第31話・テル
「学校サボったくせに学校来てまで何やってんの?」
ドア越しに質問を投げる。
同時に、ガタついた金属の取っ手に掛けた。
(やっぱり居るな)
中でつっかえ棒が邪魔しているのか、何度横に開こうともガタガタとレールの途中で止まってしまう。
他に準備室に入る手段が無い以上、内部に人が居なければこうはならない。
「籠城してもいるのは分かってる。大人しく出てきなさい」
「ナンノコトダカワカリマセン」
扇風機に声を送り込んだ時のような声がする。
何とも雑な宇宙人である。
「アタシにだけ連絡を送ってきたってことは、アタシと会いたかったんでしょう? 何で隠れるの?」
「カクレテマセン。ヒキコモッテルダケデス」
(一緒やないかいっ!)
「逃げ隠れするのはギャルのやることじゃないんじゃない?」
「んなことねーし! ギャルにだってセンチな気分になる時くらいあるし!」
「センチねぇ」
(まさかココロの口からそんな言葉が飛び出すなんてね)
何時だって自由人のココロ。
辛い過去もサラリと話せてしまう彼女が感傷的になるとは、にわかに信じられなかった。
「それはそれとして。ここ開けてよ。顔を向け合って話そう?」
「や!」
「何で? ドア越しだと話し難いよ」
「や!」
(イヤイヤ期の子供か!)
苛立ちを必死に堪え、優しさを前面に出す。
争いは常に、先にキレた方が負けなのだ。
「どうしたら出てきてくれる?」
「裸踊りしてくれたらいーよ」
「地獄に落ちろっ!!」
「ヴぇっ!?」
ついつい素直な感情が出てしまったことで、首を横に振り立て直すテル。
まさか天岩戸ネタまで飛び出してくるとは思わなかったのだ。
(駄目だ駄目だ。一応こっちは傷付けた立場なんだから多少譲歩しないと)
「じゃあそのままでいいから聞いて」
「うむ、くるしゅうないぞ」
「マジでぶっ飛ばしてやろうか、このギャル
今度こそ怒りを制御出来なくなり、テルは戸に向かって力を込めた蹴りを放った。
「ひゃわ!? ちょいちょいちょいちょい! 暴力はアカンて!」
「そうさせてるのは誰だっ!」
「ひぁあー! 家庭内DVはんたーい!」
(家族になったつもりはないっ!)
向こう側からの悲鳴を気にせずガンガン蹴り続ける。
安っぽいドアなだけに、蹴っている方もまあまあうるさく感じるほどに音がした。
「分かったから! 降参っ! 降伏するから止めて!」
甲高い声がくぐもった音声となって耳に届く。
テルは敗北の意志を聞き届けるや否や、足の動きをストップさせ目線を僅かに落とす。
蹴られ続けたドアの下側は、ほんの少し凹んでしまっていた。
「判断が遅いっ! ドアが壊れたらどうするのっ!」
「それがクラッシュしてた側の言うことかよぉ」
部屋の向こう側から木材が床に擦れる音が響いてくる。
どうやら素直につっかえ棒を外したようだ。
(世話掛けさせるんだからもうっ)
ようやく閉ざされていた扉が鈍い音を立てて開いていく。
木がレールをする音が耳に障るほど重く響く。
「…………」
そして、両手を上げたブロンド髪のギャルがゆっくりと姿を現した。
「アイアムルーザー。煮るなり焼くなり食べるなり好きにしな」
しょんぼり顔を見せるココロ。
悲しくて
(んっ……!)
「ふぇっ? テルテル!?」
「いいから黙ってこっち見て」
ギャルの顔を両手で挟み込み、無理やりこちらを向かせる。
そうして彼女の琥珀色の瞳がしっかりと確認出来たところで、テルは大きく息を吸った。
「ごめんなさい!」
「へっ?」
「ココロを傷付けてごめんなさい!」
相手の顔をホールドしたまま頭を下げ、誠意を見せる。
「な、何のこと?」
「副会長との件。アレはちゃんと拒否しなかったアタシも悪かったから」
「あー、そーいうことか。完全に理解した」
謝る姿勢を維持したままココロの返答を待つ。
怖い。
結果を考えただけで身が震える。
声が緊張していなかったのがせめてもの救いだった。
(でも、これがケジメだからっ)
「許しちゃる」
「へ?」
ギャルの返しが耳に入った途端、テルはすぐさま頭を上げた。
「許して、くれるの?」
「もち。つっても、あーしはテルが悪いとは思っとらんかったよ」
「そっか。良かったぁ」
大きく胸を撫で下ろす。
テルからすれば拒絶される可能性もあっただけに、嬉しさはひとしおだった。
「ところでテルリン?」
「なに?」
「いつまであーしのラブリーフェイスに触れる気だい?」
すっかりいつもの調子で問い掛けて来る相棒。
色々あったはずなのに、何事も無かったかのような表情である。
「あーうん。これはね?」
「これは?」
すぅーと、テルは再び大きく息を吸い込んだ。
突然緩やかな呼吸を始めたテルを前にして、ココロは訳が分からないといった風に目を細めていた。
「このバカココロッ!!」
「うぇ!?」
怒鳴られたことで、怯むギャルの頭が後方へと逃げる。
が、テルががっちり掴んでいるせいでわずかに揺れるだけで終わった。
「なんでメッセージ無視したの! 何で一人で副会長のところ行ったの! 何で学校休んだの! 何でこんなところに隠れたのっ!」
怒涛の『何で』コールがギャルにぶち当たる。
これにはメンタルお化けのココロも気まずそうに目を逸らしていた。
「大丈夫ならっ――大丈夫って言ってよ。気になるじゃん……」
「テルっち……」
「またやらかしたと思って、全然生きた心地しなかったよっ」
テルの瞳からじわりと熱が滲む。
それは瞬きとともにあふれ出し、頬を伝っていった。
そして最初の粒が顎から床へと落ちた瞬間――、テルの胸の奥で張り詰めていたものがぷつりと切れた。
「そっちから付きまとってきたんだから、勝手に居なくならないでっ!」
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※次の話は朝7時ごろに公開します
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