私がいるのは──────

麝香連理

第1話

「あれ?誰かいる?」

 いつも教室に一番につく深埜は、自分以外に誰かが居たことに驚いた。

「あれ?佐和子じゃん!元気してた?」

 しかし、それが知っている相手と分かると嬉しそうに駆け寄った。深埜は数日間学校に来ていなかった友人の綱田佐和子に声をかけた。

「あ、深埜。心配かけてごめんね?ちょっと夏風邪が酷くて………」

 佐和子は申し訳なさそうに頬を掻く。

「本当よ!全くー。」

 深埜は腰に手を当ててむくれたように話す。

「ごめんごめん。けほっけほっ………」

 その時、マスクをしていた佐和子はせきをした。

「だ、大丈夫!?」

「う、うん。ごめん、まだちょっと治ってなくてさ。ちょっと保健室に行ってくるね?あと、皆には言わないで欲しいの。」

 佐和子が人差し指をたててアピールした。

「え?なんで?」

「だって、無駄に心配させちゃうでしょ?」

「あー……うん。確かに……?」

 深埜はあまりピンと来なかったが、自分より頭の良い佐和子の言葉に曖昧に頷いた。

「だから、今日私が教室に来なかったら保健室にいたと思って?」

「そっか。

 あ、でもでも!放課後は保健室に行くからね!」

「えぇ?」

「だって久し振りに佐和子に会えたんだもの!話したい!」

「もーしょうがないなぁ。じゃ。」

「うん!」



 結局、その日の授業中に佐和子がやってくることはなかった。



「失礼しまぁーす。佐和子ー?先生ー?」

 深埜が保健室に入ると、妙な静けさを感じた。

「佐和……いた。」

 佐和子は寝息をたてて寝入っていた。

「佐和子ー佐和子ー。」

「んんん……ふわ……んーあ、おはよう。」

 寝ていたからなのか、制服はよれて跡になりそうな程シワが出来ていた。

「うん、おはよう、佐和子。」

「いやーなんか寝たら元気になったわ。明日から問題なく出れそう。」

「ホント?それは良かった。

 あ、そういえば保健室の先生は?」

「あぁ……なんかの在庫が切れたから買ってくるとか言ってたよ?」

「そっかー。じゃ、帰ろ?」

「そうだね、うっと。」

 佐和子がベッドから降りて上履きを履く。





「いやーそれで国語の先生がねぇ?」

「ふふふ、何それー。」

 学校からの帰り道、他愛もない話が続く。

「あ、もうここかじゃあね、佐和子。」

 お互いの家の分かれ道に来たことで、深埜が別れを告げる。

「深埜。」

「何ー?」

「最近、行方不明者が増えてるの知ってる?」

 急に真剣そうな話を振られたことで深埜は少し動揺した。

「え?うん、ニュースでやってるよね。若い女性ばかり狙われてるって。怖いよねー。」

 しかし、自分の所見を述べて自分の身体を自分の腕で抱き締めて震える素振りをした。

「うん、それなんだけど………」

「っ!?」

 佐和子の言葉に耳を傾けていた深埜は突然の寒気と違和感に全身の鳥肌がたった。

「なんでも、その行方不明者は皆いなくなる前に、後ろから誰かに抱き付かれたんだって。」

「へ、へぇ……そぁんだ……」

 深埜は佐和子の話よりも、自分の身体に起きている異常に集中していた。

 手足が痙攣したように震え、視界がハッキリとしない。呂律も回らない感覚だった。

「だから、もしもそんな体験をしたら………」

 佐和子が何かを言いかけた所で深埜の身体の異常がぱたりと消えた。

「あ、あれ?………あ、佐和子それで?」

「あ、うん。何でもない。」

 聞き返した深埜だったが、佐和子はさっきの尋常じゃない雰囲気から一転何事も無かったように呟いた。

「そっか、じゃあねー。」

 深埜が手を振って家を目指そうと足を出したところで、後ろから誰かに抱き付かれた。

「ひゃわぁぁぁ!?」

「ふふ。」

「ちょ!佐和子!脅かさないでよ!」

「ごめんごめん。じゃあね。」

「もう!またね!」

 深埜は少し機嫌が悪くなったものの、久し振りに友人と話せたことが嬉しかったし、佐和子があんなことをするなんて新鮮だと考えており、今のことは不問にしてやろうと思ったようだ。






「ふわぁ…あっともうこんな時間。もう寝なきゃ。」

 スマホを見ていたことで時計の針は零時をとっくに過ぎていた。

 深埜が布団に手を掛けた時、部屋の窓からドン、という音が聞こえた。

「え?」

 深埜はあまりの恐怖に身を竦め、唾をのみながら窓を見つめた。

「深埜、私。佐和子。」

 すると、窓の外から聞き馴染んだ声が聞こえた。

「さ、佐和子?本当に?」

 深埜は信じられないと思いつつも、窓にゆっくりと近寄る。

「本当よ、ちょっと開けてくんない?」

 深埜は恐る恐るカーテンを捲ると、本当に佐和子がいた。

「ほっ……なんだぁ。」

「なんだって何よー。」

「ごめん、今開けるねー。」

 カチャリ……夜だとしても、やけに音が響いた。

 そして深埜はこの時、なんで佐和子が制服のままなのか、なんでこんな時間に訪ねてきたのか。そして─

────なんで三階にある私の部屋に来れたのか………

 鍵を開けつつ佐和子を見ながら思っていた。


「アリ─ガトウ──」

「え───」

 深埜が声を発した時にはその場に誰もいなかった。







「な、なんで!?代わりを差し出せば私は自由って!」

『俺のコト──教えようとしたロ?』

「そ、れは!あぐぅ!?」


 

「あれ……?」

 深埜は二つの目を開き、呟いた。そして、下校中に感じた寒気と違和感が身体を渦巻く。

自分以外の誰かが自分の身体を使っているような──

 深埜は何かを掴んで口で咀嚼をしていた。

「私……何を………っヒィ!?」

 顔を下に向けると、口は血に塗れ、人の腕を手にもって、人の歯形に無くなっていた。そして、その歯形が自分のものであると直感で感じた。

 深埜は人の腕を食べていた。

 

 しかし顔を背けようとしても、その人の腕を手放そうとしても、身体は言うことを聞かず、またしても口に運ぶ。

 深埜はその腕が誰のものなのか、近くを見ると、目の前に今日話した友人が血だらけで倒れていた。


「佐和子………!」

「あ……起きたの………?うぅ………」

 そして、佐和子の右手はすっかり無くなっていた。

「佐和…子……じゃあ………」

 そこで深埜は自分の口に残る生暖かい肉が佐和子の物であると知り、吐き気を催す。

 しかし、逆流しかけたものが何かの力で押し戻る。

「抵抗……無駄よ………私もそいつに身体使われてたんだから…………」

「あ、あぁ……佐和子!」

 目から涙が溢れるも、肉を口に運ぶ腕と咀嚼する口は止まらない。

「本当……馬鹿よね………」

「佐和子…!この、止まって!止まってよぉ!」

 腕が少し震えるも、深埜の意思とは関係なく口に肉を運んでいく。

「深埜を……生け贄にして自分だけ助かろうとした私に天罰が下ったのね………」

 佐和子は自嘲したような、どこか諦めたような表情で呟いた。

「え?」

 佐和子の発言に、深埜は驚愕した。

 そしてその時、深埜の口から深埜ではない声が響いた。

『そうすれば、良かったものを。』

「しょうがないじゃない。友達なんだもの………」

『まぁ、俺はお前も食えて、お前よりも優れた身体を手に入れた。問題はない。』

 腹に響くような、重厚な声に深埜は身震いをした。

「あんたは……そうやって他の人を食べて……三輪先生を私に食べさせたくせに………」

「え………」

 三輪先生……それは深埜と佐和子の保健室の先生だ。

『あぁあの女か。しばらく苗床として使っていたな。利用価値が無くなったからお前に憑いて食ったが─』

『「とても美味くて(不味くて)最高(最悪)の食感だった。」』

 佐和子と低い声の言葉が揃う。


 手元にあった佐和子の腕を食べ終え、舌で血濡れた指を舐める。

『さて次は………』

「もう止めてよ!私は……佐和子を食べたくない!」

 しかし、腕は止まらず、通常ではあり得ないであろう力で佐和子の左足を螺子切り、またそれを口に運び始めた。

「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

 二人の少女の悲鳴が響く。

 一人は痛みから。

 一人は目の前の凄惨さに。


『ほぉら、芳しき匂いだろう?』

 深埜の手は深埜の意思とは無関係に、今さっき力付くで螺子切った佐和子の足を顔に近付け、思いっきり匂いを嗅いだ。

「うぅ、おぉ……んぅ………」

 すでに目の前にあった時とは違い、今回は妄想が現実として目の前の光景として現れたことで、深埜はさらに吐き気と気持ち悪さで目を背けようとするも、今度は目すら固定されたように動かず、身体の自由が完全に消えてしまったようだ。


「あぁぁ!あぁぁぁぁ!!!!!」

 佐和子はまだ痛みが抜けないらしく、すでに片方しかない腕で左足を抑えつつ丸くなる。

『うるさい娘だ……最後にご馳走を食べる主義だが、こうもうるさいとかえって迷惑だ。

 頭から食べてしまおう。』

「え…まって!いや!いやぁぁぁぁ!!!」

 低い声の言葉を瞬時に理解した深埜は想像したことを後悔しながら拒否の声を上げようとした。

 しかし、深埜の叫びはいつの間にか外に漏れることはなく、口から紡がれるのは重厚な低い声のみだった。





 暫く経ち、朝日が昇って空が白みかけた頃。

 その場には地面に染み付いた血と、人としてあるべき二つの瞳とは別に、額に爛々と光る金色の瞳を宿した少女が立っていた。

「あぁ…次は拠点を移して探すか………」

 その少女は深埜の声で喋るが、その言葉に抑揚も深埜の特徴的な元気さはなく、淡々と呟いた。

 その少女の二つの瞳から涙のようなものが流れ落ちるも、それを気にも留めないように歩き始めた。

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