ミゼル姫と魔女の呪い

なでしこ

~序章~ 誕生の予見

<執務室にて>

1

 とある国の、とある城の中、人々は胸を踊らせ、または心配で締め付けられ、それぞれ日常をこなしながら思いを馳せていた。

 みな、何ヶ月も前から、待ち望んでいた日が、とうとう近づいているのだ。

 とある国の……カルヴィーノス王国、城主カルヴィーノス王もまた執務に忙殺されつつも、はやる心を抑えて日常を保っていた。


「……まだか?まだなのか?」


 王は困った顔で、しかし、いつもより仕事のスピードを上げ決して手を休めずに、執務を手伝う侍従長に静かにたずねた。


「リングリート様、さすが仕事は完璧ですが、焦っても何も生まれません。ここは平常心を持ち、王として皆に威厳を示すのです」


 ここしばらくは国内外の目に見える争いもなく、平穏が続いている。平和の時代の王として威厳を示す機会は少ない。ここ一番の行事には、ぜひ存在感のアピールを願ってのこと。

 ちなみに王のフルネームは、リングリート・イデル・カルヴィーノである。


「生まれなければ困るのだ、侍従長。我が妃の大事にうろたえぬ王がいようか、いや、いまい。と言うことで、私は妃の元へ向かう」


 王は端正な口端を上げ、すばやくペンを置き、勢いよく豪華な細工の椅子から立ち上がった。


「リングリート様……!」


 侍従長の静かなる叱声が響く。

 王は整えられた金色の髪も、豪奢でありながら無駄のない衣服も振り乱し、扉に駆け寄り、勢いよく扉を開けた。扉の前にいた近衛兵がギョッとした顔で走り去る王の姿を見送る。


「はあ……我が王には困ったものだ」


 侍従長の長い溜息が室内に漏れる。しかしその顔には、なぜか笑みが浮かんだ。

 近衛兵は優しい眼差しで王の向かった先を見つめる。


「今日は大目に見ましょう。なにせ、国中が王妃様のご無事とお世継ぎのご生誕を待ち焦がれているのですから!」

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