3

 どうしてここが分かったんだ、とか。どうやって来たんだ、とか。聞きたいことは山ほどあるのに、今は仕事中だから許されない。


 そんな僕にお構いなく、律は遠足に来た子どものようにウキウキしている。



 「ねぇ、紡のおすすめは?」

 「……律の口に合うようなものはありません」

 「冷たいなぁ、俺好き嫌いないよ」

 「……知ってます」

 「そんなに怒らないでよ、紡に会いたかったんだって」



 強いて言えばお酒がちょっと弱いぐらい。そんなこと、ファンなら知っている。


 お客様を相手にしているとは到底言えない態度を取ってしまっても、律は機嫌を損ねることなく、口を固く結んだ僕に宥めるように話しかける。


 別に怒っているとか、そういうんじゃないんだ。ただ不思議で、動揺してしまっているだけ。



 「今日は何時まで?」

 「二十四時前だけど」

 「あと二時間もないぐらいか。うん、じゃあ待ってる」

 「え?」

 「紡と一緒に帰る」



 悩みながらお酒や一品料理をいくつか頼んだ後、律が腕時計を確認しながら突然そんなことを言い出した。毎度の如く、何を言ってるのか理解に苦しむ。



 「やめてください……」

 「やだ」

 「……困ります」

 「やだ」



 イヤイヤ期の子どもみたい。

 頑なに首を振る律は強引に店から追い出したって、きっと忠犬のように僕を待っているだろう。もっとも、神さまにそんな無礼なことをできるわけがないのだけれど。



 「つむちゃんの知り合い?」

 「まぁ……」



 出来上がった料理を運ぶために厨房に戻れば、芸能人に疎い店長に律のことを尋ねられる。


 バレていないならよかった。店長はいい人だけど、あまり律のプライベートを広めたくない。



 「今日は締め作業いいから、早く上がりな」

 「でも、」

 「待たせる方が申し訳ないだろ」

 


 言葉を濁して頷けば、ニコニコ笑顔の店長が気前よく言う。


 自分の仕事なのに任せてしまうのは申し訳ない。断ろうとはしたものの、こうなったら店長は頑固だ。


 結局、僕は閉店時間になった瞬間に「今日もお疲れ様」と嬉しそうな律の元に送り出された。



 「はぁ……」

 「迷惑だった?」

 「……そんな風に思ったことはないよ」



 強引だなぁとため息を吐けば、表情を曇らせた律が遠慮がちに聞いてくる。


 しょんぼりと垂れ下がった眉、へにょと曲がった口、どっと湧いてくる罪悪感。小さな声で否定すれば、ほっと安堵したみたい。



 「ちょっと着替えてくる」

 「うん、待ってる」



 今日は律からは逃げられない。

 酔いが回ったのか、ぽやぽや笑って手を振る律は少し幼くて危なっかしい雰囲気がある。


 ちゃんと家まで帰らせないと。

 この辺、タクシー止まってるかな。

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