第14話 売れない作家、人気配信者と語りあう

「か、カイ兄!?」

「美波! 先に戻ってくれ! 松尾さんみんなを頼んだ!」

「じゃ、ジャスティスですぞ!」



 それ掛け声なの? とツッコミながら、俺はハルルさんを助けに水中に潜る。


 勢いのある水流に流されながらも、俺は彼女を探す。



「――ッ」

(いた)



 彼女の微かな声を聞き取った俺は急ぎハルルさんの体を抱きしめる。



(もう水上には上がれそうも無い、ならば)



 俺は水の流れに逆らわず彼女を抱えたまま潜水。


 そのまま一気に最下層付近の洞穴へ抜けた。



「ゲッホ!」

「――コホン!」



 拓けた空間の岩場に彼女を引き上げる……よかった、息はあるようだ。


 だが、一難去ってまた一難。


 ギィ……ギィ……ギィィィ……



「ですよね」



 中層から最下層に抜けてきた俺たちを出迎えるは、先ほどとは非になら無い凶悪なモンスター連中だ。



「ったく、こんなことになるとはね」



 耳の中に入った水をほじりながら、俺はタワーシールドを召喚する。



「サンドクラブに苔ザリガニ……何だ? 今日は同窓会だっけか?」



 大昔、カメラ片手にこいつらの猛攻をしのぎながら円佳の動画を配信してたなぁ……なんて感傷に浸っていると。



「ギィィィ!」



 サンドクラブがハサミから砂の塊を放置してきた。


 サンドブレスと強靭なハサミ、遠近両方に隙の無いモンスターだ。


 そして苔むした体で滑らかに滑ってくる苔ザリガニ。


 一対一はさほど脅威ではないが、数で押し切られるとても厄介な連中、時間を掛けるともっと巨大なモンスターがやって来るかもしれない。



「やるしかないか、短期決戦だ」



 旧交を温めるつもりはサラサラない。ハルルさんもいるし、ここは出し惜しみ無しでやらせてもらう――



「フレイムシールド」



 タワーシールドに内蔵された魔石が起動し、盾が赤く光り炎を纏いだす。


 耐水、耐炎を兼ねた防御術の一種、だが盾で殴る俺にとっては強力な魔術師にも負けない炎術と化す。


 俺は燃えゆく鉄の塊を高々と構えた。



「消し炭になれ! 灰燼打撃!」



 フレイムシールドにシールドチャージとシールドブーメランを組み合わせた俺のオリジナル複合技だ。



「オラァ!」



 ギィィ!?


 まず燃えた盾を用いたシールドチャージで相手の動きを一瞬で止める。


 そして、止まった相手全員ターゲットにできる位置から炎の盾をぶん投げる荒技だ。


 ボッゴン! ボッゴン! ボッゴン!


 モンスターたちはボーリングのピンが如く、燃え上がりながら吹き飛ばされる。


 気がついたら空洞内には甲殻類の香ばしい匂いが充満していた。うーん、シーフード。



「まあ、こんなもんか。帰ったら焼きエビで一杯やりたくなってきた」



 久しぶりにやったが、まだ腕が落ちてないようでよか――ん?



「……」ジーッ



 目を覚ましたハルルさんがこの様子を驚き混じりで見やっているではないか。



「驚かせてゴメン、体は大丈夫ですか?」

「あ、はい……また助けていただきましたね」

「そんな、気にしないで下さい」



 大丈夫と言う彼女だが、どこかぎこちない様子。何か変な所でも打っちゃったのかな?



「えっと本当に大丈夫?」



 彼女はこっちの顔をジッと見ながら妙なことを口にし始めた。



「伝説のダンジョン配信者、日高円佳。ダンジョン研究者の第一人者してダンジョンの有用性や危険性を説いてきた彼女」

「ど、どしたの?」



 やっぱ頭でも打ったのかな? それとも酸欠か?


 だが彼女はハッキリした口調で続ける。



「当時の配信はダンジョンに携わる者のバイブルとまで呼ばれています」

「はぁ」

「しかし、彼女が注目される一方、彼女の「相方」と思わしきアシスタントの男は全く世に出ることが無かった」

「えっ何? 急に……」



 ハルルさんはキッと俺を睨む。



「配信動画の中では今みたくモンスターを燃やしたり、日高さんを守ったりアシスタントとして八面六臂の活躍」

「お、おう……」

「さらに人気なのは彼女との軽快なやり取り! その声質は――」

「いや、俺じゃないよ」



 上擦った声で思わず否定してしまう。


 だが彼女は「ボロを出しましたね」と問い詰めてきた。



「なぜ否定を? 聞いていないのに答えるのは自白と同然ですよカイ兄様!」

「し、知らない知らない!」

「なぜ隠すんですか!? むしろ誇るべきだと思うのですが!?」



 肉薄する彼女から俺は必死で目をそらし誤魔化そうとした。



「いや、別人だけどぉ。多分、面倒だからじゃないかな?」

「面倒とは?」



 怪訝な顔のハルルさん。なんか俺、誤魔化すというか自分の心境を懺悔している気がするけど……きっと彼女の雰囲気がそうさせるんだろうな。



「アルバイトのつもりで始めただけで、変に目立ちたくないんじゃない? 知らないけど」

「なるほど、だから面倒だと」

「あくまで俺の推察だけどね」



 ハルルさんは納得の表情を見せた。



「真鍮察するに余りあります」

「いや、推察だから、推察」

「そういうことにしておきましょう……ふふ」



 なんか含みある笑みだなぁ……困った。



「と、とにかくちょっと暖まってから帰ろう、ちょうど火もあるし」

「はい」



 一段落した俺たちは燃えるモンスターで暖を取ることにする。


 パチパチと燃えるサンドクラブや苔ザリガニ……たまに足が動いたりするのがグロテスクだがこの際気にしてはいられない。



「うわ濡れたうえに砂まみれ……洗濯大変だぞ」



 装備を解いて上着を脱ぎ、フードの部分に溜まった砂を見てゲンナリする俺。


 そんな俺のとなりではハルルさんが堂々と上着を脱いで裸足になっていた……生足とスポブラとか刺激が強いんですけど。


 思わず目を背け、言い訳がましいことを口にしてしまう。



「み、見てないですから」

「見ていただいても問題ないのですけど」

「不測の事態とはいえ、問題ありますって、コンプラ的に」



 あたふたする俺を見てハルルさんは笑っているようだ。ちょっと小悪魔的要素もあるのかな? まったくもう……


 そんな彼女は先ほどの話の続きを始めた。



「仮にあの伝説のカメアシでなかったとしても、なぜそんな実力を持ってダンジョン配信者にならないのですか? いえ、配信者で無くとも潜るだけで相当稼げると思いますが」



 「一財産を築けますよ」とハルルさん。



「その理屈は分からなくも無いんだけど……」



 俺は砂を払いながらこう答えた。



「ま、夢と見栄のためさ」

「夢ですか?」

「そうそう、俺やりたいことがあってね。そのため昔ダンジョンに潜っていたわけ、バイト感覚で」



 とりあえず夢は売れっ子作家というのは伏せておこう。興味本位でアレコレ聞かれても困るのよ。売れない作家の愚痴祭りは相手にとっても迷惑だろうし。



「あぁ、伝説のカメアシと同じですね」

「……ソダネッ」



 ハルルさんの鋭いツッコミは適度に流し、俺は続ける。



「ほら、夢の為にバイトしているとき正社員に誘われたら心揺らぐじゃない、そんな感じだから敢えて遠ざけていたというか……」

「えぇ、分かります。なまじ才能があるからお誘いも相当なモノでしょう」



 確かに円佳の他に何社かダンジョン関係で勧誘されていたな、装備メーカーとか配信系の芸能事務所とか……


 何か思うことがあるのか、ハルルさんはゆっくりと自分語りを始めた。



「私も似たようなものだからわかります。もっとも私はそのまま就職でしまった感じですけど」

「そうなの?」

「えぇ、父のコネでバイトしていたらそのまま就職。そして父の後を継ぐ感じで……」



 ハルルさんって結構いいとこの娘さんなのかな? 大企業を経営とか?



「私はその職業に憧れがあったのですが……やはり夢と現実は違うものですね。だんだん嫌な部分が見えてきてしまって」

(わかる~……作家ってコミュニケーションがあれほど大事とは思わなかったよ。あと締め切りが大変とか聞くけど売れない作家は企画が通らないから締め切り以前の問題なんだよなぁ)



 俺は大きく頷いた。めっちゃ同意できる。



「ままならない事は、よくあります」

「そうですね」



 通じる部分があるのかお互い笑ってしまう。


 そしてハルルさんは仕事の愚痴を語りだす。



「私のところじゃあ才能無いのに、変なこだわりの強い人間を相手にすることが多くて」



 ほうほう、まるで編集と作家のような関係だなぁ。



「ことあるごとに「あれは出来ない」「あれはやりたい」って言い訳ばかりで。そのクセ頭でっかちで……やりたくないことは「リアリティに欠ける」やりたいことは「ファンタジーの範疇」って、諦めてほしいのにバイタリティだけがあって。本当しつこくてというか」

(何かの商品開発に携わっているのかな?)



 そんな人に親近感を覚えてしょうがない俺は門外漢ながらついフォローしてしまう。



「優しくしてあげてください、努力できる人は貴重です、それも才能です」

「優しいですねカイ兄様」

「アハハ」



 なんか真面目な話して変な空気になってきたな。ハルルさんも火に当たりすぎて頬が赤くなっているし。



「そろそろ帰りましょうか、火に当たりすぎても体に悪いですし……体は大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないです」



 即答するハルルさん。



「えっと、どこか痛めた?」

「わかりませんが、動けません。というわけで帰るなら抱っこを希望です」

「えぇ……」



 なんか駄々っ子始めたぞ?



(これで社会人なんだよな……あぁなるほど)



 あまり親に甘えることができなかったから、俺みたいな年上に甘えたくなるのかな。



(飛び級の天才だし、父親の跡を継いで甘えを見せられない状況だったんだろう)



 不正本能をくすぐられた俺はつい彼女を甘やかしてしたくなってしまう。



「わかったよ、はい背中」

「いえ、お姫様抱っこ希望です」

「……しょうがない、今日だけですよ」



 なんか姪っ子が一人増えた感じだなぁ。そう思いながら俺は彼女を抱え上の階へと戻るのだった。




※次回は12/27 18:00頃投稿予定です


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 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 


 また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。



 この作品の他にも多数エッセイや



・追放されし老学園長の若返り再教育譚 ~元学園長ですが一生徒として自分が創立した魔法学園に入学します~


・売れない作家の俺がダンジョンで顔も知らない女編集長を助けた結果


・「俺ごとやれ!」魔王と共に封印された騎士ですが、1000年経つ頃にはすっかり仲良くなりまして今では最高の相棒です


 という作品も投稿しております。


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