この世界の箱庭で
伊吹 藍(いぶき あおい)
第1話(行方不明多発事件)
私は全速力で走っていた。
親友との約束の時間に遅刻してしまった罪を少しでも軽くするためである。
私は星野恵、この「アミリナス」の土地で生活をしている人間の大学生だ。
――アミリナス。人間と獣人とが共存して生活している都市である。中世ヨーロッパをイメージして作られた都市で、たとえば早朝から市場が立ち並び、人も獣人も賑やかに入り乱れている。もっとも私は市場に足を運んだことは無いのだが……。
腕時計を見ると、待ち合わせの時間から15分も経っている。とにかく今は走るしかあるまい。
「あ、星野さん。課題の提出を、って星野さん!」
大学の一ツ橋教授だ。そういえば、課題の提出がまだだった。
「先生ごめんなさい! 課題は必ず提出するのでまた後で!」
一ツ橋教授がどんどんと遠のいていく。
結果から言うと、待ち合わせに18分遅れて、私は待ち合わせ場所である大学内のカフェテラスに到着した。
私が息を切らしていると、スタスタとこちらへ歩いてくる革靴の足音が聞こえてくる。
「18分の遅刻か……君にしては上等じゃないか」
低い落ち着いた声でそう言う獣人の彼女は、ルルカ=カルパ。私と同じ学部に通う私の親友だ。
「ごめんね、ルル。とりあえずハグさせてーんぐっ!」
私がルルカに抱きつこうとすると、彼女は闘牛を避けるマタドールのごとく、真っ白な毛並みをなびかせて私を避けてみせた。
「痛い……酷いよ、ルル」
「汗だくのその体で抱きつかないでほしいね――ほら、さっさと立ちたまえ。呼び出したのは君だろう?」
「そうだった! ひとまず席に着きましょ」
私はアイスティーを注文し、ルルカがキープしておいてくれた席に着く。
「それで、なんの用だね。君からの呼び出しは、なんだか嫌な予感がしてならないんだが」
「こーれ! 今朝の新聞よ。ここの記事見てよ」
私はとある記事をルルカに強調して見せた。
「なになに、『獣人間都市アミリナスで行方不明事件多発』か。これがどうかしたのかね」
「……これ、きっと神隠しだと思うのよ!」
私が言うと、ルルカはパイプをふかしながら呆れた様子で「君ね、本気で言っているのか」と返した。
「あれ? 思っていた反応と違う。都市伝説が好きなルルなら、もっと反応がいいと思っていたのに」
「確かに都市伝説は好きだが、さすがに神隠しはないだろう」
「じゃあこの人数、見てよ」
「『三日間で約十万人』か。同時多発的に誘拐や人身売買、殺害された可能性もあるだろう」
「物騒だなルルは……確かにその可能性も捨てきれないと私も思ったよ。でもね、この十万人の中には獄中の受刑者とかも含まれているの」
「んっふわぁ~単純に脱獄しただけじゃないのかね」
ルルカは大きな口を開けてあくびをする。まるで興味がなさそうだ。
「ちぇ、ルルは興味ないか。面白いと思ったのにな」
「受刑者が脱獄した事に関しては恐ろしいと思うが、神隠しだとは思わないね」
ルルカはキャスケットをかぶって席を立った。
「ちょっとどこに行くのよ」
「どこって講義だよ。二限に授業が入っているんだ。そろそろ行かなければ」
「親友の興味と大学の講義どっちが大事なんだー!」
「講義だが」
ルルカは私を冷たく突き放した。
「ぶールルのケチぃ……はぁ、私も課題やるか」
結局、アミナリス行方不明多発事件については、これで終わった。
かと思われた……。
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