第30話・ココロ探し
「ど、どういうことですか! 冒険に出るって!?」
ようやく泣き止んだのか、有希乃がツッコんでくる。
「アタシにも分かりません。だけど、バカなことを言ってるのは確かです」
ココロの言動がアホなのは、今に始まったことではない。
利口であるのにも関わらず、直感やノリで動くところは原始人そのものだ。
(本当何考えてんの、あのアホは!)
「副会長はココロが今日学校来たか知ってます?」
「え、はい、お休みでした。何でも熱があるとかで」
(絶対嘘だ)
やれやれと、テルは顔をしかめる。
「そういえば、昨日ココロと話したんですよね?」
「え? はい、話しました」
「何か気になることありませんでした? どっか出かけるとか?」
「いえ、そんなことは一言も。ただちょっと――」
それはそうだろう。
言ってしまえば止めてくれと言っているようなものなのだから。
しかし、有希乃が何か言いたげな表情を見せる。
「どうかしました?」
「いえ、えっと。その」
珍しくもじもじと指先をいじり、視線を逸らす有希乃。
(んん? 何か伝え辛いことなのかな? 何を言われてもこっちはもう今更だけど)
「言い難いことでもストレートに言ってください。万が一の可能性もあるので」
「そ、そうですか。では」
(やけに勿体つけるな)
ようやく思い切って決心したのか、副会長が顔を上げる。
「心に、瀧川さんのことをどう思っているのかと聞きました」
「え?」
(はい?)
ちっとも聞き取れなかったと言わんばかりにテルが返す。
すると顔を真っ赤に染めた有希乃が大きく口を開いた。
「だ、だから! 心は瀧川さんが好きなのかどうか聞いたんです!!」
「いや、ええっ!? 何でそうなるんですかっ!!」
「だって長年好きだった人に振られたんですよ! それぐらい聞いたって!」
(そういうものかなぁ)
心の中でぼやく。
恋とは無縁な生活を送ってきたせいで、どうにも理解不能だった。
「それで答えは?」
「答えてくれませんでした。というか貴女!」
「びしっ」と効果音が聞こえそうな勢いで指を差される。
「何で平気なんですか! 貴女の好意に関することなんですよ!」
(そう言われてもっ!)
確かにむずむずとした感情はある。
ドクドクっと、強く心臓が揺れている自覚もある。
それでも相方の少女がアホなことをやっているおかげか、何処か安心してしまっていた。
「さあ、自分でも分かりませんよ。そりゃあココロに対して思うことも、言いたいことも沢山ありますけど――」
不意に彼女の顔を思い浮かべる。
決めポーズを取りながらにやりと馬鹿顔を浮かべる姿がとても容易に想像出来た。
「平常運転っぽいことが分かったらなんか安心しちゃって、その。どうでも良くなってるのかもしれないです」
「どうでもいいって貴女」
「本当ですよ?」
(多分)
「アタシ、そろそろ行きますね。冒険に出た馬鹿を探しに行きます」
「行先に心当たりはあるのですか?」
「恐らく此処かなっていうのはあります」
最初はちっとも分からなかった。
しかし、有希乃と話しているうちに段々とアホの考えが分かってきたのだ。
副会長がテルの瞳を見て短く息を吐く。
まるで降参したかのような仕草だった。
「心のこと。貴女に任せますね」
「はい、任せてください」
しっかりと気持ちを受け取る。
対面する彼女の目元には、もう涙はなかった。
「瀧川さん」
「はい?」
この場から去ろうとしたところを呼び止められた。
「このハンカチ、後日洗って返しますね」
所々黒く湿った布を見せられる。
隅に
(あ、忘れてた)
「はい、お願いします。それ大事な物なので」
「承知しました」
「ココロ見つけたら連絡させるんで。じゃあ」
言って、今度こそこの場から離れる。
とは言っても、階段を降りることも本館へ向かうこともテルはしなかった。
(ま、ココロとの思い出の場所なんて限られるしね)
初めてギャルと話した美術室前の洗面台。
有希乃に無理難題を突き付けられた生徒会室。
何度も何度もコントを繰り広げた美術室。
(それに県立美術館と大学か)
ココロと訪れた場所は、整理してみればとても少数だ。
その中でも、彼女が出したヒントから外れている場所を潰せば、候補は
(冒険か。学校を休んでおいていい気なもんだ)
美術室前の洗面台横を通り、聖域への扉を開ける。
あれだけ重たかった扉なのに、あっさりと横にスライド出来てしまった。
「ま、居ないよね」
美術室の中は空っぽだった。
カラッとした空気の中に混じる、絵の具のなんとも言えない匂いが鼻孔を刺激する。
窓際には、描きかけだったキャンバスが恨めしそうにこちらを見ていた。
(ごめんね。ちゃんと戻ってきたよ)
愛用している机を優しく撫で、荷物を乗せる。
美術室の後ろから正面を向いた。
(ま、あそこだよね)
ココロは本能で動きもするが、やはり考えて動くことが多い。
このことが念頭にあれば、彼女のメッセージは理解しやすい。
何故有希乃ではなく自分に送ってきたのか。
どうして『旅に出る』ではなく、『冒険に出る』なんて言葉を使ったのか。
答えは簡単。
(アタシに見つけて貰いたかったからだ)
テルは美術室準備室の前に立つ。
ここは以前ココロと宝探しをした場所だ。
(まったく。本当に世話を焼かせる)
耳をすませると、微かに何かが動く気配がする。
推理は大当たりだったようだ。
(ふぅ)
大きく一度深呼吸。
そして右手を前に差し出し、全力で喉を打ち鳴らした。
「ココロの考えていることなんて、するっとまるっとお見通しだ!!」
「ひゃぐえっ!?」
誰も居ないはずの部屋から、ギャルの奇声が轟いた。
------------------------------------------------------------------------
もし面白いと感じて頂けましたら、作品フォローと☆評価を宜しくお願いします! 皆さんの応援がとても励みになります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます