第2話 蠍
コンコンコン…
扉を叩く
アル「入って」
扉を開けお嬢様の集中を削がぬよう
静かに部屋へと入る。
ヨハン「失礼いたします」
昼過ぎの太陽がお嬢様の部屋へと差し込み
眩くも綺麗な日差しが私の眼を照らす。
ヨハン「お嬢様、
もうじきおやつの時間ですが」
私の名前はヨハン・バイエル
お気軽にヨハンとお呼びください。
アル「あら、もうそんな時間?
今日はなに?」
この方はアルお嬢様、
僭越ながら私が執事兼召し使いとして
仕えさせていただいている、
名家の一人娘でいらっしゃいます。
ヨハン「はい、本日はお嬢様の好物、
パンケーキでございます」
アル「蜂蜜と紅茶はあるのよね?」
ヨハン「もちろんでございます」
すらすらと日記を綴りながら
お嬢様は私へと質問を続ける。
アル「この後の予定はなんだったかしら?」
ヨハン「18:30から、御友人様との
パーティーがあると伺っております」
アル「そういえば、今日だったわね
ドレスを用意しておいてね」
ヨハン「どれにいたしましょう」
アル「今日はそこまで動かないで
話したりするのがメインだから
白……でも食べ物もあるらしいのよねぇ」
ヨハン「でしたら緑のドレスでどうでしょう?」
アル「あー、あの花の?いいわね
それを用意しといて」
ヨハン「かしこまりました」
正直、長年仕えてきましたが
お嬢様のご機嫌を伺う際は
毎度少しドキドキします。
アル「あと、"あれ"もしといてね」
ヨハン「はい、完璧にこなします」
アル「よろしくね」
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お嬢様がおやつを完食され
部屋に戻られるの見送り仕事に戻る。
これから、
私は二つの仕事をしなければなりません。
一つは先ほど命ぜられたドレスの用意。
ヨハン「確か…これだな」
お嬢様はお召し物が多く
毎度あの方の気分で決まるので、
ものによっては、
3年以上出していないものもあるほどです。
これも1年ほど前に使われてから
仕舞いっぱなしでしたので、
久方ぶりに日の目を見ることができて、
このドレスも、喜んでいることでしょう。
おっと、話がずれてしまいましたね。
もう一つの仕事の
準備をこれから地下で行います。
地下室の扉を開け一歩また一歩と
階段を踏みしめながら
目的の部屋へと歩みを進める。
たどり着いた灯りが一つの薄暗い部屋には、
幾つもの棚が並べられている。
右から三つ目、上から二つ目の
古びた観音開き式扉を開ける。
そこには、私が愛用する
刃物の数々が綺麗に整頓されている。
ヨハン「ふむ……」
小振りナイフを4本取り出し
右端の棚から整備用の道具である、
洗剤、タオル、刃先用オイルを、取り出し
事前に準備した60℃前後のお湯を桶に入れ
ナイフを浸ける。
洗剤とお湯で汚れを落とし、
綺麗になったナイフを
タオルで丁寧に水分を拭き上げる。
その後、刃先に錆び防止用のオイルを塗り
完璧な手入れを終えた後、
特注品の皮でできた
鞘へと一本ずつ納めていく。
一気にできるのは四本ほどだが、
これから、何度かに分けて
ここにある全ての
ナイフで同じことを行い続ける。
この行為を初めて行ったときから
早数十年もう慣れてしまいました。
そのお陰か、
合計60本近くあるナイフの手入れも
1時間前後で済みます。
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ヨハン「行ってらっしゃいませお嬢様」
馬車へと乗り込むお嬢様へと声をかける。
アル「えぇ!楽しんでくるわ!」
ヨハン「お怪我のなさりませんように」
アル「相変わらず心配性ねぇ…大丈夫よ!」
ヨハン「はは……そうでしたね
申し訳ありません」
アル「謝らないで、
それがあなたの良い所じゃない」
ヨハン「ありがとうございます」
アル「仕事も完璧にしてくれるしね…」
アルお嬢様は私へと
冷たくも期待の籠った眼差しを向ける。
ヨハン「もちろんです」
アル「それじゃ出発よ!」
馬の鳴き声がした後
カラカラと音を立てながら
馬車が走り始めるところを見送る。
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おや、そう言えばアルお嬢様が
私に何をお願いしてたかを
説明してませんでしたね。
ナイフを整備していましたので
察した方もいらっしゃるかもしれませんが、
仕事は_____
ヨハン「ここですか……」
"殺し"です。
私は堂々と正門から
侵入する。
とはいっても、誰彼構わず
殺めるわけではありません。
アルお嬢様が依頼を受け
私が実行する。
基本的には、
法の外に逃げた下衆を
法外な方法で裁く
仕置き人です。
「誰だおま____」
ヨハン「静かになさい」
対象を守るように配置されていた内の
一人を声が出ぬよう口をおさえ、
ナイフで静かに喉元を掻き切る。
おそらく、金に釣られた愚連隊だろう。
……今回は対象のみの暗殺ではなく
館にいる人間の壊滅、徹底的に。
ヨハン「正面から入ったのですから
頑張って足掻いてくださいね」
「侵入者だ!」
「殺しちまえ~!!」
彼らは私の首を取るために
集団で殴りかかってくる。
…もう少しマシな動きは
出来ないものだろうか。
そんなことを思いながら、
一人、また一人と迅速に命脈を絶っていく。
残ったのは、
ターゲットの下衆とおそらくそれの側近
ヨハン「これは運命だったんですよ」
ターゲット「くっ!
こんなやつ速く殺ってしまえ!
オーリ!!」
オーリ「あいよぉ!」
身長が天井に
到達するのではないかと言うほどの大男が
指をバキバキと鳴らしながら私を見下す。
オーリ「俺が相手とは残念だったな」
ターゲット「こいつは一人で
百獣にすら勝つほどのバケモンだ!
ナイフ使いのお前には最悪の相手だ!!」
ヨハン「来てみなさい」
分かりやすくオーリとやらの
顔を指差し挑発してみる。
すると、みるみるうちに
顔が赤くなり血管が浮き上がってくる。
オーリ「舐めやがってぇ!!」
固く握りしめられた岩のような拳が
私に降りかかるが、
当然当たりはしない。
オーリ「おら!おら!おら!」
必死に何発も打つが当たるのは
空か床のみ、
そろそろ時間が気になるところだ……
そう思いオーリから距離を取り
胸に仕舞っていた懐中時計を取り出す。
オーリ「時計なんざ見てる
余裕があるのかなぁ!」
オーリは背負っていた大きな弓を取り出す。
ターゲット「こいつはその怪力だけじゃなく
弓の名手だ!
お前に勝ち目なんかない!」
矢を装填し弦を引く
オーリの顔は、
やたらと趣味の悪い笑顔が見えた。
ヨハン「そろそろですかね……」
オーリ「あ?何が____」
何か言いかけるとオーリは、
突然、バタバタと全身を激しく痙攣させ
泡を吹きながら倒れた。
ターゲット「あぇ……?」
ヨハン「何か勘違いをしているようなので
教えておきますが、
私はナイフ使いじゃないですよ」
ターゲット「そ、そんなわけない
実際、こっ、ここに来るまで
ナイフで殺してたじゃないか!!」
私はターゲットにゆっくりと近づきながら
にこやかに笑う。
ヨハン「私は、蠍なんですから、毒使いですよ」
ターゲット「ぁ……あぁ……」
顔を近づけそう話すと、
怖気付いたのか白目を向いて
気を失ってしまった。
ヨハン「もう少し芯があると
思ったんですけどね」
殲滅に成功したが、
思ったより館が広かったからか
時間がかかってしまった。
早々に帰ってお嬢様をお出迎えしないと。
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ヨハン「お帰りなさいませ、お嬢様」
アル「ヨハン!」
パーティーが余程楽しかったのか
私に向かって馬車から飛び降りる。
それを私は抱き止める。
ヨハン「お嬢様危険でございます」
アル「あなたは私を落とすなんて
ミスしないでしょう?」
ヨハン「えぇ…」
アル「まだ下ろさないで…
あなたの腕の中は嫌いじゃないわ」
お嬢様は私の心音を聞くように
胸に耳を当てる
ヨハン「左様でございますか」
アル「そう言えばね、パーティーで
こんなことを聞いたの」
お嬢様がパーティーで聞いたと言う、
この世界の中心にあるコロシアム、
そこで行われるという戦いについて話された。
アル「どう?興味ない?」
ヨハン「私は、お嬢様の命に従います」
お嬢様は私の頬を艶かしく指でなぞる
アル「私はもう一度、
あなたのあの顔が見たいの…」
ヨハン「………」
アル「あの、好敵手を見つけた獣のような
あの顔が……」
ヨハン「あなたの命ならば、喜んで」
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私は、会場へと向かい
暗闇からコツコツと足音を鳴らしながら
身だしなみを整える。
ナレーション「対して!
東口から現れるは!
蠍座代表!!
ヨハ~~ン・バ~イエル!!!」
ヨハン「さて、楽しみましょうか」
~つづく~
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