第21話・困っている人を助けるのは当然のことです

『これで吹奏楽部の報告は終わります』


 部活動の状況報告資料を出せば、当然報告する場もあるわけで。

 放課後の時間ながら、テルは美術室ではなく会議室で着席していた。


 メンバーは生徒会の四人に加え、運動部九人と文化部九人の計二十二人。

 部活動の発表は一人当たりの持ち時間は二分程度だが、それでも四十分弱掛かってしまう。


(もうすぐアタシの出番だ。うぅ、緊張する……)


 テルの二つ右手の女子生徒が椅子に座る。

 つまりテルの番までは一つの部を挟むのみだった。


『演劇部の斎藤です。活動報告をさせて頂きます』


 隣の演劇部男子が立ち上がり話し始める。

 人前で話すことに慣れているだけあり、流暢りゅうちょうに内容を語っている。


(もうちょっと噛んでくれても良いのに)


 失礼な思いを抱いたものの、願いは演劇部部長の堂々とした実力によって弾き出されていった。


(席順が良くないよね)


 バドミントン部と家庭部の発表は他と比べたどたどしかった。

 そのことを踏まえると、同じ運命を辿りそうな美術部は彼等の発表の後が良かったのだが。


(おのれ生徒会。ぼっちに優しくない奴らめ)


 今度は生徒会に対して毒を吐く。

 席順は会議室に来た順なので、生徒会に否は全くないのだが。


『演劇部からは以上です』


 とうとう出番が来た。

 テルは唇を小さく舐め、斎藤部長への拍手が鳴り止まないうちに席を立った。


『び、美術室の瀧川です。発表、させて頂きます』


(アタシちゃんと喋れてるかな? 大丈夫かな?)


 一呼吸挟む間にチラリと傍聴者ぼうちょうしゃの様子を見る。


(むむぅ)


 全員の視線が自分に集まっている。

 絶対にテルのことなど微塵みじんも気にしていないはずなのに、人の目が恐ろしく思えた。


「えと、美術部の部員は、げ、現状四人で」


(不味い不味い不味い。何言えば良いか分からなくなってきたっ)


「部員の人数が達してなくて、それから。えと――」


(えっと! えっとー。っと――)


 言葉に詰まったせいで会議室内がざわつき始める。

 バドミントン部や家庭部の発表なんて余程上等に思えるほどボロボロである。


「それでアタシは、アタシ達は――」


 目が回る。

 思考が溶けてなくなっていく。

 顔は沸騰した鍋のように熱くなっていた。


(あれ、いや。えー)


 言いたいことが言えなくなってまだ十秒程度なのに、永遠にも似た絶望感が襲ってきた。


(こんなはずじゃなかったのにどうしてっ)


 胸の中から後悔が噴き出る。


 テルは人前で話すことが苦手だが、あらかじめ喋る内容を考えられる状況ならば、普通に伝えることが出来る。

 今回だってそうなるはずだった。

 そうなると思っていた。


 しかし他の部長達の目を見てしまったことで、心構えが崩れてしまった。


「えっと、えと……」


 さげすみや同情が入り混じった空気の中に、段々と苛立ちが混入し始める。

 もうこのまま黙って座るしか残された道は無い。


 そう思った時だった。


「瀧川さんは先日アート甲子園で入賞されたんですよね?」


 どんよりとした空気を吹き飛ばすように、芯のある響きが舞った。


「え、あ、はい」

「美術部員は現在5人を割っていますが、瀧川さんは自分の腕一本で美術部の地位を維持しています」

「そ、そんな大層な物じゃ」

「いえ、他人を納得出来るだけの実績を出すのは尊敬に値します。皆さんもそう思われますよね?」


 他人を魅了する笑みを作る有希乃。

 異を唱えようとする連中を消し去ってしまうのではないかと思える表情に、助けて貰ったテルでさえも圧倒された。


「瀧川さん」

「はい!」


 急に呼ばれて背を正すテル。


(な、なにっ!?)


「前にも言いましたが、貴女の絵は見る者の心を温かくしてくれます。私は大変好みです」

「ありが、とうございます」


 ふっ、と有希乃が表情筋の力を解く。

 強張っていた目力も元に戻り、すっかりと柔和な顔に戻った。


「それではこの辺で次の方に行きましょうか」

「はい。美術部からは以上です」


 まばらな拍手を貰いつつ着席する。

 そして一変した空気の中で、左隣の化学部の報告が始まった。


(助かった)


 すっかり火照ってしまった頭を冷ますようにあらぬ方向を見る。

 そうして脳が冷え切った頃には、会議も終わりに差し掛かっていた。


『それではこれにて部活動報告会議を終わります。皆さん長時間お付き合い頂きありがとうございました』

『ありがとうございました』


(やっと終わったぁ)


 全員の締めの言葉が鳴り響くと、部長達はあっさりと立ち上がり会議室から出ていった。

 テルはというと、大きく深呼吸をして後片付けをする生徒会――その中でも有希乃に向かっていった。


「ふ、副会長」

「はい?」


 ホワイトボードの上でクリーナーを走らせていた有希乃に話し掛ける。


「さっきは助け舟を出してもらってありがとうございました」

「気になさらないで下さい。困っている生徒の味方をするのは生徒会の仕事です」


(なんて殊勝な。何を食べたらこんなことが言えるようになるの?)


 文字通り、見る目が変わったような気をテルは覚えた。

 最初こそいざこざがあったものの、解決した今となれば大した問題ではなかったように思える。


(やっぱり根本は良い人なんだろうな)


「人前で喋るのが苦手なら、次はカンペなど作っておくのがオススメですよ。私もよく作りますし」

「え? そうなんですか?」


(意外。演説とか得意そうなのに)


「物覚えがあまり良くなくて」


 と、テルの耳に口先をそっと近付ける有希乃。


「実は選挙の演説も密かにカンペを使っていました」

「えぇ!?」


(全然そんな気配無かったけどっ)


「このことは秘密ですよ。私のウィークポイントですので」

「わ、分かりました」

「それではこの後も仕事がありますので」

「あ、はい。呼び止めてしまってすみません」


 おしとやかに雑談を終わらせる彼女に、テルは素直に従った。

 そして、有希乃から離れ会議室から出ようとしたところで、もう一度彼女の姿を見る。


 助けてくれたはずなのに、

 良いと思ったはずなのに、


 不思議と有希乃を描く気にはなれなかった。


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