新製品開発依頼

「四郎君、それで結局どうなったの?」


「ああ、甲斐武田家の優勢勝ちって所じゃないかな。両軍の決戦は無かったとは言え、北信濃の多くの領主が甲斐武田家に帰属したのは大きいと思う。勢力圏が大きく伸びた」


 第三次川中島の戦いでは大きな戦こそ起こらなかったものの、父 武田 晴信様の独壇場であった。長尾 景虎の方は雪による出遅れという不幸があっただけではなく、終始振り回されっ放しだったという印象が強い。あの軍神を掌の上で踊らせる。こんな芸当ができるのは、父 武田 晴信様以外に誰がいようか。


 加えて大きな成果がある。それは穀倉地帯である善光寺平の併呑。現代では長野盆地と呼ばれる地域が甲斐武田家の勢力圏となった。


 更には善光寺の本尊 善光寺如来も手にする快挙を成し遂げる。


 善光寺は歴史と伝統ある、はまあ良い。大事なのはその門前町だ。「牛に引かれて善光寺詣り」の言葉もある通り、日ノ本各地から押し寄せる参拝客の落とす銭によって善光寺の門前町は、地方では破格の経済規模を誇る。


 そんな経済都市の鼎が甲斐武田家の元へと転がり込んだ。一部の仏像や仏具は越後長尾家が盗んだという話だが、正統性 (?)は甲斐武田家の方が上である。これを理由に武田 晴信様は、甲斐に善光寺を建立する計画を練っているという話だ。


 善光寺信仰は、寺の場所が変わった所で揺るぎはしない。なら甲斐は善光寺の恩恵によって、きっと経済都市への道を進むだろう。甲斐には既に身延山久遠寺みのぶさんくおんじという日蓮宗の総本山が存在しているだけに、相乗効果も期待できよう。


 単に戦が強いだけではない。こうした民政家の側面があるのも武田 晴信様の凄い所だ。俺とは器の大きさが違うというのを見せられた気がする。


「で、その善光寺を建立する場所が板垣いたがき郷を予定しているらしい。先の事件を知っていると、何とも居たたまれない気分になるな」


 板垣郷はその名の通り、甲斐板垣家の元所領である。断絶に伴い、管理は甲斐武田家へと移った。


「四郎君、それよりも板垣様とご家族はどうなったの?」


「ああっ、やっぱり気になるか」


「それはもう」


「結論から言うと、物凄く嫌われた。罵倒もされたな。それでも父上との約束があるので、無理矢理土岐とき郡の定林寺じょうりんじに押し込んだよ」


「ええっ、どうして? 四郎君は命の恩人じゃないの?」


「寺での質素な生活なんてできないそうだ。人は一度覚えた贅沢を簡単には手放せられないものでね。助けるなら、失脚を阻止するのが筋だと凄い剣幕で言われたよ。だから俺がした事は助けた内に入らないらしい。あっ、そうそう。板垣 信憲いたがき のぶのり殿やその家族を助ける条件に、甲斐板垣家の全財産没収が父上から追加されたのも俺に悪感情を持つ理由になるだろうな」


 とどのつまり板垣 信憲殿は、命以外の全てを失った。本来なら生き残った事を喜ぶべきなのてあろうが、現実にはそうはいかない。今日からいきなり貧乏暮らしをしろと言っても、実際にできるのは極一部。多くがこれまでの暮らしを捨てられないのが人という生き物である。


 そのため現在の板垣 信憲殿は、日々を生きるのが罰ゲームに近い。こうなると恨みの感情が向かう先は、仕置きを決定した武田 晴信様ではなく、こうしたみじめな生活を強要する俺となる。悲しい結末であった。


「四郎君はそれで良いの?」


「元々が感謝されたいと思ってした訳じゃないからなぁ。受け入れるしかないと思っている。寂しいけどな」


「じゃあ、じゃあ。ご家族の方はどうなの?」


「程度の差こそあれ、そうは変わらないかな。板垣 信憲殿の正室は、俺の祖母 お太方だいぼう様の侍女に。二人の息子は明智 光秀家臣の三宅 弥平次みやけ やへいじが養子として迎え入れてくれたけど、家族が離れ離れになった上に生活が激変したからか態度はかなり悪いらしい」


「そう……お姉さんは今の生活に満足しているけど、皆がそうという訳じゃないのね」


「特に二人の子供はまだ小さいから、今の立場を理解するのは難しいんじゃないかな」


「そうかも知れないけど……」


「こういうのは、時が解決してくれると思うしかない。だから恨まれても、定林寺や三宅 弥平次には支援を続けようと考えている」


「その思いがいつか伝わって欲しい所ね」


 命を助けた事で逆に恨まれる。こうした結末を見ると、俺の行動は無駄だったかもしれないと後悔もする。


 ただそれでも、板垣 信憲殿やその家族を追放しようとは思わない。何としてでもこの地で生き続けて欲しい。我ながら甘い考えだと思うが、これだけは変えるつもりはなかった。

 


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 第三次川中島の戦いも終わり本格的な冬が訪れようとしていたこの時期、慈敬寺じきょうじ実誓じっせい殿が高山城を訪問した。


「はぁ、新製品の開発ですか……」


「はい。息子の空誓くうせいからの文では、あの『土岐諸白ときもろはく』は四郎様が作ったそうで」


 今回は日本酒の新商品開発の依頼となる。明らかに武家に依頼する内容ではないのだが、全てはベラベラ話してしまった俺の責任と言えよう。誰も信じないと思って調子に乗ったのが運の尽きであった。


「いやいや、作ったのは職人ですよ。そこは勘違いしないでください。私はあくまで畿内製に負けない酒を作ろうと、改良案を出したに過ぎません。そんな素人考えを取り入れて完成させた職人を褒めるべきでしょう」


「それはもう分かっております。ですのでその改良案をまた新たに出して、新製品を作って頂こうとお願いに上がりました」


「あっ、いや、そう簡単に改良案が出る筈はないのですが……」


 こうなると、もうどうにもならないのだろう。凄いのは職人であり、俺自身は凄くないと言い訳をしても信じてもらえそうにない。それ所かまるで俺が更なる新商品の構想を持っているかのように食い下がってくる。


「何を仰る。これも空誓からの文に書かれていたのですが、最近『粕取り焼酎』なる新たな商品を開発されたとか。四郎様の酒に対する知識の深さは計り知れませんな。ならば次の新製品開発には慈敬寺にお手伝いをさせてくだされ。銭の面でも職人の面でも協力は惜しみませんぞ」


 どうやら俺の自業自得だったらしい。確かにこうも連続で新商品を出せば、次の案も持っていると勘違いしてもおかしくはないか。実誓殿に事情があるなら、俺に相談を持ち掛けるのは真っ当な考え方である。


 ん? 事情がある、か……


「失礼を承知でお聞きしますが、もしかして今回私に新製品の開発を依頼したのは、何か事情があるからでしょうか?」


「流石の慧眼ですな。いかにも此度四郎様に酒の新製品を依頼するのは、我等一向門徒の悲願のため。何卒検討くだされ」


「悲願ですか……随分と大きな話ですね。宜しければ話をお聞かせ頂けますか?」


「それでは長い話となりますが、是非とも我等の思いを知ってくだされ」


 こうして実誓殿の長い長い話が始まる。浄土真宗の始まりから話し始めるのだから、そうなるのも当然であろう。途中何度も「もう少し簡潔に」と伝えるが、感情が昂っているからか俺の言葉は耳に入らない。それ所か感極まって涙まで流し出す始末。俺から話を振った手前途中で切り上げられず、黙って聞き続けるしかなかった。


 実誓殿の話が終わった時は、長編映画を連続で三本見せられた様な心境となる。ただひたすらに疲れた。


 そんなワンマンショーであったが、内容自体はとても簡潔である。要は天台宗からの独立。門跡の寺格を得る事によって青蓮院しょうれんいん傘下から脱却するのが現在の本願寺教団の悲願であった。


 正直な所、これだけ巨大な組織が天台宗の下部組織という点だけでも驚きである。その上でこの構造から未だに抜けられず、抜け出すには帝の勅許が必要となる。武家のように実力で下克上できない独自の秩序が仏教の業界にはあるのだと思い知った。


 この時代は必要以上に序列に拘る。それは武家のみではなく、寺も同じなのだとそんな当たり前の事実を突き付けられたような気がした。


 それで帝から門跡の勅許を得る方法なのだが……最終的には銭。朝廷への献金が必須という俗な話となる。勿論それまでに諸条件を整える必要はあるものの、その辺りは既に本願寺教団も達成済みだそうだ。


 こうした経緯を経て、今は朝廷に対してひたすら献金を続けている……と言っても、幾ら献金すれば門跡の勅許を得られるか分からない。そんな不安に駆られているらしい。


 だからこそ贈り物をして、朝廷の関心を引こうする作戦だと教えてくれた。


「そこまでは分かりますが、どうしてここで酒なのか。それが分かりません」


「大事なのはそこではありませぬ。特別な何かが必要だと考えました。酒となったのは、四郎様だからこそ。あの『土岐諸白』を作った方なら、帝に贈る特別な酒を作れると考えたまでです」


「なるほど。それなら理解できます。これまでに無い新しさ。それも特別となる商品。面白そうですね。素案はありますので、実験的に作ってみましょう。但し──」


「但し?」


「失敗しても文句は言わないように」


「それはもう分かっております。誰もが唸る特別な逸品が完成するのを楽しみにしておりますよ」


「ははっ……」


 最初は何事かと思いもしたが、要は朝廷への献上品を作って欲しいという依頼であった。


 きっとこのままでも、本願寺教団はいずれ門跡の寺格を取得できる。今の朝廷には銭が無いため、少しでも多く献金させたいだけであろう。丁度今は先代の帝が崩御し、新たな帝が即位したばかりだ。即位の礼の儀式や改元を行うためにも、何かと物入りである。


 そんな事情は本願寺教団も分かってはいる筈だ。ただ、際限無く献金はできない。当たり前の話だ。だからこそ最後の一押しが欲しいのだろう。後どれだけ献金すれば、門跡の勅許が出るのか。素っ気ない態度をする朝廷に振り向いてもらう。目的を考えれば、酒は都合が良い。味が良ければ、もう一度飲みたければ、朝廷側から本願寺教団へと接触をしてくると踏んだのだろう。


 これは是か非でもこれまでに無い新しくて美味い酒を作る必要があるな。資金も人材も慈敬寺からの協力が得られるのだから尚更である。その上で朝廷が味を認めれば、当家の酒が畿内でも認められるのだ。この機会を逃す手はない。


 なら何を作るか? これまでに無い新しくて美味い酒となれば、これしかない筈だ。


 使用するのは米と葡萄。甲斐出身の俺には馴染み深い甲州葡萄を素材とする。


 出来上がるのは「クラフト サケ」と呼ばれる日本酒をベースとした新分野の酒である。

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