第4話・チャランポランな見た目なのにっ

「おっつおっつー。おりょ? 今日は絵描いてないんだ?」


(やっぱりこうなったか。アタシのバカー)


 夕陽のオレンジの明りが差し込む美術室。

 明るい髪色をした少女がさも当然のように現れた。


 空気の通りを良くすべく出入り口の扉を開けておいたのだが、裏目に出てしまったらしい。


「部外者は立ち入り禁止」


 テルは侵入者を見るなりきっぱりと拒絶の意を示す。

 が、当の本人は素知らぬ顔で近寄ってきた。


「固いこと言いっこ無し無し! ルールに縛られてばっかじゃ、窮屈きゅうくつな人生にし潰されちゃうぞ」

「規則を破りまくってる人間に言われたくないんだけど」

「うん? 何処が」

「何処がってそりゃ。髪とかネイルとか」


 順番に規則から逸脱する箇所を指を差していく。


「ざーんねん。髪は地毛証明書出してるし!」

「はぁ!? その色で! まさかハーフってことっ!」

「いんや。あーしの両親は純日本人やよ」

「は? 尚更分かんないんだけどっ!」


(遺伝のメカニズム無しで、髪色が黄色の日本人なんているわけない!)


「奥さん、思い込みは良くないんじゃないかな? 自分の知る世界がこの世の全てじゃないんだぜ」


 ちっちっち、と自慢げな表情で指を振るココロ。


(うっざっ)


 顔もそうだが、無駄に流暢りゅうちょうな言葉遣いが余計に鼻に付いた。


御上おかみが地毛と言えば、これは地毛なんよなー」

「はい?」

「だーかーらー」


 言いながら、テルの吐息に触れるくらい近くにギャルが寄ってくる。


(ちかっ。それにすごっ)


 長いまつ毛に気を取られたせいで、苦情をぶつけるタイミングを逃してしまった。

 しかも柑橘系かんきつけいさわやかな匂いが妙に鼻孔を刺激してくる。


「せんせーを納得させるだけのものが1個でもありゃあ、ちょっとぐらいダメなとこがあっても許されるってことよ」


(ちょっ!)


 流れで顔の前に人差し指を立てられたことで、咄嗟とっさに頭を引いてしまう。


「距離感が近い。もっと離れて」

「めんごめんご。これはあーしが悪かったわ」


(あら、意外と素直)


 反省したのか、ココロはテルの真横の席のに腰を下ろした。

 本当に型にはまらないJKである。


「サクッと言うならさ、あーしはせんせ達に認められてるってわけ」

「ちっとも信じられないんだけど」

「ま、そだよねー」


 ココロが「何か無いかなー」と、キョロキョロ辺りを見渡し始める。

 そして、テルの机の上にあるプリントに注目するなり、にっと口角を上げた。


「お嬢さん。そこの1問目、計算式が間違っていやすぜ」

「え、嘘?」


 すぐさま手を付けていた数学のプリントに視線を落とす。


「定理の使い方が間違ってるんじゃよ。イコールになるのは線分BAとBEじゃなくて、BAとBDなんじゃ」

「あ……」


(最初からミスってたのか。それにしてもこいつ、ちらっと見ただけなのにあっという間に)


 クイズ番組に出て来る出演者のように、いとも容易たやすく間違いを指摘したギャルに圧倒されてしまう。


「ちな、2問目に困ったら数Aの教科書の138ページを、3問目は129ページの例題を見たらすぐに解けるよん」

「は? まさかここに来る前に既に解いてたの?」

「ちげーし。今初めて解いた」

「うそ。そんなのすぐに判断付くわけ……大体教科書のページだって」


 鞄から数学Aの教科書を取り出し、彼女のアドバイス通りのページを開く。


(え、本当に、こんなっ)


 それは見る目が変わってしまうほどの衝撃だった。

 何故なら眼前には、自分が四苦八苦していた問題とほぼ類似の例題が載っていたのだから。


「何かズルした?」


 瞳を震わせながらテルがギャルに問う。


「タネも仕掛けもありません」

「じゃあ何でっ!?」

「そりゃー、教科書の内容は全部ここに入ってっからねー」


 ココロが自分のこめかみ付近を右手でトントンと叩く。

 実に得意気な様子だった。


「あーし、こう見えても勉強しか能の無いガリ勉ちゃんなんよ」

「この前のテストの、成績は?」

「トップ」

「は?」

「だから、学年で一番」


(なん、だと)


 あまりにも聡明そうめいには見えない。


 だってそうだろう。

 こんなにもチャランポランな見た目で勉強が出来るなど、少なくともテルの記憶領域には存在しなかった。


「勉強のことならあーしに聞きな。気になる男の落とし方から友達の作り方までじっくりレクチャーしてやるぜ」

「勉強少しも関係無いじゃん!」


 ようやく理解した。

 つまり彼女は優れた成績と引き換えに、多少のことは目をつむって貰っているのだと。


「あはは、そう言うなし。あーしとテルの仲じゃんか」


(……んあ?)


 聞き馴染みの無い単語の登場に、一瞬頭が馬鹿になる。


「何で名前呼んだ?」

「だって、もうダチでしょ?」

「友達じゃないっ! 勝手に決めつけないでっ」

「えぇー、こんだけ話してるのにー」


(勝手にそっちから話してきてるだけでしょうに!)


「アタシは万田さんにハンカチを貸して返して貰った。それで関係はおしまいっ」

「そんな冷たいこと言うなよなー。あーしはテルにれちまったんだからさ」

「惚れるってそんな――」


(あ、いや、比喩ひゆか。軽いやつだ、きっと)


「だから友達になろうぜ。また勉強教えてやっからさー」

「絶対いやっ! お願いだからどっか行ってよー!」


 とんだ押し掛け女房に、テルは頭がクラクラするのを感じた。

 彼女が守りたかった聖域は根本から崩れようとしていた。


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