第13話 売れない作家、ホルスの羽争奪戦に参加する

「カチコミじゃぁぁ!」

「ぬぉぉぉ!」



 パンッ! パンッ!



 坊田君は手にした銃器を撃ちながらダンジョンへ突撃、バクテリアの面々は彼に続いて猛進していく。後方支援の射撃使いが先陣切るのはどうかと思うが「彼ら」らしいっちゃらしいな。


 意気揚々と踏み込む坊田君率いる「バクテリア」。



「さぁ行こうカイ兄! 再生数ビンビンだよ!」



 息巻くは最近再生数の鬼と化した美波……




<頑張れカイ兄!>

<陰キャ代表やったれ盾ニキ!>

<どっちかっつーとミナミンも不良側な気が……>



 コメント欄には「美波も不良にしか見えない」が多数。親戚の俺からしたらもっと言ってやって欲しい、そして気がついて欲しい。



「まぁお義兄さんと姉貴の影響があるんだろうな。二人とも元ヤンだし」



 冷静に考えたら素養ありすぎ、末恐ろしい女子中学生だな。



「ぬぅ、なかなか至難の業ですなぁ」



 一方、松尾さん。アシスタントとしてドローンの微調整やコメントを拾ったりと忙しそうだ。


 昔はカメラ片手だったが、今の時代は便利になったとはいえ、なんでも慣れるまで大変だろうな。


 俺は美波と松尾さん、二人の初心者をフォローしながら潜ることになる。



「ハルルさん、大丈夫?」

「はい。中層までならばよく潜っていますので」



 それは頼もしい、心に余裕の出来た俺はふとした疑問を口にした。



「ところでハルルさんってどうしてダンジョンに?」



 彼女は照れ笑いしながら教えてくれた。



「お恥ずかしながら親や仕事のストレスというか」

「ストレスかぁ、ハッハッハ、納得だ」



 確かにモンスターぶっ飛ばすのは良いストレス解消になる。



(俺もいつ企画会議に通るかどうか分からない、いや会議にかけられているかも怪しい状況で相当ストレス溜まっているし。今度定期的に潜ろうかな……顔も見たことない編集長をイメージして……おっと)



 負の感情が湧き出てきてしまった、いかんいかん。


 自分の顔が険しくなっているのに気がついた俺は努めて和やかに振る舞う。



「お互い大変ですね、ハルルさん」

「は、はい! 気が合いますね私たち!」

「こりゃ! イチャコラしていないでくだされ! コメント欄が若干燃えはじめ、しかも相手チームはズンズン進んでおりますぞ!」



 松尾さんに発破を掛けられた俺は先ゆく不良たちを見やる。



「オラオラ!」



 地元最強を名乗っているのはダテじゃないようで、チームワークがいいのか思いのほかスムーズに進んでいる。



「中層までは余裕で行けるだろうな、さてと」

「カイ兄! アイツらに負けないためにも例の最短ルート行こう!」



 美波の提案だが俺は首を横に振った。



「いや、急ぐ必要はない。お前と松尾さんが慣れるようゆっくり進むぞ」

「ぬぅ!? 心配無用ですぞ! ……っと」



 松尾さんはそう言いながらもあたふたしていた。


 今後、俺抜きでやってもらうためには彼に上達してもらう必要がある。松尾さんの成長を促すべくここはゆっくり確実に頑張ってもらいたいね。


 せっつく美波を安心させるため、俺は笑顔を向ける。



「大丈夫、大丈夫だって」

「だって、なんでしょう?」

「ホルスって、そう簡単に倒せないッスもん」



 中層より少し下。


 例の果樹園から少し離れた場所には崖のような大空洞が広がっている。


 静謐な空気を醸し出しているのは滝が流れているからだろう。コンコンと湧き出る地下水が集約され最下層まで流れているのだ。


 この水流に足を取られたら最後、下の階層まで流されてしまう。



「運が悪いとモンスターがウジャウジャいるモンスターハウスに流されて、そのままリターナーのお世話になってしまうこともあるんで」



 俺の忠告に松尾さんが生唾を飲み込む。



「な、慣れない作業で不注意せぬよう気をつけます」



 さーて、先に行ったバクテリアの連中はと。


 目を凝らして見ると、やはり彼らはホルスに苦戦していた。


 ホルスだけではない、周辺には水中から襲い来るキラーピラニアに蟹のモンスターのサンドクラブなど……他モンスターの襲撃にも苦戦しているようである。


 そしてメインターゲットのホルスは――



「クワァァ!」カッ!

「こ、こなくそ!」



 パンッ! パンッ!



 ホルスの輝く目潰しでターゲットを絞れず坊田君の銃撃はかすりもしない。


 そして目のくらんだ彼を周囲のモンスターが狙ってくる……そう、ホルスと一帯のモンスターは共存関係にあるのだ。


 周囲のモンスターに襲わせる生態を持つホルス。



「クァァ」



 自分は悠々自適、高みの見物……とまぁ、たちの悪いこのハメパターンがホルスの強みなのだ。


 さらに崖という不安定な足場……慣れない人間には大変だろう。



「うりゃぁ! こんのぉ!」



 坊田君は必死にホルスを狙うも全て避けられ苛立ちを隠せない。



「畜生、どうやって倒せばいいんだよ!」



 吠える坊田君を尻目に美波が首を傾げる。



「確かに気になるねえ、どうやって倒すの」

「坊田君のように遠距離の武器がないとお手上げかと思いますが」


 コメント欄も「気になる」の大合唱だ。



<シールドブーメラン?>

「まあそれも正解だね……」



 シールドブーメランも一つの手だし、他にも手段は豊富だ。



「俺のような盾使いは周囲の被害を極力減らす先方を選ぶぜ……松尾さん、ドローンを少し遠ざけてもらっていいですか?」

「あ、はい。了解ですぞ」

「じゃあ、みんなちょっと、俺の正面から離れてね」

「わ、わかりました」



 皆が距離を取ったのを確認した俺はホルスの方を凝視する。



「……クワ」



 見られて気分が悪くなったのか岩場から飛び立ち別の場所に移動しようとするホルス。



「――ッシ!」



 その瞬間を俺は見逃さなかった。


 ホルスが飛び立ったのを見計らい、俺はシールドを扇ぐように振り回す。


 お祭りで大きな団扇を振っているのをイメージして欲しい。あんな感じで力強くだ。



「……クワ?」



 空気の渦が当たり、羽ばたいていたホルスが空中でよろめく。


 何とか飛行姿勢を維持しようとしているが間髪入れず俺は扇ぎ続ける。



「――ッシ!」

「…………クワ」

「――ッシ!」

「……く、クワァァァ」



 何度も空気の渦を当てられホルスは飛行姿勢を維持できず、そのまま地面に降り立った。



「よし、降りた降りた」

「うっそ? 振り回した風でホルスを!?」



 驚く美波をよそに、俺はジェスチャーで松尾さんにドローンを近づけてもいいと指示する。



「ほいほいっと……いやぁ! しかし見事ですな! 初めて見る技ですぞ!」

「えぇ、空気砲という技です。飛翔するモンスターの地面に落とすシールドスキルの一種ですね」



 俺は空気砲について説明する。



「空気の渦を作って飛行の邪魔をするんです。ダメージは与えられませんが効果は高いですよ。それにずっと風が当たり続けるとモンスターによってはイライラするので、ヘイトコントロールも兼ねています」



 コメント欄は「なるほど」で溢れる。



<そっか、気持ちよく飛んでいる時邪魔されてムカついたのか>

<エアコンの風がずっと当たると嫌な気分になるもんな>

<俺、ドリンクバーで粘る客が来たらそいつに風がずっと当たるようエアコン調整しているぜ>



「なんか一人、性格悪いヤツいるな。俺も喫茶店をコーヒー一杯で粘るのは控えよう……おっと」



 俺が反省しているとホルスは低空飛行で俺の方に向かってきた。



「クワァァァ!」

「おぉ、怖い怖い」


 このホルス、周囲のモンスターと連携して相手を弱らせる狡賢い鳥なのだが獰猛な爪やクチバシ攻撃はなかなかに厄介。



「だが、俺は盾の使い方には一家言有るんでね」



 俺は落ち着いてホルスの猛攻を盾で受け流した。


 ゴイン! ゴッイン! ガゴン!


 タワーシールドから鈍い音が響く。



「中々のパワー……でも、この程度ならば問題ない。ッシ!」

「クワァァ!」



 俺はヘイトが他の人に向かないよう小さな空気砲を細かく当てる……なんだか無闇矢鱈に盾を振り回す変人と鳥が争っているように見えるが、それを気にしたら盾使いは務まらない。


 十分引きつけたところで、俺はハルルさんと美波……そして坊田君に指示を出す。



「二人はサイドから攻撃して! あと坊田くんは飛んで逃げないように銃で牽制してくれ」

「えっ!? 俺!?」



 争ってる相手なのに何で? という顔だった。そんな顔するだろうと思っていたよ。


 俺はゆっくり諭すように、協力を仰いだ理由を説明する。



「早く倒さないと君のチームメイトが大変なことになる、ここは協力したほうがいい」



 そうさ、腹黒円佳の策なんか真面目に取り組む必要なんて無い。そんなんで怪我しちゃ可哀想すぎるだろ。



「坊田君率いるバクテリアの面々が大怪我する前にホルスを倒しすのが賢明だぜ」

「でも……勝負じゃねぇか!」

「意地張るな、仲間が川に流されたら一気に最下層……そんなん、ほっとけるかバカタレ」



 正論に坊田くんは押し黙ってしまった、ちょっと言い過ぎたかな?



「さすがカイ兄様ですね」



 ハルルさん、なんだか凄い褒めてくれるのは嬉しいんだけど、「様」呼びってちょっといきすぎじゃない?



「へぇ……カイ兄って、こうやってポイント稼ぎするんだ」

「お前、人聞き悪いこと言うな。ポイント稼ぎじゃねっての」



 自分に似合わぬ綺麗事を口にしたと実感はあるさ。


 でもな妹よ。実はポイント稼ぎとは違う「別の思惑」があるのだよ。


 俺は小さくほくそ笑む。



(伝説の配信者にしてダンジョン研究の権威「日高円佳」の部下になりたい坊田君率いるチームバクテリアの面々。それなりに腕のある彼らが円佳のパシリ……おっと、部下になってくれれば、俺がコキ使われることがなくなるだろう)



 まさにウィンウィンの関係! 勝負なんて二の次さ! 彼らには是非とも頑張ってもらいたい!



(んでもって松尾さんが美波のカメアシになってくれれば俺は完全に自由。作家に専念できるって寸法よ! どうよこの完璧な計画!)



 思わずほくそ笑んでしまう俺。



「ッシ! ……ヒッヒッヒ」



 盾を振り回しながら変な笑いがこみ上げてくる変人に見えるが、気にしないで欲しい。



「クワァァ!」

「おっと」



 ホルスのターゲットが移らないよう適度に叩いたりしてヘイトをコントロール。



「それそれ!」ザッシュ! ザッシュ!

「っしゃ! コラ! オラァ!」ゴッス! ゴッス!

「逃げんな!」パンッ!

「ん~ハルルさんナイス攻撃! ミナミンもある意味将来性抜群の殴りっぷり! あとついでに坊田君も頑張って下され」



 坊田君は「俺適当過ぎない!?」と銃撃の合間に律儀にツッコむ。なんだろう、地味に馴染み始めたな彼も。


 松尾さんも余裕をもってアシスタントができているようで、ドローンの微調整やコメントの読み上げだけでなく、バクテリアの面々もフォローしてくれている。



「いいねぇ、いい「チーム」だよ」



 そして小一時間後。



「うっしゃあ!」



 坊田君の放った弾丸がホルスの後頭部に直撃。


 粘ったホルスも遂には力尽き、羽根だけを残して消えてしまった。



「「「「やった-!」」」」



 歓声が大空洞に響く。


 強敵を倒した達成感にハルルも美波も喜こび、松尾さんやバクテリアの面々も争うべき相手にも関わらず互いに喜びを分かち合っていた。



「ふう」



 俺は久しぶりの長時間肉体労働に額の汗を拭う。



(一人だったらもっと楽だったけど……それは野暮ってやつだな)



 そんな俺の元にバクテリアのリーダー坊田君がやってくる、手にはホルスの羽根が。



「おい、いえ、あの……」



 最後に倒した人間がアイテムを得るのはダンジョン暗黙のルール。彼が羽根を得る権利があるのだが……



「えっと」



 彼は自分が持っていてもいいのかと困った表情を浮かべていた。



「すみません、これ」



 俺の戦いぶりを見て何か思うところがあったのか、突入前のオラつきが打って変わって年相応の態度になっていた。


 俺は彼のホルスの羽根を持っていくよう促す。



「いいよ、持っていきな」

「いえ、さすがに俺が手にする権利はないッス。アンタの……カイ兄さん実力は伝わったというか――えっと、嘘だってコキ下ろしてして! すみませんでした!!」

「「「すみませんでした」」」



 不良連中に一斉に謝られるのは初体験だ……場所がダンジョンじゃなかったらヤクザの親分に思われそうだな。うん。



「謝らなくていいし、これは君が持って帰りなさい」

「えっ、でも勝負……」

「別にいいさ。君たちはあの日高円佳の仲間になりたいんだろう? これは差し出せばチームごと雇ってくれるはずさ」

「カイ兄……あ、ありがとうございます!」



 破顔して俺の手を握ってくる坊田君。いやぁ面倒な円佳の依頼を押しつけたいだけなんだけど……喜んでくれるならいいか。


 一段落ついた、あとは帰るだけ……そんな折だ。



「こ、この流れならば……」



 ん? 何やら不安な気配――と思ったら、なぜかハルルさんが俺の手を握ろうと迫ってきた。



「私も嬉しいですカイ兄様!」

「えっ、ちょっ」



 咄嗟の出来事につい俺は身を翻してしまう。



「あ」

「あ」



 そして行き場を失った彼女は――


 ドボン!


 勢いそのまま、ハルルさんは川に流されてしまう。



「なんてこった!?」



 激流は最下層付近に繋がっている、もしモンスターハウスだったら大怪我じゃ――



「っ!?」



 俺は考えるよりも先に川に飛び込んでいた。


※次回は12/25 18:00投稿予定です


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 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 


 また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。



 この作品の他にも多数エッセイや



・追放されし老学園長の若返り再教育譚 ~元学園長ですが一生徒として自分が創立した魔法学園に入学します~


・売れない作家の俺がダンジョンで顔も知らない女編集長を助けた結果


・「俺ごとやれ!」魔王と共に封印された騎士ですが、1000年経つ頃にはすっかり仲良くなりまして今では最高の相棒です


 という作品も投稿しております。


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