする溺愛方法~【カクヨムコン10短編】
udonlevel2
第1話
――お正月前の忙しさも終わり、花屋『Ideale』(イデアーレ)では三が日までお休みで、4日から仕事が始まる。
裏路地にあるマンションの中にある店舗の花屋でもある為、近辺の方は買いに来るが、専らスーパーへの卸しが主の花屋だ。
俺はその花屋で店長をしながら、日々忙しつつもゆったりとした時間を楽しんで仕事をしている。
「長瀬さん、次の配送の花組み終わりました」
「次の配送に行ってくれるか?」
「了解です!」
店員は俺を入れて4人。
俺が趣味でやっているような花屋な為、正社員の竹久乙葉と、正社員の門馬武人、同じく正社員の有ケ谷喜一がいる。
両親から引き継いだ財産が余りにも多いと言うのもあるが、そこは弟の雷来に管理を任せている。
店舗が入っているマンションもまた、財産の1つで家賃は掛からないのが魅力的だ。有ケ谷が配達用の車に乗って配達に行くと、店は床に散らばった葉っぱの掃除作業に一時的に入る。
机の上を小さい箒で掃いて落とし、床も箒で掃いて集めてゴミ袋に入れていく。
ゴミは契約をしている業者が取りに来る為、夜20時頃に集めに来るようになっている。
「最後の配達、有ケ谷が行ってくれて助かったよ」
「新年あけたばかりだから、お花を新しくしたい方は買うものね」
「まぁ、冬は花が持つからそう動かないんだがな」
「お店の中の花もすっかり無くなっていますもんね。次に鉢物が入るのは明日でしたっけ?」
「そうだな、明日鉢物の日だから店の見栄えよく仕入れる予定だ」
「でも去年の年末から竹久さんが入ってくれてよかったですね! 即戦力です!」
「元々実家が花屋だったんだけど、私の居場所が無くなったから同じ花屋で仕事探していて……長瀬さんのお店で働けるようになって助かってます」
「俺は君に食事の面も頼んでいるから尚更助かる」
「そう言えば同棲してるんでしたっけ」
「ルームシェアよ」
「そうでした」
そう、竹久とはルームシェアをして支えて貰っている。
竹久乙葉、26歳。
彼女は離婚歴のある女性だ。
とは言っても、結婚していた期間は3か月にも満たないそうだが、実家との折り合いも悪く追い出されるように行き場を失い、そこで俺の花屋を見つけて頼み込んで働きたいと申し出たのが去年の年末。
着替えの入った旅行鞄を手に必死に頭を下げる彼女を見て、保護しなくてはと本能的に動いて助けた人物でもあった。
店と家との内部を支えてくれている大事な女性だ。
苦労の多かった人生なのか、シルバーの白髪に染まった髪は艶めいて美しく、黒い瞳はとても優しい女性なのに、何故そこまで家族に邪見に扱われなくてはならなかったのか不思議でならない。
それ程までに、竹久は内面的にも素敵な女性だった。
「竹久さんと長瀬さんはお正月どう過ごされていたんですか?」
「竹久の作る雑煮を食べたり、鍋を食べたりしていたな。正月太りも仕事で無くなると良いが」
「ふふふ、長瀬さん言う程太っていませんよ?」
「俺も今年で29歳だからな。色々気を付けているんだ。それに竹久のご飯は美味しくてつい食べ過ぎてしまう」
「あらあら、ありがとう御座います」
「良い方とルームシェア出来て良かったですね、長瀬さん」
「そうだな」
どんな形であれ、竹久と一緒に住めることは良い事だらけだった。
料理もうまければ掃除もしっかりとしてくれるし、仕事も手を抜かない。
俺の苦手なアレンジだって一手に引き受けてくれる。
それもすこぶる評判がいい。
仕事だって早いし、報連相がシッカリ出来た良い女性だ。
そんな彼女を追いだす花屋があるとは到底思えなかったし、離婚する原因なんて1つも見当たらないのだが……踏み込んでいいまでの信頼関係はまだ気づけていない。
ゆっくり、彼女とは距離を縮めていきたいと思っている。
最後の配達が終わり夜7時には皆は仕事場を後にしたが俺は一人残り、夜8時にゴミを集めに来る富岡と一緒にゴミを収集して、その間会話をしていると、ふと富岡は気になることを口にした。
「ナズハ生花店で働いていた竹久と言う女性が辞めていた。あの店は彼女で持っていたのに、今年の冬は売り上げが大暴落だったようだ」
「ナズハ生花店?」
「隣町の花屋だ。あの花屋の娘だったんだが、跡取り問題に花屋をしたことも無い義兄が名乗りを上げて姉夫妻で追い出したと言う話だ。親の方も追い出した手前、どこに行ったか分からないから探しようがないと嘆いていたな」
「身勝手な親も花屋もあったもんだな」
「見つけたら連れ戻すと息巻いていたが、あそこの花屋はな……」
そう零す富岡に缶珈琲を奢ると、手を洗って珈琲を飲みながら知っている情報を聞き出す。
「娘を道具のように扱うと有名な所だったんだ。竹久には俺は世話になった。彼女の黒髪が真っ白になっていくのを黙って見ているしか出来なかった。結婚も親がその場のノリで決めた結婚で、全く知らない相手だったらしい」
「そんな事ありえるのか?」
「無理やり結婚させられて、夫は一日も戻ってこず別の女のところにいて、夫の浮気がバレて3か月もせず離婚したそうだ。そんな男と結婚させたのは親なのに、竹久に店先だと言うのに恥知らずと罵られていた。心労が祟って髪の色が抜け落ちて、その上跡取り問題で姉夫妻の暴走の果て、彼女は行方知れずとなった。今は何処で何をしているか……」
「そうか……」
「もし長瀬も竹久の事で知っていることがあったら教えてくれ。そして助けを求めていたら助けてやってくれ」
「解った」
そう話を切ると富岡は別のゴミの収集に向かい、俺はため息を吐くと手を洗い住んでいるマンションの部屋まで戻る。
美味しい匂いがしていて、既に竹久が料理を作っているのが解った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「先に風呂を貰うが良いか?」
「はい、湯は入れてありますよ」
「助かる」
――こんなにできた女性が、何故離婚したのか、追い出されたのか知ったが、俺はもう手放すつもり何て毛頭なく。ただ、じわりじわりと開く花の蕾のように……彼女へ対する思いを育てている最中だ。
この花は一気に開く花ではきっとない。
でも、じわりじわりと俺の中で成長をし続けていた……甘い花香りのする花だった。
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