世界の止揚、そして、統合。

ノストレイ

黎明 ①

コツ、コツと音を少し立てながら階段を登る。

音を鳴らすのは好きではないが、ここの階段はどうやら音が響きやすいらしい。下が空洞になっているのだろうと思う。なぜだろうか?患者を思ってだろうか?

そんなことを考えていると、目的の部屋の前まで着いた。404号室。少し縁起が悪く感じる部屋番号だ。あいつは、そんなもの関係あるものかなんて言っていたが、どうしても自分は気になってしまう。関係ないとは思っているが、出来るなら避けたいと感じるのは自分だけではないだろう。

ドアを静かに開ける。


明は、ぼーっとしながら外の景色を見ていた。

ちょうど夕焼けが上がっており、明も入れるとそれはまるで絵画のような雰囲気を纏っていた。夕日の朱と明の青黒い髪が対比している。


「今日は起きてるんだね。」

自分はそう明に話しかけた。


「夕陽が差し込んできたんだよね。迎えが来たのかと思ったよ。」

なんて、明は笑えないブラックジョークを言う。


明は生まれつき体が弱く、ほとんどを病室で過ごしている。小学校の一時期、一緒に通えていたがすぐにまた体調が悪化し、病室へと戻ってしまった。それが自分にとって酷く悲しかったことを覚えている。


「まだ大丈夫でしょ。元気っぽいし。」

とりあえずの返事をする。


「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけどね。いつでも逝ける準備は出来てるさ。

ところで、どうだい?最近、何か不可思議な事はあったかい?」


会うと、明は必ずと言っていいほど、何か不思議な事件だったり、現象だったりを自分に尋ねてくる。最近、何か起きてないの?と。


「今回はあったよ。他ならぬ自分自身が遭遇したからね。」


「おおー。期待大だね。どんな事だい?」


「いつも通りの道を通ってここまで来たんだよ。あまり人がいない、自然の多い道。

そこで大量の野良犬、野良猫の集まりがあったんだよね。多分合計で10は下らないと思う。いつもなら見かけて1、2匹だからね。」


「ふーん。野良犬に野良猫ねぇ。人間に関係したのが良かったけど、結構興味深いね。

何か変わったところはあったかい?」


「特には無かったね。ただ、昨日大雨が降った影響か、道路の側の用水路がほぼいっぱいになってた。いつもはあまり溜まっていないだけど。」


「関係ありそうだけど、まだ分からないかな。まぁ、それ以外に原因が見えないのならば、きっとそれが答えなんだろうけど。

何か野良犬、猫たちの様子で変わったところは無かったかい?」


「....無かったと思うけど。いつも通り、自分に吠えてきたよ。」


「ふふ、相変わらず動物に嫌われてるんだね。人間には受けがいいのに、なんでなんだろうね。やっぱり匂いとかなのかな。」


「それ、間接的に自分の匂いが気になるって言ってる?周りから匂いについては言及されたことないんだけど?」


「まぁ、私も黎の匂いを感じたことは無いかな。無臭だね。動物は人間の数百倍くらい鼻がいいなんて言われるからさ、私たちが感知できない君の匂いに反応しているのかもね。」

 

「人に影響を与えてないなら別にいいかな。飼ってるペットに嫌われる、とかになったら困るだろうけど、飼う予定もないしね。どう、何か分かりそう?」


「やっぱり情報が足りないよね。

...ねぇ、まだ野良犬たちはいるだろうしさ、もう一度来た道へ戻って、野良犬たちがいる場所だったり、犬たちの様相だったりを。そしたら黎にとって満足のいく推理を披露してあげるからさ。」


....別に、そこまで気になることでもないが、まあ明が楽しそうにしているので行ってあげるとしようか。

いつも明は自分に見に行かせる際は、必ず写真を撮るように言ってくる。

自分が見て語る事柄よりも写真のほうが本当だから。ということらしい。

そういうところは探偵っぽいな、とひしひしと感じる。


「分かったよ。ちなみに大体の予想は付いてるのかい?」


「不十分な情報の元で推理すると碌なことがないからね。かのシャーロック・ホームズもそう言ってただろう?」


確かに、ホームズの名言にそんなのがあった気がする。先に推理をしてしまうと、後の情報をその推理に当てはまるように解釈してしまう。だから情報が集まってから推理しろ。と。


確かにその通りだと思う。

情報なく推理をすると常にその推理によるバイアスがかかってしまうから、正しく情報のあり方が見えなくなってしまうんだろう。


「あったね。そんな言葉。じゃあ、行ってくるよ。一時間もすれば戻ってくると思うから、待っててね。」


「任せたよ。いってらっしゃーい。」


そう言って明は目を瞑る。

寝ている時もあれば、瞑想だったりする時もあるからどっちかは分からない。ただ、今は頭の中であり得る真実だったりを思索しているのだろう。顔が楽しそうだから。



駆け足で階段を降りながら、自分も何故野良犬たちがあんなにたくさん居たのかを考えてみる。


まず、野良犬も野良猫も生き物である。

当たり前のことを言っているが、こうやって共通しているところを考えていくと結構大切なものが見えてきたりする。これは経験論だけど。

生き物だから餌が必要だ。犬と猫で同じ餌を食べるなんてことはあるのだろうか。

...猫にドッグフードを与えると中毒を起こす可能性があるなんてネット上では書かれてあった。まあこれは参考にはならないだろう。

あくまで野良だから。多分食べれるならばなんでも食べるのだと思う。だから、同じ餌を食べていたんじゃないだろうか?

また、用水路が氾濫しかけていたが、道路までは水は入ってきていなかった。でも、雨が降ったのは昨日だ。そして今日で用水路の水がこんな大量にあるのなら、昨日まではきっと氾濫を起こしていたんだろう。自分が道路に出たのが昼の13時頃。そのころには道路は乾き切っていたと考えると、多分今日の朝には氾濫は収まっていたんだと思う。

今、事実から推測出来るのはこのぐらいだろう。これらの共通部分を考えると、どのような事実が帰納できるだろうか?


....もし、そうならば随分と面白いが、ある一つの仮説が思い浮かんだ。


さっさと写真を撮って帰ろう。明の推理も聞きたいし。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る