第7話 売れない作家、ジャスティス松尾と対戦する
「自治系なのに無闇に喧嘩売っていいんですか?」
ルール守る側でしょアナタ……というツッコミは彼には届かないようだ。
「純愛の前にはルールなどあってないような物!」
「暗に自分の存在を全否定してるじゃないですか……」
羨ましいなその強メンタル! 俺もこんな感じで編集長に強く出たらな……
無言でそんな余計なことを考えていると「無言=承諾」と受け取られたのか、周囲のギャラリーは盛り上がり勝手に配信する連中まで現れた。
「勝手に配信しやがって……」
「とにかく盛り上がってきたねカイ兄。ほら、再生数もうなぎ登りだよ」
「お前、お金に対する嗅覚がすごいな……ったく」
あっという前に、引っ込みがつかなくなって状況。
身バレしないよう、俺はフード深く被って松尾さんと相対する。
「まぁ、これも人生経験ってやつかな」
そういえば一度も人間相手に戦ったこと無いな。
あの頃はまだ配信者の黎明期。あの頃の対人は不良の喧嘩扱いで警察に止められるものだったからな。
それなのに今じゃこんなにワイワイと……
<ジャスティス松尾が戦うってマジ!?>
<ミナミンじゃなくてカイ兄!?>
<盛り上がってきましたw>
<ハルルの探していた盾男ってカイ兄なの!?>
コメント欄もこの有様だ。
(まずいな、ちょっとワクワクしてきたぜ)
俺は呆れてしまう……ダンジョンで喧嘩がレジャー化していることも、ちょっと楽しくなってきた俺自身にだ。
「じゃあやろうか、松尾さん」
「勝負ですぞカイ兄!」
「カイ兄呼び、本当にやめてくれよ……」
こんな大っきな弟(面倒くさそう)いらんて。
<頑張れカイ兄w>
<自治厨VS盾ニキw>
<姪っ子さんを俺に下さい>
人の気も知らず、コメント欄も大いに盛り上がっている……もうニキ呼びがついてんじゃん。あと姪っ子はやらんというかお義兄さんにひねり潰されるぞ。
「まったくもう」
「ふむ、勝機……では尋常に……」ソロリ
俺が苦笑してるところ、松尾さんは「隙アリ」と先制攻撃を見舞ってきた。
「先手必勝のジャスティス! ソォォォドッ!」
いきなりの奇襲攻撃に俺は呆気にとられてしまう。だってそうだろ、ルールを守れという自治系配信者がルールギリギリを攻めてきたんだもの。
「何がジャスティス何っスか! んもう!」
どいつもこいつも自由過ぎません!? ……ただまぁこの程度の奇襲は俺にとって大したことは無い。
(最深部じゃ擬態したモンスターからの奇襲なんてしょっちゅうだったもんな)
俺はしっかり相手の動きに合わせて盾を構え、弾く。
ゴインッ!
鈍い音、松尾さんは自慢の剣戟をいなされ驚く……かと思ったら想定内のようだ。笑ってやがる。
「ん~! ま~だですぞ!」
彼は弾かれたあと体を捻り姿勢を低くし俺の後ろに回る。バレー選手が飛び込んでレシーブするような低い低い姿勢だ。
(ん? 今の攻撃が囮でこっちが本命? ……って!?)
後ろに回る松尾さんを目で追っていると、彼は手のひらに仕込んだ「何か」を顔に投げつける。
「ジャスティス目潰し!」
顔に砂のような物が当たる。
(香辛料っぽいヒリヒリ感とざらつき……これは鉄の粉か? 正義もへったくれも無い目潰し攻撃じゃねーか!)
涙で視界がぼやける中、「ぬっふっふ」と悪い声。松尾さんのほくそ笑む顔が脳裏に浮かぶ。
「ハイドアタック! レッグアタック! プラス目潰し! 名付けて「松尾スペシャル」! ですぞ!」
この人、ジャスティスジャスティス言ってるけども適正は暗殺系なのか? めっちゃキャラと真逆適正じゃないですか!?
初太刀が防ぎ油断した相手の視界を塞ぎ、後ろに回って足を潰す……実に理にかなっている。並の冒険者なら初見じゃ防ぐのも難しい奇襲作戦だ。
「だが……相手が悪すぎだぜ」
「なんですと!? ……ぬわす!?」
ドゴッ!
俺は足元にタワーシールドを思いっきり突き立てる。
ズズン……揺れる地面。
「ぬわーッ!」
姿勢を低くしているところ足元が揺れ松尾さんが倒れた音が聞こえる。
「悪いね、ある程度目をつぶっても対応できるんだよ、盾使いってヤツはさ」
円佳をカメラに納めながらモンスターの猛攻を防いできた俺、視界を防がれた時の対処法は熟知しているつもりだ。
「それに、ジャスティスと声を出しながらの攻撃は位置を知らせているようなものだぜ」
「ぐぬ、ご忠告感謝します! だがまだ負けではありませぬ!」
目をこすり視界を確保している間、立ち上がった松尾さんは俺からかなり距離を取っていた。
次の攻撃に備えカウンターの姿勢かな? しかも盾しか装備していない可笑しな相手、とりあえず様子を見るのは正解だろう。
でも……
「悪いな、そこも俺の射程範囲なんだ」
大きく盾を振りかぶる俺。野球の投手のようなモーションに松尾さんも、周囲も怪訝な顔をした。
俺はその姿勢から思いっきり盾をぶん投げてみせる。
「シールド! ブーメラン!」
振りかぶって投げた巨大な盾は地面スレスレを飛びながら、松尾さんの顔面目掛けが迫っていく。
「じゃ!? ジャスティス回避! ジャスジャスティース!」
松尾さんは不格好ながら、よく分からんジャスティスを連呼しギリギリ回避してみせた。なかなか俊敏、やっぱ適性は暗殺者じゃね?
「あ、危なかったですぞ……だがしかし、しかしだが! 形勢逆転でございますなぁ!」
脂汗を浮かべながら笑う松尾さん。
確かに俺は唯一の武器兼防具を手放し丸腰だ、でもね。
「勝ち残っていると悪いけどさぁ」
「なんですか? そっちは丸腰、「降伏」していただけるとハルルとコラボでき私は「幸福」ですぞ」
いや、うまいこと言ってねーし。
俺はフードの上から頭を掻いて、彼の後ろを指をさした。
「シールド「ブーメラン」なんだよね」
「何を……てぇ!?」
「そう、ブーメラン、手元に戻ってくるんだわ」
勢いそのまま旋回しながら戻ってくる鉄の塊。
「ぬわす! ぬわっす!」
松尾さんは奇妙なかけ声を発しながら必死で避ける。這いつくばって地面に伏せ、なんとか避けきってみせた。
「よっと」
パシィ!
戻ってきたタワーシールドを軽々受け止める俺。
這いつくばって松尾さんを眼下に俺はニンマリ笑って見せた。
「形成……何でしたっけ?」
盾を振りかぶる俺。
松尾さんはちょっぴり涙目になっていた。
「じゃ、ジャスティス!? それはジャスティスなのか!? カイ兄!? 倒れてる相手に攻撃するなんて――」
「たぶん、ノージャスティスですね」
ドッゴスッ!
俺は彼の頭部――スレスレ、手前に盾を突き立てた。
彼の脳内ではきっと自分の頭部がトマトピューレになった姿を想像していただろう。
「参りましたか?」
松尾さんは油汗たっぷりの顔をこちらに見せる……表情が降参と訴えていた。
勝負が付いたと同時に周囲から喝采が巻き起こる。
――ウワァァァァァァ!
「お、おう?」
人生で受けたことの無い喝采に戸惑う俺。体のあちこちが震えているのがわかる。
「え? すごいことなのか?」
まあ、確かに盾だけ使うファイトスタイルは珍しいかも知れないけど。ここまでの歓声を受けるものなのか?
「すごいよ、すごいよカイ兄! そんな力隠していたなんて酷いよ」
「あ、うん、そうなのか? このぐらいは盾だけを追求してきたら……そのむしろ盾スキルしか取り柄がないし誇れる物じゃ……」
ハルルさんは「ご謙遜を」と俺の手を取ってきた。
「素晴らしい戦いぶりでしたカイ兄さん! ぜひともコラボしてください。いや! 一緒にダンジョンに潜るパートナーになっていただけますか?」
「パートナー!? やりなよカイ兄!」
なんか勝手に美波も盛り上がっている……しかし、俺は素直に乗り気にはなれなかった。
(何度も円佳の誘いを断っている手前なぁ)
だが松尾さんとの戦いや喝采を浴び、自分の中で沸き上がる何かがあったのも事実。
(この感覚を小説に生かせれば俺は小説家としてもっと成長できるんじゃないか? そうだ! あの編集長に今すぐ俺のこの感情を乗せたプロットを叩きつけてやる!)
そう思った俺はいても立ってもいられなくなり……
「俺、用事思い出したんで帰るわ」
と、逃げるようにその場を出した。
その後、帰宅した俺はプロット――小説の設計図にこの興奮をぶつける。
俺は知らなかった、この日「伝説の盾男」としてダンジョン界に轟かせるようになり、今書いたプロットの小説がミドルヒットし作家としても成長するなど……
※次回は12/13 18:00頃投稿予定です
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この作品の他にも多数エッセイや
・追放されし老学園長の若返り再教育譚 ~元学園長ですが一生徒として自分が創立した魔法学園に入学します~
・売れない作家の俺がダンジョンで顔も知らない女編集長を助けた結果
・「俺ごとやれ!」魔王と共に封印された騎士ですが、1000年経つ頃にはすっかり仲良くなりまして今では最高の相棒です
という作品も投稿しております。
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