メリー・オカルティック・デイズ

@kandoukei

プロローグ:メリーさんの電話

プルルルル、ピッ

「あたしメリー。今校門の前にいるの。」

ピッ、ツーツーツー

 左利きの手に持ったスマホからの声を聞いて、高校一年生、黒髪と赤眼の少年「羊神ようがみじゅん」は頭をしかめた。俺は今実家を離れ、『臥伎陀ふしぎだ芸術学校』への入学式を終え、本校にある学生寮で暮らしている。まさか、ここまで来るとは・・・嫌、人形かのじょならここまでくるだろうと彼の心の底からの不安が的中した。

プルルルル、ピッ

「あたしメリー。今学生寮の前にいるの。」

ピッ、ツーツーツー

 再度スマホの声を聞いた潤は右手を両目に当て、ため息をついた。彼の不安をよそにまたスマホが鳴る。

プルルルル、ピッ

「あたしメリー。今、潤が住んでる部屋の扉の前にいるの。もうすぐ会えるよ♡潤♡」

ピッ、ツーツーツー

 俺はもはや覚悟を決めた・・・というより諦めていた。人形(かのじょ)は来る、主である自らに会うために。

ガチャ!

プルルルル、ピッ

「あたしメリー。今・・・」

 それに分かり切った所だ。人形(かのじょ)なら自らが世界中のどこに逃げたとしても逃げきれないと。そう観念した彼は一呼吸をし、背後にいる黒き影の侵入者に心を許した。

 しかし、それは恐怖ではなく、慣れの意味で。

「あなたの後ろに居るのよ! じゅ~~~~~ん!」

「ああっ、さらば。俺の青春…」

 生気を失った俺は金髪碧眼ロングヘアーの少女に背中から抱き着かれる。しかし、彼女の関節は機械仕掛けのようなパーツを見せ、肌は木材の様に硬く冷たい。そもそも、肌ではなく木材そのものだが。青くサファイアのような瞳はもちろん本物のサファイアである。

 彼女の名は「メリー」。彼女の話によると、魔界一の人形師であるピノキオ・ゼペットの最高傑作の一つらしい。何かの弾みで人間界に迷い込み、僕に拾われたことをきっかけに恋に落ちてしまった。

 俺も最初は彼女を心の友くらいと思いとどまったが、だんだんと彼女の愛が重くなり、他の女子と仲良くすると、不機嫌になり、挙句の果てにはその子たちを半殺しにした。

 そのせいで、小中学校時代で恋人おろか友達もできないという黒歴史を味わうことになった。

「ていうか、何でいつも俺のいる場所が分かるんだ!?」

「そんなの潤と私が赤い糸で結ばれ…てっ、痛い痛い! 痛いよ! 潤! ちゃんと、ちゃんと教えるから!」

 俺はメリーのこめかみを一握りし、懲らしめるが、彼女が涙目で訴えることを見て、許した。

「私と運命的出会いを果たした時に契りを交わしたじゃない。僕と君の永遠の愛を誓うって。そしたら、魂の繋がりが出来たっぽいよ。」

「いやいや、子供の頃の甘酸っぱい青春で悪魔の儀式が完成したのかよ!?」

「悪魔の儀式って、あの誓いは嘘なの? 潤?」

 メリーは涙目をさらにうるうると輝かせ、心を攻めていた。俺はそんな彼女に対し、恥じらい、そっぽを向く。

「べっ、別に。あの時の誓いが嘘ではないし、俺はただお前の行動が…」

 そう言いかけると、メリーは満面の笑みと光無き眼で俺に語り出した。

「そうだよね、うん。私と潤は永遠なる魂の伴侶としての宿命となったベストパートナーだもん。確かに、潤は他の女に目移りする悪癖があるけど、私がその屑雌共を追い払えばいいはなしで…」

 その物騒な妄言をぶちかますメリーの胸元を両手に掴んでから頭を揺らし、大幅な訂正をした。

「ちがーーーーう!! 俺はお前の求愛行動が重く過激になっていることを慎んでほしんだよ。毎日、添い寝を求めるは、お前の髪の毛を食べさせられるわ、学校までストーキングされるわで、落ち着かねぇんだよーーー!」

 最初の頃のメリーはそうでなかった。ただ純粋に接し、恥じらい、心優しかった。しかし、俺が年を重ねるごとに心の闇が露わになり、ついにはヤンデレになっていた。俺はそんなメリーの暴走を受け止める自信が無くなり、高校では学舎暮らしを希望した。

「うう、だって初めてなんだもん。異性の誰かを愛するの、その想いを大切にする為に、潤にきらわれない為に、頑張ったらこうなっちゃって。」

 申し訳なさそうに顔を下に俯け、もじもじと指先を弄るメリーに対し、俺はため息をつきながらも、彼女の頭を撫でる。昔はメリーが落ち込んだ時に対してはよくこうやったんだっけ…。俺もまだまだ甘いという訳だな。

「お前がもうちょっと落ち着いていてほしんだよ。無理に愛情表現をしなくても、俺はお前を見捨てないよ。」

 そう、慰めた俺は…

すぐに後悔した。なぜなら、メリーは段々と身を震わせ、俺をベッドまで押し倒した。

「めっ、メリーさん!?」

「潤! 潤! 潤! はぁっ、はぁっ、はぁっ、潤! やっと、私の全てを受け入れてくれるのね! 嬉しい! 嬉しい! 嬉しいわ!」

 メリーの暗いはずの瞳は爛々と欲情の輝きに満ち、鼻息は荒くも、女性の香りが鼻孔を擽る。口から涎を、顔や額から汗を流し、獲物を狙う猛獣のように、大好物を前にした食いしん坊のように、歓喜という乱心が彼女の心を支配していた。

「だから、落ち着いてほしんだけど!? やっぱ、俺の言う事を聞いてねぇじゃねぇか! ちきしょー!」

「潤! いただきま~す!」

「嫌――――――!」

 俺は朝日が昇るまでメリーとの防衛戦で見事、自身の貞操を死守したが、就寝どころか、授業準備もできずに、初めの授業に遅刻という最悪なスタートラインを迎えた。

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