第2話
旦那様の手をとると、一陣の風が私たちを包んだ。風がやんだとき、そこは自室ではなかった。
私たちは朱い橋の上にたっていた。空を見上げると、紫の雲に覆われていた月が姿を見せる。さっきまで夕日を浴びていたのに。そう思ってから、思い出す。妖閻の界に、太陽はない。それなのに、なぜ月が輝くのか不思議ではあるけれど。
けれど、ここはもう現実世界ではない。それだけで、その不思議を片付ける理由にはなった。
「花嫁、名を、聞いても?」
旦那様が、私を見つめた。黒く穏やかな瞳と目が合う。
「美冬、と申します」
「そうか、美冬。よき名だ」
そういって、ふわりと笑った。何度か舌に馴染ませるように、私の名を呼ぶ。
「美冬、俺の名は、雅楽。名を呼んでくれないか」
雅楽。それが、私の旦那様の名前。
「……雅楽様」
ただ、名を呼んだだけ。それなのに嬉しそうに目を細めて、私の頬に右手を当てた。そうされて、気づく。旦那様の右手の小指にも私と同じ黒い糸がからまっており、その糸の先は私と繋がっていた。
「ずっとあなたを待っていた。ようやく、会えた」
それは、やはり、人を喰らうと妖は力を増すからだろうか。力を増すための道具が来るのを待っていた──?
どんな風に喰らわれるのだろう。
頭から? それとも──。
「美冬、こちらへ」
旦那様に手を引かれ、橋の上を歩く。朱い橋を渡り終えると、大きな屋敷の前についた。門を潜ると、多くの人──いいえ、妖たちが、頭を下げて整列していた。
「おかえりなさいませ、我が君。そして、妃殿下」
妃?
妖は、花嫁のことを妃と呼ぶのかしら。疑問に思いながら、横の旦那様の顔を見上げる。
旦那様は苦笑して、お面を外した。
お面を外すと、再び、風が吹く。風がやんだとき、旦那様の姿は変わっていた。その背には、とても大きな黒い翼がついている。それに──。お面を外したことでわかる。旦那様はとても美しい。なにより、目尻に金の刺青があった。
金の刺青。それは。
妖の王に受け継がれるモノだった。
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