「ぼく」

ふみひろひろ

1章 発端

1話 問いの始まり

ぼくは何のために生まれてきたのだろう。


この問いが心の中に深く根を張り始めたのは、14歳の頃からだった。いじめが始まり、世界は灰色に染まった。教室でも家でも、心の中には常に「なぜ自分がこんな目に遭うのだろう?」という疑問が渦巻いていた。


それは、ある日の昼休みから始まった。


「なあ、お前さ、目障りなんだよ。」


クラスの中心にいる高橋翔が、ぼくをじろりと睨みつけた。その瞬間、周囲にいたクラスメイトの視線が一斉にぼくに向けられた。翔の表情は薄ら笑いを浮かべていたが、その目は冷たく、底知れない苛立ちを隠していた。


最初はただの無視だった。授業中に発言しても反応はなく、笑い声はぼくを避けて流れるようになった。だが、それだけでは終わらなかった。


「拓海、こいつになんか罰与えろよ。」


翔の指示で、拓海が机に突っ伏しているぼくの背中に消しゴムのカスを振りかける。それはほんの些細なことに見えるかもしれない。だが、その瞬間、ぼくは自分が「何か汚いもの」として扱われているような感覚に襲われた。


誰かの笑い声が耳に刺さる。たったそれだけの行為が、ぼくの心を確実に壊していった。


放課後の校舎裏に呼び出される日々が始まる。


「今日の罪状はなんだと思う?」


翔はいつものように薄ら笑いを浮かべながら問いかけてくる。ぼくは答えない。答えるべき言葉が思い浮かばないのだ。


「主文後回し。」


その言葉を合図に、拓海が爆笑する。そして翔が続ける。


「つまり死刑だな!」


その瞬間、翔の手がぼくの肩をつかみ、力任せに地面へと押し付ける。冷たいアスファルトの感触が肌を刺し、次には拳が腹に食い込んだ。


一度、二度、三度……。それが続くたびに、ぼくは目を閉じて耐えることしかできなかった。


表面的には「遊び」と見えるそれらの行為が、ぼくにはとてつもない恐怖と屈辱をもたらしていた。昼休みの机の上にわざと置かれた「死ね」と書かれた紙切れ。給食の時間、ぼくのスープに誰かが突っ込んだ異物。それを口にしなければならない時間の長さと、クラス全員の目の重さ――。


たかが消しゴムのカス、たかが軽い暴力、たかが汚い言葉。それでも、それらはぼくの中に次々と深い傷を刻んでいく。誰かが無言でぼくを見下ろすだけで、呼吸が浅くなり、吐き気を催すほどだった。


翔にとっていじめは、ある意味で「自分を救うための行為」だった。家庭では絶えない怒鳴り声、学校では彼が「支配的な存在」として自分を確立することでしか、自分の価値を感じられなかった。


拓海は、時々「これでいいのだろうか」と疑問を抱くことがあった。しかし、翔に逆らうことで自分が同じ目に遭うことへの恐怖が、それをかき消した。


ある日、放課後のいじめの最中、翔が突然拳を止めてぼくを睨んだ。


「お前、本当に何も感じないのか?」


その言葉に、ぼくは返事をすることができなかった。ただ無表情を保ちながら、俯くことしかできなかった。しかし、その瞬間、翔の目の奥に、一瞬の虚しさがよぎったように思えた。だが、その気持ちに触れる勇気は、ぼくにはなかった。


その日の帰り道、ふと背後に視線を感じて振り返った。誰もいないはずの通りに、ぼんやりとした人影が見える。その視線は、暗闇の中でぼくの背中を貫いているように感じた。その正体はわからない。だが、その瞬間、胸の奥に不安が芽生えた。


「ぼくは何のために生まれてきたのだろう?」


この問いは、答えのないままぼくの心を締め付けていく。それでも、どこかで「生きる理由」を探し続けていた。でも、その理由が見つかる日は来るのだろうか?


そして、その夜。暗闇の中で、ぼくはふと思った。


「行き場がないなら、自分でその行き場を決めるしかないのかもしれない。」


これが、ぼくの物語の始まりだった。

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