8

 連れていかれたのは、ベッドしか置かれていない寝室。キングサイズのそれに優しく降ろすと、小さくなって震える僕を律が優しく抱き締めた。



 「紡が本当に嫌ならしない」

 「……」

 「君に嫌われたくないから」



 いつもテレビや雑誌の中で見ていた憧れの存在が、紡だけを見つめている。色気を孕んでいるのに、その瞳は優しさで満ちていて、いっぱいいっぱいの僕はキャパオーバーで泣きそうになった。


 ずっとずっと、好きだったんだ。

 八年間、律以外のひとに興味を持ったことなんてない。


 一生他に好きな人ができなくても、それでいいと思っていた。この恋が叶うなんて、妄想したことすらなかったから。


 誰にもバレない日陰の恋は、僕だけの宝物。

 律に望むものなんてなくて、ただ彼を好きでいられることが幸せだった。


 それなのに手を伸ばせば届く距離に彼がいて、僕のことを求めてる。その事実がこわい。


 触れられたくない。

 僕の存在なんて、記憶から消してもらいたい。


 そう思うのに、ほんの少しだけならという気持ちも心のどこかに潜んでいる。


 そもそも、神さまに対する欲なんて、持ってはいけない。

 一度何かを求めてしまったら、自分で作り上げた想像上の彼と異なることにいつかどこかで気がついて、そのギャップにがっかりしてしまうだろう。

 勝手に好きになっておいて、そんな我儘は許されない。



 「紡」



 彼の口から発せられる、僕の名前。

 自分の名前だっていうのに、何か特別なものに感じてしまう。


 律になら、何をされたって構わない。

 だけど、律を汚してしまうことが何よりも怖い。


 瞳いっぱいに涙を浮かべたまま、律を見上げる。星を飼っている瞳に、僕だけが映る日が来るなんて。



 「君を愛したい」

 


 涙が一筋、つーっと静かにこぼれ落ちる。

 それを綺麗な指先で拭うと、彼は真剣な眼差しを向けてそう言った。


 そして、胸元でぎゅっと握りしめていた手を取って、律が指先にキスをする。


 まるで彼の恋人にでもなったかのような。

 そんな夢みたいなシチュエーションに気を失ってしまいそう。


 律が好きだって、ずっと心の中で叫んでる。

 愛されたい。律のものになりたい。

 

 好きだからこそ、伝わってほしくなくて。それなのに、届いてほしいと思ってしまう。なんて傲慢なのだろう。


 何も返事をすることができずに黙り込んでいると、そこに拒否する意思はないと感じ取ったのか、律は荒々しく着ていたシャツを脱ぎ捨てた。


 改めてシャツの裾から律の手が侵入する。

 来ると分かっていても、触れた先から敏感になっていくようで、声が出るのを我慢することに必死だった。


 それが余計に律を煽っているとも知らず、唇を噛み締めていれば、不意に胸の飾りを摘まれる。


 慎重に優しくいじめられると、少しずつぷっくりとその存在を主張し始める。


 一度手を止めてシャツを脱がせられれば、僕が感じていることは目に見えてわかる。隠しようがなかった。


 餌を前にした獣のようにギラギラと瞳を輝かせた律が、一際敏感になったその場所に何度かキスをした後、口に含む。


 憧れのひとの舌と指先に翻弄されて、どれだけの時間が経ったかわからない。頭の中がどろどろに溶けて、馬鹿になっちゃいそう。

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