第3話・同情、嫌悪、そして後悔

「ふぅ、こんなものかな」


 一息吐き、上空へと両腕を伸ばしながら上半身を反らせる。

 ちらりと窓の外に目を向けると、既に世界は闇におおわれていた。


「そろそろ下校時刻か。片付けないと」


 イーゼルに掛けていた水彩キャンバスを仕舞おうと席を立つ。

 瞬間。


「なん? もう終わり?」

「うええええっ!?」


 思いもよらなかった声に全身が跳ねる。

 自分の世界から帰ってきたばかりなだけに、余計に脳がパニックになってしまっていた。


「ごめん。驚かせた?」

「ま、まだ居たのっ!?」

「うん、だって『見てる』って言ったし」


 平然とギャルが答える。


(あれから2時間以上経ってるのに、こいつ)


「帰ろうとか思わなかったの?」

「うんん、ちっとも。ギャルを見くびって貰っちゃあ困るぜ!」


 したり顔で鼻を鳴らすココロ。


「アタシの知ってるギャルは、どちらかと言えば意志が弱そうなイメージなんだけど?」

「新しい知見が得られて良かったね!」

「そっちがイレギュラーなんじゃないの?」

「あーしは何処にでもいるただのギャルじゃが?」


(お前のような粘着質なギャルが居てたまるかっ)


 よりストレートな文句を突き付けたくなる衝動を抑え呼吸を挟む。


 相手のペースに乗せられたら負け。

 これは面倒な人間を相手にした時の、テルなりの処世術だった。


「アタシなんか見てて楽しかった?」

「もち。めっちゃ面白かった!」


(んんんんっ!?)


 背筋にぞわりと嫌悪感が走る。


 自分の魅力が皆無であることは自分が一番理解している。

 何故相手が自分なんかに執着するのかを考えた途端、自身の奥をのぞかれているようで気持ち悪かったのだ。


「ア、アタシに何を求めてるのっ!!」


 両腕をクロスし、両肩をがっちりと保護しながら叫ぶ。

 ただ思いをぶつけられた方はポカンとしていた。


「強いて言えば名前? ちゃんとお礼言えてねーし」

「……え?」

「え?」


(それだけ?)


「そんなことでこの時間まで?」

「ホントはもっと他にもあったけど、今はそんだけやね!」


 歯を見せ微笑んでくる。

 何というべきか、テルの心に申し訳なさが充満した。


「ごめん。そうとも知らず、アタシ勝手に変な風に思い込んで」


(相手の時間を奪ってた。やっちゃった……、こういう思いをするから独りでいるのに)


 鉄よりも重い息が肺にまとわりつく。

 しかし青い顔をするテルに対し、ココロの方はというと以前満面の笑顔だった。


「うんん、良いってことよ! そう気にすんなし!」

「でもアタシ、そっちの貴重な時間を無為にしたのに」

「無駄にしたなんて思ってねーてーの! 言ったじゃん! 楽しかったって!」

「え、っと?」


 ギャルが机の上に腰を下ろし、緩やかにこちらを見る。


「あーし、絵を描くこととか全然知らんから、こういう風に描くんだ、とか。集中したら瞬きの回数こんな少ねーんだな、とか初めて知れたもん」


(本当に見てたんだ。2時間以上もの間、ずっと――)


 何故か頭が急に冷め始める。

 ギャルに対して謝罪したかったはずなのに、何処からともなく全く異なる感情が頭の上に降ってきたのだ。


(あれ? やっぱり、あれ?)


「だからさ。全然あーしにとって無駄とかじゃなくてさ。むしろめっちゃ有意義だった、つーか」

「え? きもっ」

「急にどしたし!?」


 いきなりの暴言に、目が点になるギャル。


「長時間アタシのことを観察してたってことに気付いたら、何か吐き気がした」

「うぇ!? これからハートフルストーリーが繰り広げられる予定だったのに、何故何どうして……!?」

「他人だったからじゃないかな?」


(許されるのは恋人や新婚夫婦ぐらいだと思うし)


 分かりやすく頭を抱えるギャルを放置しながら片付けを進める。


(反応が多彩だなぁ)


 洗い物を済ませて戻ってきた時には、床に四つんいになっていた。

 それも本当に悔しがっている顔つきで。


(何か一周回って気の毒になってきた)


「ねぇ、アタシ帰るけど」

「あーしも帰る」


 とぼとぼとした足取りで鞄を手に取るギャル。

 最早気の毒を通り越し、あわれみが顔をもたげてきた。


(やだけど。変に関係を出来るのは嫌だけど)


 伝えなければ夢見が悪そうである。

 夢の中にまでギャルに追いかけ回されるのは御免だ。


「そうだ、コンクールに出す作品の名前書いてなかったような」


 さびしげな背中を向ける同級生に向かってわざと大きな声を放つ。

 そして戸棚の近くにまで歩を進め、既にを手に取り言葉を紡いだ。


瀧川たきがわテル、と」


(アホらし。何かむずがゆくなってきた)


 体の内から溢れ出るこそばゆさに耐えきれなくなり、反射的にポリポリとほおく。


 我ながら杜撰ずさんな演技。


 心から思った途端、急に柔らかなものが上半身に伸し掛かった。


「もうイケずどすなぁ! 全部照れ隠しだったってわけね!」

「んなわけあるかっ!」

「今日からズットモだねテル!! テルテル!! テルっち!!」

「変なあだ名付けるなっ、抱きつくなっ、髪をぐなぁっ!!」


 それからべたべた接してくるギャルを収めるのに約15分程要すことになり。

 見回りの男子教諭に見つかり怒られるまで、テルはココロの猛攻に耐えることになってしまった。


(アタシの、バカああああああああああああああああ!!)

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