第2部『探偵令嬢は対峙する』
【CASE4:守備範囲の死角】
天才にも弱点くらいある
姫崎唯愛は、完全無欠超絶怒涛の美少女学園探偵である。
無論それは自称だが、才色兼備であることは確かだ。
大学飛び級レベルの学力と、乾いたスポンジの様に貪欲な知的好奇心。
それらを兼ね備えた頭脳に蓄積された知識は、かなり幅広い。
教養のカテゴリに絞っても、文学、歴史、語学、数学、科学、化学、音楽……と多岐に渡る。
とはいえ、そんな唯愛の脳内データベースも、死角がまったくないわけじゃない。
例えば……
「野球は確か、8……10人でやるスポーツだったよね?」
「残念、
答えを聞いた唯愛が「あれー?」と両頬に手を当て、恥ずかしがる。
「そうだったっけ。ダメだぁ、やっぱり何度聞いても全然覚えられない……」
毎度お馴染み、【SD俱楽部】の部室。
『サンコー』では珍しく、騒ぎらしい騒ぎもない、平和な放課後である。
そんな貴重なひと時を壊させまいと、俺は世間話で唯愛の退屈を紛らわせていたのだが、その中でこいつの意外な弱点が露呈した。
「まさか、こんなにスポーツに疎い奴がいるとは……」
以下、ここ数十分で飛び出した珍言をいくつか抜粋すると、
――ラグビーとアメフトって同じスポーツじゃないの?
――野球ってバッターに何回ボールを当てたら勝ちなんだっけ?
――サッカーって、ゴールキーパーがボール抱えて相手のゴールに飛び込んだら最強じゃない?
ネタで言ってるんじゃないかと疑いたくなるレベルだが、本人は至って大真面目である。
思えば、唯愛はガキの頃からそういうところがあった。
興味を惹かれた分野には無尽蔵のバイタリティと集中力を発揮するのに、そうでもない事柄は馬耳東風。
こいつが喜びそうな表現を敢えて選ぶなら、
「とんだ偏食だな、お前の『灰色の脳細胞』は」
「そうなんだよ『大尉』。特にスポーツはてんでダメだね。何度聞いても、なかなか脳のシワに引っかかってくれない」
唯愛が肩をすくめて苦笑する。
こればっかりは、本人にもどうしようもないらしい。
「アスリートの手にできたマメを見て、何の競技をやってるかは判別できるのにな」
「スポーツ科学は、医学とか生理学の範疇だから」
とまぁ、そんな感じで。
こいつは教養面で無類の知識量を誇る反面、一般常識や娯楽のメインストリームの方面に滅法弱い。
ある意味、バランスが取れてると言えなくもない。
それはそれとして、俺が唯愛に知識で優位に立てる機会は、そうそうない。
しばらくはこの話題を継続して、存分にマウントを取ってやるとしよう。
……なんて、思っていたのだが。
コン、コン、コンッ。
そんな俺の意地の悪い目論見は、不意に鳴り響いたドアノックの音に阻まれた。
「あ、はーい、空いてまーす。どうぞお入りくださーい」
渡りに船とばかりに、唯愛が素早く返事を返す。
ちっ、逃したか。
「おーう、邪魔するぜぇ」
引き戸をガラリと開けて、客が部室に足を踏み入れる。
「あれ、あんた……」
その顔には、見覚えがあった。
確か名前は……。
「これはこれは、意外なお客様ですね。どうされたんですか、荒川先輩?」
そうだ、三年の荒川だ。
少し前に解決した、ある事件の関係者である。
詳細については、読み切り短編の方で確認して欲しい。
……読み切り短編って、何だ?
えーと、ともかく。
結果だけを掻い摘んで言うと、俺たち【SD倶楽部】が色々と首を突っ込んだ結果、この人が所属していた【黒魔術研究会】の穏やかじゃない秘密が白日の下に晒されてしまった。
風の噂によれば、それが原因で部は解散に追い込まれたらしい。
「うちに何の用だよ、先輩。【黒魔術研究会】の件の
相手の出方を窺いつつ、それとなく唯愛を背中に庇う。
が、そんな俺に、荒川は「違う違う、早とちりすんなって」と苦笑した。
「あのクラブは、どっちかってぇとスリルを楽しむのが目的の集まりでよ。バレたら即解散っていう掟が、最初からあったんだ。だから、秘密を暴かれたことを恨んでる奴は一人もいねぇ。俺も含めてな」
敵意がないことを示すように、手を挙げてひらひらと振ってみせる。
「今日の俺は依頼人だ。【黒魔術研究会】の謎を解いたお前らの腕を見込んで、頼みたいことがある」
「嘘は言ってないみたいだよ、竜司」
「……あぁ、そうだな」
眉間に寄せたシワを伸ばし、俺は荒川……さんに椅子を勧めた。
「早速ですが、ご依頼というのは、一体どういう?」
そう尋ねる唯愛は、早速好奇心に目を輝かせていた。
「えーと、俺の本籍が【野球部】なのは知ってたよな?」
そういえば、前の事件でそんな話を聞いた気がする。
確か、【黒魔術研究会】はただの腰かけで、今年の夏に引退するまでは【野球部】のエースだったんだよな、この人。
「存じていますが……【野球部】の方で何か問題でも?」
「まぁな。今はまだ表立って騒げなくてよ。他に頼れる相手もいなくて困ってんだ」
頼む。そう言って、荒川さんが拝手する。
「うちの後輩の無罪を、証明してやってくれ!」
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